2012年1月7日
昨年12月12日、国土交通省は八ッ場ダム検証についての民主党国土交通部門会議の疑問に応えるために、以下の文書を提出しました。
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https://yamba-net.org/wp/doc/201112/1212_bumon_kaitou.pdf
民主党「八ッ場問題に関する部門意見」に対する国土交通省の考え方
ダム本体着工を目指す国土交通省の八ッ場ダム検証について、民主党内では数多くの疑問が提示されており、それらが国土交通部門会議と議員有志の意見書として、それぞれ12月8日に提出されました。国土交通省の上記の回答は、民主党の国土交通部門会議の意見書に答えたものでした。意見書を受け取って僅か4日、しかも土日を挟んで杜撰な作業でまとめられた回答は、国土交通省の姿勢を如実に示すものです。
前田国交大臣はこうしたいい加減な回答を寄越しただけで、民主党の投げかけた疑問に何一つ答えることのないまま、22日の「八ッ場ダム建設再開」表明へと突っ走りました。
国民に選ばれた国会議員や政党が無視されるということは、国民が無視されているということでもあります。
上記の国土交通省の回答についての当会のコメントを公表します。
それぞれの項目のナンバーは、上記の文書に記されているナンバーに対応しています。4,5の項目については、八ッ場ダム本体工事予算計上の条件の一つとされる利根川の河川整備計画と関係があることから、別途詳しく述べることとします。
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「民主党『八ッ場ダム問題に関する部門意見』に対する国土交通省の考え方」の問題点
文責 八ッ場あしたの会
国土交通省の回答は検証報告書を切り貼りして、多少の補足説明を加えただけのものであって、民主党から提示された本質的な疑問には答えていません。
1 検証主体の問題について
八ッ場ダムの検証を第三者機関ではなく、関東地方整備局が行ったことについて、国土交通省は「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」が昨年9月に示した「中間とりまとめ」に沿ったものであると回答しています。
しかし、この「中間とりまとめ」は「ダムによらない治水のあり方」を追求するダム検証の本来の目的が限りなく薄められたものであり、「中間とりまとめ」に依拠したからといって、適正に検証が行われたことを意味するものではありません。
さらに、「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」の「中間とりまとめ」では少なくとも、ダム検証の本来の目的、理念が次のように書かれているにもかかわらず、全国のダム事業者に通知された「ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目」ではこれがそっくり落とされており、ダム事業者にはダム検証の目的、理念が伝えられないまま、ダム検証が進められることになりました。この目的、理念の削除は国土交通省河川局(現在の水管理・国土保全局)が行ったものであり、その責任は重大です。
「我が国は、現在、人口減少、少子高齢化、莫大な財政赤字という、三つの大きな不安要因に直面しており、このような我が国の現状を踏まえれば、税金の使い道を大きく変えていかなければならないという認識のもと、「できるだけダムにたよらない治水」への政策転換を進めるとの考えに基づき今後の治水対策について検討を行う際に必要となる、幅広い治水対策案の立案手法、新たな評価軸、総合的な評価の考え方等を検討するとともに、さらにこれらを踏まえて今後の治水理念を構築していくこととなった。」
2 自然が起こす災害には際限がないことについて
自然が起こす災害には際限がないことについて、国土交通省の回答はハード整備とソフト施策を進めると答えるのみで、具体的な説明が一切ありません。
3.11東日本大震災や今年9月台風12号の紀伊半島水害を踏まえれば、利根川においても計画を超える洪水が襲った場合に壊滅的な被害を受けない治水対策を進めなければなりません。それは、治水計画の洪水目標流量を引き上げて、ダムなどの大きな河川構造施設を次々と整備するという現在の国土交通省の手法ではないはずです。そのような施設整備は巨額の予算ときわめて長い年数を要します。国土交通省が策定した利根川の治水計画(河川整備基本方針)は、八ッ場ダム以外にもさらに十数基の巨大ダムを建設しなければ目的を達せられないというもので、実際には実現が不可能なものとなっています。また、従来の治水計画では、想定を超える洪水はまさしく想定外のこととされています。想定を超える洪水が来ても、壊滅的な被害を防止できる、現実に実施可能な対策を進めていかなければなりません。
