東京都が工業用水道事業の廃止を決定したと、昨日のNHKの昼のニュースが伝えました。
東京都が赤字を抱える工業用水道事業の廃止を検討してきたことは、昨年来、日経新聞等で報道されてきました。
〈参考〉「東京都、工業用水道の廃止検討」(2017年12月5日)
東京都の工業用水道の水源は、利根川水系渡良瀬川の草木ダムと、多摩川の自流水(玉川浄水場)です。水量は前者が圧倒的に大きく、約84%を占めています(2015年度)。
(右図=東京都水道局HP 「東京の工業用水道」より)
東京都の工業用水道が廃止されれば、草木ダムの水利権84672㎥/日(0.98㎥/秒)が宙に浮いてしまいますので、東京都水道に転用されることになります。過剰な水源を抱える東京都水道の保有水源は、さらに増えることになります。
ダムの維持管理費は水利権に応じて負担することになっているため、東京都は工業用水道を廃止しても、草木ダムの維持管理費を払い続けなければなりません。
◆2018年6月4日 NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180604/k10011463921000.html
ー東京都 工業用水道廃止へ 年間5億円赤字続ー
東京都は、需要の増加が見通せず、維持費用がかさむなどして年間5億円の赤字経営が続く「工業用水道」について、廃止する方針を固めました。同様に赤字経営に悩む全国各地の自治体での廃止するかどうかの議論に影響する可能性があります。
東京都の工業用水道は、地盤沈下を防ぐため、工場での地下水のくみ上げを規制する代わりに、昭和30年代から整備され、上下水道とは別の配管を通じて工場などに供給され、鉄鋼の冷却や金属・皮革製品の洗浄などに使われています。
しかし、その後、地盤沈下はほぼ落ち着き、工業用水を使う企業は去年3月末の時点で185件とピーク時の3分の1以下に落ち込み需要の増加が見通せず、年間5億円の赤字が出ているほか、老朽化した施設の維持・更新におよそ2300億円が必要となっていて、関係者によりますと、有識者委員会が近く、「廃止すべきだ」と提言する報告書をまとめる見通しだということです。
こうした状況を踏まえ、都は、工業用水道を廃止する方針を固め、今月開かれる都議会で正式に表明することにしています。
地盤沈下対策として行われた工業用水道の事業では、全国の自治体で初めての廃止となり、都の方針を受け、同様に赤字経営に悩む各地の自治体での廃止するかどうかの議論に影響する可能性があります。
ただ、一部の業界にとっては、工業用水道に比べてコストがかかる上水道の使用は大きな負担となることから、今後は自治体による業界への支援の在り方も課題となります。
東京都の工業用水の変遷
東京都の工業用水道は、昭和30年代に当時深刻だった地盤沈下を抑制するため、工場による地下水のくみ上げを規制する代わりに整備され、現在も墨田区、江東区、北区など、都内の北東部にある工場などに供給されています。
都によりますと、工業用水を使う企業は昭和51年度には664件に上りましたが、その後、工場が都外に移転するなどして減少したのに伴い需要は年々減少し、去年3月末の時点では185件とピーク時の3分の1以下になりました。
また都の工業用水は中小企業の利用者が多く、都の料金収入が1件当たり年間129万円と全国平均の16分の1にとどまっているうえ、水道を使う工場などが点在しているため1件当たりの配水管が長いことなど、大阪府や千葉県、埼玉県などほかの大都市と比べて事業の効率性が低いということです。
さらに事業の開始から50年以上が経過し、浄水場の施設や、総延長344キロに上る配水管の多くが老朽化し補修には限界があり、更新が必要な時期を迎えています。
都は、これまでに最大4か所あった浄水場の一元化や、職員の削減、4回の料金値上げなどコスト削減に向けた取り組みを行ってきましたが、工業用水の需要は今後さらに減少が見込まれることから、事業の廃止を含めて方向性を検討してきました。
都は工業用水道を廃止した場合、およそ900億円をかけて浄水施設や配水管などを撤去し、上水道からの供給に切り替える方針ですが、これまで工業用水を利用してきた企業の負担が増えることから、水道料金の差額の補填(ほてん)や切り替え工事にかかる費用の負担など、必要な支援策を検討することにしています。
利用業者の組合「減免期間設けるなどの措置を」
東京・江戸川区にあるメッキ工場では、工業用水道が廃止された場合、年間で数百万円から1000万円近いコスト増加のおそれがあると試算しています。
メッキ製品は加工の工程で材料に付着した酸や油を取り除くため、何回も洗浄する必要があり、この工場では、1日およそ100トンの工業用水を使用しています。
東京都鍍金(めっき)工業組合に加盟するおよそ300の業者のうち、工業用水を利用しているのは現在は10社余りで、比較的、影響は少ないことから、組合として廃止に強く反対することはないということですが、この工場では、上水道への切り替えにより5倍のコストがかかることから、都に対し、減免期間を設けるなどの措置を望んでいます。
組合の副理事長を務める「朝日鍍金工場」の遠藤清孝社長は「都もだいぶ赤字だと聞くので廃止は致し方ないが、コストが上がるのは本当に頭が痛い話だ。中小零細企業には料金を据え置くとか、あるいは段階的に上げるなどの配慮を願いたい」と話しています。
