西日本豪雨による甚大な災害について、毎日新聞が「緊急報告」と題する連載記事を掲載し、以下のページにまとめています。
最も大きな被害があったのが、広島県、岡山県、愛媛県であったことから、連載記事の「上」では広島県の土砂災害、「中」では岡山県の洪水による水害、「下」では愛媛県・肱川流域でダムの緊急放流に伴う水害を取り上げています。
https://mainichi.jp/ch160397465i/%E7%B7%8A%E6%80%A5%E5%A0%B1%E5%91%8A
愛媛県では、ダムの緊急放流後に河川の氾濫によって犠牲者が出ており、地元で「人災」との声があがっています。上記の連載記事の中から、初回の記事と、ダムの緊急放流の問題を取り上げた「下」を転載します。水害にあったダム下流の住民による「『ダム様』がどうにかしてくれると安心しよった。」という言葉は、ダムの安全神話が浸透しているわが国の他の地域でも、同じ災害が発生する危険性を示唆しています。
◆2018年7月13日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180713/ddm/001/040/175000c
ー緊急報告 西日本豪雨/上(その1) 生きなかった教訓ー
広島市安芸区矢野東地区では梅河(うめごう)団地を中心に、12人の死者・安否不明者が出た。20年以上前からある、山間部に造成された団地で暮らす男性(69)と妻(66)の自宅は今月6日夜、土石流の直撃を受け、跡形もなくなった。夫妻とは今も連絡が取れない。
団地の一部は、2014年8月に広島市安佐南区などで77人の犠牲者を出した大規模な土砂災害を受け、生命に著しい危害が及ぶ恐れがある「土砂災害特別警戒区域」に指定されることが決まっていた。だが、その教訓は十分に伝わらず、そして間に合わず、犠牲は防げなかった。
広島県は今年5月17日、ホームページ(HP)で区域を公表。8月にも危険性などを周知する地元説明会を開き、その後指定する予定だった。その間隙(かんげき)を突くように災害は起きた。
4年前を教訓に改正された土砂災害防止法は、指定前でも調査が終わった段階での公表を義務付けた。説明会直前の土石流は、くしくも公表した警戒区域の図で示していたものとほぼ同じ方向で発生した。
被害が特に甚大だった広島、岡山、愛媛の被災地の現状と浮かんだ課題を緊急に報告する。【畠山哲郎、林由紀子】
◆2018年7月15日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180715/ddm/041/040/054000c
ー緊急報告 西日本豪雨/下 愛媛・西予肱川が氾濫 ダム放流、人災の声ー
「戸が開かん」。途切れ途切れの電話の声は、不安そうだった。「そっちに行くけんね!」。愛媛県西予市野村町地区の小玉和矢さん(33)は、7日午前6時半ごろ、近くの祖母、ユリ子さん(81)に告げた。それが、最後の会話になった。
この日朝、同地区中心部を流れる肱(ひじ)川(かわ)があふれ、ユリ子さんら59~82歳の男女5人が死亡、約650戸が浸水した。複数の住民によると、午前6時半ごろから川は一気に増水。津波のような濁流が押し寄せ、同7時半ごろには住宅の屋根まで水が及んだ。
気象庁によると、このときまでの24時間雨量は同市で観測史上最大の347ミリ。約3キロ上流の野村ダム(総貯水容量1600万立方メートル)は、午前6時20分から、緊急的に流入量とほぼ同量を放流する「異常洪水時防災操作」を開始。その水量は、直前の毎秒250立方メートルから一時、最大7倍近くに達した。
「時間を巻き戻してほしい」。泥まみれの自宅を前に和矢さんは「何のためのダムなのか。小出しにするとか、もっとやり方があったのでは」と怒りを口にした。
地区の約5100人に避難指示が出たのは、7日午前5時10分。市関係者によると、その約3時間前の午前2時半ごろ、ダムの管理所長から市役所野村支所長に「7時45分に過去最大の毎秒1000立方メートルを放水する」と通告があったという。国は最初の連絡で「6時50分に放水開始予定」と告げたとし、双方に食い違いが出ているが、国の放流時刻の前倒し連絡などもあり、市の避難指示は5時10分に早まった。
市は避難指示後に計3回、各戸に配置されている防災無線と屋外放送で住民に避難を呼びかけた。だが、ダムの放流を知らせるサイレンや放送は雨音でかき消され、無線は呼びかけ続ける形ではなく、20~30分おきの計3回。気付かなかった住民もおり、消防団は戸別訪問で地区を回った。支所の担当者は「指示のタイミングには最善を尽くした」と語る。だが、地元ではダムの放流が適切でなく、人災だったのではとの疑念が渦巻く。
ダムを所管する国土交通省治水課は「避難指示が出てから操作までの70分間、川への流量も少なく道路への浸水もなかった。避難行動に貢献できた」と回答。四国地方整備局の長尾純二河川調査官は「ダムの容量を空けて備えたが、予測を上回る雨だった。規則に基づいて適切に運用した」と説明する。
今回、国所管の治水機能を持つダム558カ所のうち、約4割の213カ所で放流量を調節した。うち、県内の鹿野川ダムなど8カ所で野村ダムと同じ緊急放流がなされた。昨年までの10年間に全国で40回しかないが、広域で8カ所もの同時実施は極めて異例だ。
県内を13日に視察した安倍晋三首相は「ルールに沿って対応したと報告を受けた」としながら、「さまざまな声があり、徹底的に検証する」とも述べた。
京都大防災研究所の角哲也教授(河川工学)は、予測を上回る降水時のダム操作の難しさを「ちょうど良く運用するのは神業」と表現。「現場の切迫感を、いかに早く住民に伝え、避難行動につなげてもらうかが大事」とし、非常時にどう動くのか日ごろから想定しておく重要性を訴える。
自宅が2階まで浸水し、屋根に上って助かった富城純子さん(56)は「『ダム様』がどうにかしてくれると安心しよった。避難する側もさせる側にも課題がたくさんあると感じた。犠牲者が出てしまい、教訓にして、次につなげないといけん」と話した。【山崎征克、真野敏幸、藤河匠、中川祐一】