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四国地整の野村ダム、新規則による初の緊急放流、ダム直下の被災地では

 昨年7月の西日本豪雨では、愛媛県を流れる肱川で国直轄の二つの巨大ダムが緊急放流を行い、ダム下流域が甚大な水害となりました。
 国土交通省四国地方整備局が管理する野村ダムでは、昨年の水害を受けて大規模な洪水に対応するため、今年6月にダムの操作規則を変更しました。今年も大雨の季節を迎え、野村ダムでは6月30日に新しい操作規則による緊急放流を行いました。国交省はこれまで放置していた河道整備に早期に着手することになりましたが、被災地の苦悩は今も続いています。

◆2019年7月1日 愛媛新聞
https://www.ehime-np.co.jp/article/news201907010068
ー南予で大雨 野村ダム、新規則初の洪水調節ー

 梅雨前線による大雨で、国土交通省野村ダム管理所(愛媛県西予市)は6月30日午前10時半から約1時間半、洪水調節のための防災操作を実施した。管理所によると、西日本豪雨後に見直した新操作規則での洪水調節は初めて。最大放流量は毎秒約330トンで西日本豪雨(1797トン)以降では最大となった。最大流入量は同345トン。7月1日にかけて降雨が予想されるとし、引き続き河川水位やダム放流状況に注意を呼び掛けている。

 従来の洪水調節では貯水池が一定容量に達するまで、放流量の上限は毎秒300トンだった。2018年7月の西日本豪雨による肱川(宇和川)氾濫を受けて大規模洪水に対応するため、流入量300トン以上になった場合に超過分の約8割を上乗せして放流する方式に今年6月6日から変更。新操作では下流氾濫の目安となる異常洪水時防災操作は、放流量1000トン以上となっている。

◆2019年6月30日 朝日新聞愛媛版
https://digital.asahi.com/articles/ASM6W62XPM6WPFIB00W.html?iref=pc_ss_date
ー移転か残るか、見えない地域の将来 豪雨の被災地ー

  甚大な被害をもたらした昨夏の西日本豪雨。住民5人が犠牲になった西予市野村町の野村地区では、氾濫(はんらん)した川の濁流が商店街や民家を襲った。原形はとどめていても住むことができない家屋が今も残り、解体が進む。行政の支援を受けて移転を決断する住民がいる一方、地域に残る選択をした人もいる。

 「大勢の人がここにうちの店があることを知っている。地域は寂しくなるが、自宅も6年前に建てたばかり。生きている間は動きようがない」。畳店を営む小玉恵二さん(60)は言う。

 昨年7月7日の午前7時前。地域を流れる肱川から濁流があふれ出した。

 小玉さんは妻の由紀さん(60)と車で高台を目指した。しかし、水に行く手を阻まれ、車を捨てて目の前の2階建て民家に駆け込んだ。近くに住む義母のユリ子さん(当時81)と携帯電話がつながった。「家の外が水でいっぱいで出られない」。ユリ子さんとの連絡はその後、途絶えた。

 水位の上昇は続き、小玉さん夫妻は2階の屋根にはい上がった。周囲の家屋が目の前を流れていく「すさまじい光景」。水は屋根のひさし近くまで押し寄せ、その場に3時間ほどとどまった。水が引いた後、ユリ子さんは自宅の畳の下から見つかった。

 畳店も隣接の自宅も、ぐちゃぐちゃだった。仕事の道具も機械も泥をかぶって使い物にならなかった。ユリ子さんを失った悲しみとともに、どう立て直せば良いのかと途方に暮れた。

 被災直後、店内にたまった泥などをボランティアが片付けてくれた。滞った仕事は同業者が肩代わりしてくれた。代々続く畳店。再開しなければと気を取り直した。新しい機械や道具を補助金などでそろえ、約1カ月後に同じ場所で店の再開にこぎつけた。窓のサッシはコンパネで覆い雨風をしのぎながら仕事をした。