◆2018年6月5日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/CMTW1806051300002.html?iref=pc_ss_date
ー都、工業用水道を廃止へー
◆来年度 墨田など9区に給水
東京都は来年度以降、工場などが利用する工業用水道の事業を廃止する方針を固めた。工場の移転や閉鎖で利用者が減り、年約5億円の赤字となっているほか、老朽化した配水管の更新費用が課題となっている。都は、廃止のための条例案を今秋の都議会に提出する方針だ。
都によると、工業用水道は地下水のくみ上げによる地盤沈下を抑えるため、1964年に始まり、河川の水を浄水場を通して利用する。工場のほか、マンションの家庭のトイレや公園の散水など一般利用者もいる。墨田区など都内9区に給水され、料金は上水道の5分の1ほどだ。
しかし、工場の利用はピーク時の76年度から3分の1に減り、2016年度時点で185件。一般の利用者も354件にとどまる。施設の統廃合や職員削減をしても赤字状態が続く。
都は、老朽化した配水管の更新費用は約2300億円、事業を廃止して配水管を撤去し、上水道の配水管を使う場合の費用は約900億円と試算。都の有識者委員会は近く、需要増が見込めないうえ、配水管の更新には水道料金の8倍の値上げが必要などとして「廃止すべきだ」と提言をまとめる見込みだ。都は約100億円負担して、激変緩和措置として廃止後4年間は現在の料金を維持し、10年ほどかけて段階的に引き上げることを検討している。
都は4日、利用者向けの説明会を開き、工業用水道廃止の方針を説明した。利用者から「倒産に追い込まれる」と批判が噴出し、工場経営者の男性(74)は取材に「1日60トンの水を使う。値上げは死活問題」と話した。 (西村奈緒美)
◆2018年6月6日 東京新聞東京版
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201806/CK2018060602000123.html
ー都、工業用水道廃止へ 江東など9区 今秋に条例提出ー
都は、江東、墨田、荒川区など都内九区で供給している工業用水道の廃止に向け、利用している事業者への説明を始めた。早ければ今秋の都議会に廃止条例案を提出し、来年度以降に四年間ほどかけて上水道に切り替える方針。
都の工業用水道は、地下水のくみ上げに伴う地盤沈下を防ぐため、一九六四年に供給を始めた。だが、利用は七六年度の六百六十四件から、二〇一六年度の百八十五件へと三分の一以下に減少。団地のトイレなど雑用水としても一六年度は三百五十四件に供給しているが、全体で年五億円程度の赤字という。
都は、老朽化施設の改修に二千三百億円がかかる一方、廃止による配水管などの撤去は九百億円と試算。需要は今後も減るとみており、上水道に切り替える方向で検討している。都の有識者委員会が近く、廃止すべきだとの提言をまとめる予定。都は四月以降、有識者委での検討状況などを利用者に説明し始めており、安い利用料金が高くなることに懸念の声もあるという。このため、支援策として百億円程度を支出し、上水道への切り替えから数年間は料金を抑え、段階的に引き上げることなどを検討している。 (森川清志)
—転載終わり—
八ッ場ダムと草木ダムの水没住民によるダム反対闘争は、同時期の1960年代のことでした。草木ダムの着工は1965年、竣工は1976年でした。当時、東大都市工学の大学院生だった嶋津暉之さんは、ダム問題に関わるきっかけになったこれらのダム反対闘争について、後に次のように記しています。
「筆者(=嶋津暉之さん)が水問題にかかわるようになったのは、ちょうどこの頃で、1960年代後半であった。当時は計画中または調査中であった利根川水系の草木ダムや八ッ場ダムの水没予定地を訪れたことがある。八ッ場ダム予定地である長野原町川原湯地区の住民は反対期成同盟を結成してダム建設絶対反対の姿勢を示していたが、建設省と群馬県の執拗な攻勢を受けて、毎日がダム問題に明け暮れる生活を余儀なくされていた。連日の会議や抗議行動で疲れ果て、苦悩し、片時も心を休めることのできない日々を送っていた。
一方、草木ダム予定地の方は昭和30年代には東村草木地区にダム建設絶対反対同盟会があったが、1965年に同盟会は解散し、条件闘争に変わっていた。しかし、その後、補償交渉ははかばかしく進まなかった。それはダム起業者がダム自体の不経済性を理由に、補償金額を低めに抑えようとしたからである。ダムの経済性などはそのようなダムを選んだダム起業者の責任であり、水没者の関知するところではないにもかかわらず、起業者の経済的判断によって補償額が決められようとしていた。一度、条件付き賛成に変われば、手練手管に長けたダム起業者に翻弄され、移転後の生活再建もままならない水没地住民の悲しい状況がみられた。」(「水問題原論」、嶋津暉之)
八ッ場ダムの着工は草木ダム着工の二年後の1967年でした。水需要が増加の一途を辿っていた当時とは社会状況が大きく変わった現在、利根川流域でも水道用水、工業用水の需要は減少の一途を辿っています。八ッ場ダムが完成する予定の2020年代には、減少にさらに拍車がかかることが予想されます。
右の図は、「利根川流域6都県の工業用水の動向」をグラフで示したものです。(グラフ作成:嶋津暉之)
八ッ場ダム事業には千葉県と群馬県の工業用水道事業が参画しています。八ッ場ダム事業における千葉県工業用水道の負担額は74億円、群馬県工業用水道の負担額は21億円です。