石木ダムの公共性を争う裁判で、長崎地裁は7月9日、13世帯の反対住民を中心とする原告側の訴えを退けました。
しかし、反対住民は徹底抗戦の姿勢を明らかにしており、住民を描いたドキュメンタリー映画が全国で上映されるなど、住民を後押しする世論が日ごとに高まってきています。
わが国では、土地収用法がダム事業者が住民を強制的に立ち退かせる権利を保証しています。その根拠は、ダムの公共性ですが、不要で公共性がないと批判されるダムでも、「公共性がある」と認定されます。公共性の可否を判断するのが、全国のダム事業を推進してきた国土交通省であるからです。
石木ダムの起業者は長崎県ですが、国土交通省は「石木ダムには公共性がある」とする長崎県の主張を全面的に認め、石木ダム事業に補助金をつける判断をしています。八ッ場ダムの場合は、起業者が国交省ですから、国交省のダムを国交省が「公共性がある」と判断して、強制収用の脅しによって、最後まで残っていた水没住民を追い出しました。
写真右=石木ダム建設予定地に住民が建てた団結小屋には、住民の強い決意を示す赤字の看板が掲げられている。
「(住民の強制撤去を認める)収用法は(ダム起業者の)伝家の宝刀ではなく”鉈(なた)”である。返り血も浴びる。何回も振り回さねば、とどめはさせぬ。またそれで全てが終わるわけではない。これからが苦しみの始まりである。」
地元の長崎新聞では、敗訴判決を受けて住民らの声を詳しく伝える連載記事を2日にわたって掲載しました。
初日の記事には、八ッ場ダム予定地住民の移転代替地を5月に訪れた石木ダム予定地住民、石丸ほずみさんが「(八ッ場ダム予定地では)移転した住民のつながりが薄れ、地域が疲弊していくのを感じた。「代替地に移転すればコミュニティーの再現は可能」とする判決に「絶対不可能」と反論していることを伝えています。
◆2018年7月10日長崎新聞
https://this.kiji.is/389228880278078561
ー見えない堰堤(かべ) 石木ダム訴訟判決・<上>
古里守る「信念貫くだけ」 反対地権者 控訴へー
石木ダムは必要か否か-。長崎県と佐世保市、反対地権者らの間で平行線をたどる論争に、司法は9日、「必要」との判断を示した。長崎県と佐世保市は事業推進に意欲を示す一方、反対地権者らは「不当判決。立ち退く考えはない」として徹底抗戦の構えだ。双方の間には分厚い壁が立ちはだかり、ダムの完成は見通せない。
裁判長が「請求棄却」を告げると、静まり返った法廷に深いため息がもれた。「住み慣れた古里を奪わないで」との願いを託した判決の言い渡しはわずか1分程度で終わり、原告らの訴えはことごとく退けられた。「不当判決」「納得できない」-。建設予定地の東彼川棚町川原(こうばる)地区の住民は一様に失望の声をもらし、「古里を湖底に沈めさせない」と固い決意を口にした。
「今までどおり、信念を貫くだけ」。原告で地権者の炭谷猛さん(67)は長崎地裁を出るなり、そう言って自らを奮い立たせた。川原地区の総代を務め、家には200年以上前からの先祖の名が記された過去帳が伝わる。「生まれてから一度も住所変更をしたことがない」ことがささやかな自慢だった。ダムの必要性への疑問がぬぐえないまま、代々受け継いできた土地が強制収用される。「これが公共の利益の代償なのか」。意見陳述でこう訴えたが届かなかった。「あくまで司法判断。世論に訴えるため、これまでより声を大きくする」と唇を結んだ。
判決後、原告らは長崎県庁に向かい、あらためて事業中止を求めた。「立ち退かないと言っている13世帯がいる。ダム完成のために強制的に排除するのか」。原告弁護団長の馬奈木昭雄弁護士(76)が詰め寄ったが、長崎県の担当職員は「明け渡してもらえるようにお願いしたい」と従来どおりの回答を繰り返した。
原告のうち、土地の所有者ではない住民は「原告不適格」として却下された。岩下すみ子さん(69)もその一人。反対地権者の中心である和雄さん(71)に嫁いで約40年、川原地区に住む。「培われた歴史があるのに、訴える権利がないというのは血が通っていない。私たちを人間としてではなく虫けらのように扱っている」と憤った。