その対策の柱となるのは耐越水堤防への強化です。現在の堤防は計画高水位までの洪水に対しては破堤しないように設計されていますが、堤防を超える洪水に対しては強度が保証されていません。壊滅的な洪水被害は堤防が一挙に崩壊した時に生じるので、「命を守ること」を最優先するという観点から、堤防を超える洪水が来ても直ちに破堤しない堤防への強化を進めることが是非とも必要です。
国土交通省がダム建設に勤しむだけで、治水計画を超える洪水が来た時に壊滅的な被害を受けないための施策を何も示さないのは、流域の安全を守る責任を放棄していると言わざるをえません。
政府の行政刷新会議による「提言型政策仕分け」(2011年11月22日)では、公共事業についてはここ20年間、ダムや道路などの社会資本が顕著に増えていることから、このままでは2037年時点で維持・管理費がまかなえなくなるという国土交通省の試算結果が示され、公共事業の「新規投資は厳しく抑制して必要な事業を対象に『選択と集中』の考え方をより厳格に進めるべき」という提言がまとめられました。
公共事業がおかれているこの現実を踏まえれば、今後の河川行政においても『選択と集中』を厳格に進めていかなければなりません。限られた治水効果しか持ちえない八ッ場ダムではなく、流域の安全を守るために必須の耐越水対策堤防への強化に河川行政の予算を重点的に振り向けていくべきです。
3 関東地方整備局の「学識経験者の意見を聴く場」の委員について
国土交通省は、地域再生、河川特性等に関する知識が豊富である学識経験者として、「利根川・江戸川河川整備計画の作成準備の際にご意見をお聴きした地域特性、河川特性等に関する知識が豊富である学識者等が適任であると考えて、これらの方々のうち今回ご了承をいただいた方からご意見をお聴きした」と回答しています。
しかし、このメンバーは2006年11月時点で関東地方整備局の考えだけで人選したものであり、今回の八ッ場ダム事業の検証結果を客観的に評価することを目的とした委員会の人選ではありません。検証結果の評価の客観性を担保するためには、「学識経験者の意見を聴く場」の委員は公募等により、関東地方整備局が関与しない方法で選定する必要がありました。
6 利根川の基本高水流量22000?/秒の過大性について
国土交通省の回答は、基本高水流量22000?/秒は日本学術会議から学術的な評価を得た値であるとしていますが、学術会議による基本高水の検証が本当に科学的なものであったのか、河川工学の専門家らから批判的な意見が出されており、学術会議の評価については疑問の点が多いといえます。
さらに、学術会議から国土交通省への回答は、カスリーン台風洪水の再来計算流量21200?/秒と同洪水の実績流量17000?/秒(公称値で実際は15000?/秒)との間に大きな差があることを認めています。それについて学術会議は「これらの推定値を現実の河川計画、管理の上でどのように用いるか、慎重な検討を要請する。」とし、科学的な解明を半ば放棄していると言っても過言ではありません。
7 暫定水利権について
国土交通省の回答は暫定水利権についての従来の見解を繰り返し語っているだけです。
しかし、八ッ場ダムの暫定水利権は、八ッ場ダムがなくても取水に支障を来たしたことはほとんどなく、実態は安定水利権と変わらないものです。それにもかかわらず、暫定水利権として扱われるのは、水利権許可行政そのものに問題があるからです。
河川管理者の水利権許可の考え方は、「河川の渇水時の流量は、一部は既得水利権として使われ、残りは『正常流量』を確保するために必要なものであるので、河川からの新たな取水を求めるものは新規のダム計画に参画して、水利権を得なければならない、ダムができるまでは暫定水利権としてのみ許可する」というものです。
ここで問題であるのは、「正常流量」が過大に設定されていることです。正常流量は河川整備基本方針で定めた渇水時に確保すべき流量ですが、実際の流量が正常流量を下回っても支障が生じていないので、下方修正が可能です。
利根川水系河川整備基本方針を改定して正常流量を現実に合った値に下方修正すれば、水利権許可の余裕が生まれ、暫定水利権を安定水利権に変えることが可能となります。
そのように現在の水利権許可行政はダム建設を進めるための手段になっているので、水利権許可行政そのものを根本から見直して合理的なものに変えていくことが必要です。
8 ダム本体及び代替地周辺の安全性について
国土交通省は地すべり対策について点検を行った結果、約110億円の費用をかけて8カ所で地すべり対策を追加することになったと回答しています。
しかし、今回の追加対策ではまだまだ不十分です。今回の点検では湛水の影響がある地すべり地形として、18地区37個所が選定されましたが、対策を講じるのは3地区5個所に絞られ、そのほかの地区の崩壊危険度については触れていません。これは対象外の地すべり地が湛水後に崩壊しても、国土交通省としては全く関係ない、知りませんと言っていることに等しく、地すべり地形の全地区について徹底的な調査検討が必要です。