 西日本豪雨では、約2キロ上流の野村ダムが大量の水を緊急放流し、一帯の水位が一気に上がった。今後も同様の浸水被害が発生するのではないかという不安を、住民の多くがぬぐえなかった。「この地域に住み続けられるのか」。豪雨から1カ月後の昨年8月初旬以降、こんな声が聞かれるようになった。

 西予市は、約60戸が暮らしていた肱川沿いの一帯を「災害危険区域」に指定して建築制限をかけ、住民全員が他の地区に移る「防災集団移転促進事業」の検討を始めた。ただし、集団移転には住民全員の同意が必要。多くの住民は「水害が怖くて住めない」と、災害公営住宅など別の場所への移転を希望した。一方で、小玉さんを含む一部は「同じ場所で住み続けたい」との意向を示した。

 国が一帯の河川改修を進める方針を固め、将来的に「災害危険区域」と言えなくなる可能性も出てきた。水害の不安はつきまとうが、「国も治水対策をしようとしている。逃げる用意は常に必要だが、たびたび起きるわけではないはず」と小玉さんは話す。

 「防災集団移転促進事業」と並行して、市は昨秋、一帯の復興支援策として別の手法の検討も始めた。住民が移転した跡地を行政が買い取りやすくする国の小規模住宅地区改良事業や、移転先の家賃を市単独で補助する新規事業など、移転する住民に個別に対応しようというものだが、移転住民が相次げば、地域コミュニティーはバラバラになってしまう懸念もある。

 豪雨災害から1年。地域の将来が見えないまま、とどまる選択をした小玉さんは言う。「義母は長い間、ここに住み、家を支えてきた。今の状況は悲しむだろうが、生きていたら同じ選択をしたと思う」(亀岡龍太)
     ◇

〈防災集団移転促進事業〉

 住民の生命などを災害から守るため居住に適当でないと認められる区域内の住居の集団的移転を促す、国土交通省の事業。全員の合意が必要で、対象区域は建築基準法の災害危険区域になり、建築規制がかかる。公費で移転先の造成などをする。市町村の負担は国の補助金や交付税措置で6%に抑えられる。国交省によると、東日本大震災の被災地で多く適用されたが、水害の場合は住民の対応が分かれがちで、事業例は少ないという。

◆2019年7月1日 愛媛新聞
https://www.ehime-np.co.jp/article/news201907020048
ー西日本豪雨から1年 7日に犠牲者追悼 南予3市式典

 西日本豪雨から1年を迎えるのに合わせ多数の犠牲者や被害を出した大洲、西予、宇和島の3市は7日、各地で追悼式を開催する。遺族や市長をはじめとする市関係者、市民らが出席し、犠牲者の冥福を祈り、復興への誓いを新たにする。

 土砂災害や河川氾濫などで被災した人と、以降に災害関連死と認定された人の合計で、1日までの犠牲者は大洲市5人、西予市6人、宇和島市13人。3市の24人で県内全体33人の3分の2以上を占めている。

 大洲市は午前10時から、市役所2階大ホールで開き、遺族のほか国土交通省や自衛隊、県の関係者、自治会長ら計約100人が出席。一般市民らの参列席は設けず、式終了後、午後3時まで献花を受け付ける。市総務課行政係=電話0893(24)1724。

 西予市は午前10時から(同9時開場)、同市野村町野村の野村小学校体育館で執り行い、遺族代表の言葉などを予定。体育館は豪雨後2カ月あまり、避難所になった。一般参列者の席も設ける。避難情報の発令状況次第で14日に延期する。市復興支援課=電話0894(62)1455。

 宇和島市は午前10時から(同9時開場)、同市吉田町東小路の吉田公民館2階大ホールで実施。一般参列者約300人分の席を用意し、午後1時まで市民の献花も受け付ける。避難情報の発令状況によって中止する。市市長公室政策調整係=電話0895(24)1111(内線2415)。

 

被災者のフェイスブックより