同じく「不適格」とされた住民の石丸穂澄さん(35)も「生活の全てを否定されたみたい」と肩を落とした。5月に八ツ場ダム(群馬県長野原町)の代替地を視察。移転した住民のつながりが薄れ、地域が疲弊していくのを感じた。「代替地に移転すればコミュニティーの再現は可能」とする判決に「絶対不可能」と反論する。裁判官の現地視察があったことに「何を見たのだろう」ともらした。
■河川工学上は妥当/夛田彰秀長崎大学大学院教授(河川工学)の話
河川工学の観点から妥当な判決と言える。ダムが持つ洪水調節などの機能が、住民の生命と安全に直結する点を裁判官が重視した。石木ダム事業の費用と効果を分析した上で、同事業の「公共の利益」が司法から認められた点は高く評価できる。
■行政に全面的追従/五十嵐敬喜法政大名誉教授(公共事業論)の話
治水や利水について、判決で認めているダム事業の数値が、本当に正しいのか疑問が残る。佐世保市のこれまでの水需要予測と実績値には落差があり、同市の水需要予測が過大なのは明らかだ。行政に全面的に追従し、独立性を失った判決だ。
◆2018年7月11日 長崎新聞
https://this.kiji.is/389584858269107297
ー見えない堰堤(かべ) 石木ダム訴訟判決・<下>
必要性浸透せず 迫る裁決ー
長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業を巡り、反対地権者らが国に事業認定取り消しを求めた訴訟。長崎地裁判決から一夜明けた10日、敗訴した反対地権者ら約50人が、同市役所に詰め掛けた。今後の方針を市にただすためだ。
「お墨付きと言うつもりはないが、一定理解は得られたと考える」。応対した谷本薫治・水道局長の言葉には、市の水需要予測を司法が認めたことへの安堵(あんど)感がにじんだ。原告側弁護人が「裁判所は『不合理ではない』と言ったにすぎない」とかみついたが、谷本局長は「判決文(の表現)としては一般的と思う」とかわした。
同市の利水などを目的とする石木ダム。だが当の市民にダムの必要性の理解が浸透しているとは言い難い。長崎新聞社が1月に県民500人を対象に実施したアンケート。同市民に限って見ると、石木ダム不要派(計47・4%)が必要派(計32・6%)を上回った。1994~95年に大渇水を経験した同市だが、2007年度を最後に給水制限はなく、「水不足」の記憶は薄れつつある。16年1月には記録的寒波で市内の水道管が破裂し、大規模な断水が発生。これが影響してか、同年に市が実施した市民アンケートでは「水の安定供給」に関する施策で「水源の確保」よりも「水道施設の更新・整備」を重視する人が多かった。石木ダム反対派の石木川まもり隊代表、松本美智恵さん(66)=同市=は「市民はダム建設より漏水対策を優先してほしいと思っている」と指摘する。
こうした中、同市は広報誌で「佐世保の水事情と石木ダム」と題したシリーズ企画を6月号からスタート。朝長則男市長も5月号のコラムで石木ダム建設への理解を呼び掛けた。事業認定取り消し訴訟が起きた15年以降、同市のPRは自粛傾向にあったが、巻き返しへの思惑も透ける。
一方、治水の恩恵を受ける川棚町。県内初の大雨特別警報が発表された6日、川棚川は一時、「氾濫注意水位」まで増水した。町民の女性は「最近は異常な豪雨が多く、ダムがあるに越したことはない」。一方で「反対住民の気持ちも分かるから」と声を潜める。日常会話で、デリケートなダムの話題を口にすることはほとんどない。
現場では、反対派などが座り込みなどで抗議する中、付け替え道路の工事が少しずつ、しかし着実に進む。本体工事の着手時期は遅れているが、県は「22年度完成を目指す工程に変わりない」とする。「公共の利益」のため、住民は立ち退くべきなのか。多くの県民が答えを出せないまま、行政代執行への道を開く県収用委の裁決が迫る。