さらに、「貯水池周辺の地すべり調査と対策に関する技術指針(案)・同解説」では地震の影響は検討の対象外になっており、八ッ場ダム予定地についても、地震による地すべりの発生そのものが検討されていません。東北地方太平洋沖地震規模の地震動が襲った場合も想定して、貯水池周辺で地すべりが誘発される危険性を徹底的に検証する必要があります。
なお、昨年12月7日の国交省の有識者会議で、タスクフォースから最大級の地震動が作用した場合について若干の報告がありましたが、その対象はダム本体であり、ダム湖周辺の地すべりは考察の対象外でした。
また、八ッ場ダムの代替地では民間の宅地造成では例がない超高盛り土の造成が行われています(川原湯地区打越代替地の盛り土高さ30~40m)。この代替地は東北地方太平洋沖地震規模の地震動が襲った場合も考慮した設計はされていません。
「宅地防災マニュアル」を見ると、その安全計算は兵庫県南部地震の調査結果に基づいた設計水平震度が使われていますので、東北地方太平洋沖地震規模の地震動が襲った場合も考慮して、「宅地防災マニュアル」が早晩改定され、設計水平震度の値が引き上げられることは必至です。
したがって、「宅地防災マニュアル」の改定を待って、八ッ場ダムにおける超高盛り土の代替地の安全対策を根本から見直し、その対策にどれほどの費用がかかるかを明確にする必要があります。この問題は、12月1日の有識者会議でも委員から指摘されています。
なお、国土交通省は、浅間山噴火の影響については天明泥流規模の総泥流量を1億?として検討したと回答していますが、「火山活動に関するダムへの影響調査概要報告書」(国土開発技術研究センター、平成5年3月)には天明の浅間山噴火の際の火山泥流は1.4億?に達したと書かれており、1億?とする検討では不十分です。さらに、堆砂の進行で八ッ場ダムの貯水容量が次第に小さくなっていくことも考慮しなければなりません。
9 生活再建のための法整備について
「八ッ場ダム建設継続の可否を決定するに当たっては、生活再建のための法整備が必要」という民主党の意見に対して、国土交通省は「住民の方々の生活再建も含め、検証の結論に沿って適切に対応することとしています。」と回答しており、回答の体を成していません。
2009年9月に前原誠司国土交通大臣が八ッ場ダムと川辺川ダムの中止方針を表明する際に、ダム中止後の生活再建支援法の早期制定を約束しましたが、その後、国土交通省は大臣の指示にもかかわらず、生活再建支援法の法案作成に取り組んできませんでした。
八ッ場ダム予定地の住民がダム中止後の生活に不安の気持ちを抱くのは、生活再建支援法を立法化する動きが全く見られないことにありました。
生活再建支援法ができると、ダム中止が可能となるため、国土交通省はそのことを見越して、法案の準備をサボタージュしてきたと考えざるをえません。八ッ場ダム建設再開を決定した昨年12月22日に、「川辺川ダムをモデルとして生活再建支援法案を次期国会に提出する」方針を明らかにしたことは、こうした批判を裏づけるものでした。
10 費用対効果について
国土交通省は会計検査院の指摘について所要の検討を進めていると回答しています。
しかし、昨年11月25日に内閣から送付された「八ッ場ダムの費用対効果に関する質問主意書」の政府答弁書を見ると、八ッ場ダムの便益の算出に使われた洪水被害額は全く仮想の数字であることは明らかです。
この政府答弁書によると、八ッ場ダムがない現状において、利根川本流と江戸川本流では、最大で50年に1回の確率で起きる規模の洪水まで考えた場合、年平均で毎年約4,820億円の洪水氾濫被害額が発生すると想定されています。しかし、答弁書では一方で、1961年からの49年間に利根川水系で起きた実際の洪水被害額は「累積で約8,642億円」と答えています。これを年平均にすると176億円となりますから、想定額は現実の被害額の27倍にもなっていることになります。
さらに不可解であるのは、利根川、江戸川の本流で起きた破堤に関する質問に対して、答弁書では「1951年以降の60年間、利根川と江戸川の本流で破堤した場所はない」と答えていることです。このことは、上記の実際の年平均被害額176億円は、本流を除く支流の氾濫や内水氾濫等の被害額を意味することになります。八ッ場ダムの想定被害額の計算は、利根川本流と江戸川本流の破堤を前提にしており、支流等の氾濫は計算対象外です。すなわち、八ッ場ダムの便益計算では実際の被害額はゼロなのに、想定では平均で毎年4,820億円の洪水被害が発生することになっているのです。これほど現実離れした計算が他にあるでしょうか。
このように全く架空の洪水被害想定額から、八ッ場ダムの費用対効果約6.3と算出されているのですから、費用対効果の計算は全く意味のないものです。
11 人口減少の進行という背景要因について
国土交通省の回答は人口減少の進行という背景要因については何も答えていません。
しかし、人口減少は将来の水需給を考える上で重要な背景要因です。利根川流域の上水道の一日最大給水量は1992年度以降、ほぼ減少の一途を辿っており、最近17年間で182万?/日も減少しています。今後も節水型機器の普及で一人当たり給水量が引き続き減少し、さらに、首都圏の人口も近い将来には漸減傾向に変わると予想されますので、水道給水量の減少傾向がこれからも続いていくことは確実です。
そして、利根川流域の水道用水が節水型機器の普及と人口の減少によって長期的には減少していくことは、国土交通省も実際には認識していることです。
国土交通省水資源部の「気候変動等によるリスクを踏まえた総合的な水資源管理のあり方について」研究会は2008年5月22日に「中間とりまとめ」を発表しています。これは、気候変動等により超長期的に見て将来の水需給がどうなるかを予測したものです。この予測では、利根川流域の水道用水(この報告では生活用水と記述)は人口の減少と節水型機器の普及により、50年後には現状値の62~67%に、100年後には31~42%にまで縮小していきます。
このように国土交通省も実際には利根川流域の水道用水が長期的に縮小していくことを認識しており、水道の需要縮小は確実に予測される事象です。
八ッ場ダムの検証において、国土交通省関東地方整備局がそのことを伏せて、各利水予定者における水需要の架空予測を追認するのは国民を欺くものと言わなければなりません。
12 利水参画者に対し直近の実績値に基づいた水需要予測を求めるべきことについて
国土交通省の回答は東京都の水道計画を例にとり、「S61~H12のデータに基づきH25時点の需要予測を計画値としているが、これはH13~H21のデータにも照らした上で、平成23年1月に事業評価委員会にて計画値が妥当とされたことを確認している。」と答え、利水参画者の水需要予測を妥当としています。
しかし、東京都水道の水需要予測一つをとってみても、実績とは著しく乖離しています。東京都の一日最大給水量は1992年度の617万?/日からほぼ減少の一途を辿り、2010年度には490万?/日になっているのに、都の予測では2010年度には600万?/日まで増加することになっています。この予測は1985~2000年度という今から10年以上前の実績データによるものですから、水需要の減少傾向が続く最新の実績データに基づいて予測を行えば、予測値が大幅に下方修正されることは必至です。東京都が15年以上前のデータによる予測に固執し、新たな予測を行うことを拒否しているのは、予測値が大幅に下方修正されることを認識しているからです。
国土交通省の回答にある平成23年1月の東京都の事業評価委員会による評価は、大変問題があるものです。この委員会は会議が開かれず、水道局の職員が委員を個別に説明して了承を得ただけであって、委員会としての議論は一切行われませんでした。さらに、都の資料は、水需要については予測と実績をグラフで示すこともなく、次の文言が書かれているだけでした。
「水道需要予測の基礎となる一日平均使用水量は、現時点では計画と実績との間に大きなかい離が生じていない状況にあることなどから、平成15年12月に実施した水道需要予測の値を計画値としている。」(東京都水道局「水道水源開発施設整備事業の評価 霞ヶ浦導水 八ッ場ダム」平成23年1月31日)
このように、東京都水道局は水需要の予測が実績と乖離している事実をグラフで示すこともなく、乖離していないという事実と異なる説明で、しかも、会議も開かないまま、委員の了承を得ており、都水道局が行ったことは第三者機関の評価を得たというには程遠いものでした。
東京都に代表される架空の水需要予測を見直さない八ッ場ダムの検証は、科学性が全くないものです。
13 富士川からの導水について
国土交通省の回答は富士川からの導水を立案した経緯を述べていますが、もともとの誤りは、東京都に代表される実態と乖離した水需給計画を一切見直しせずに、八ッ場ダムの開発水量がそのまま必要であるとしたことにあります。
利水の検証で何よりも取り組まなければならないことは八ッ場ダムの開発水量が本当に必要なのか、利根川流域水道の一日最大給水量が年々縮小していく時代において新たな水源開発が本当に必要なのかをデータに基づいて科学的に分析することでした。そのことに一切取り組まなかった八ッ場ダムの検証には正当性が全くありません。
14 ヒ素について
国土交通省は、ヒ素濃度は八ッ場ダム建設後に低下すると予測していると回答していますが、八ッ場ダム貯水池に沈積したヒ素が水位低下時に攪乱されて高濃度で流出することについての心配が依然としてあります。