各地に甚大な爪痕を残した西日本豪雨から一年。日本経済新聞が被災地の中小企業や農業の復興にとって支障になっている問題を取り上げていました。タイトルには「あと一歩」とありますが、実態はかなり深刻です。
◆2019年7月4日 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46901700T00C19A7LC0000/
ー豪雨復興あと一歩、グループ補助金交付決定に遅れ 西日本豪雨1年 復興どこまで(下)ー
西日本豪雨は中小企業や農業にも甚大な被害を及ぼした。懸命な復旧作業によって、足元では被災前の状態に回復した事業所は多い。ただ、頼みの綱となる国・県のグループ補助金の交付決定が遅れるなど、先行きはまだ予断を許さない状況だ。
愛媛県大洲市を流れる肱川。その上流に面する川上商工会では、ダム放流と支流の氾濫で地区の約半数に当たる58事業者が被災した。このうち飲食、小売りなど8事業者が廃業。再建した事業者も、遅いケースでは今年春頃まで時間を要した。
酒造会社、養老酒造の山内光郎社長は「4月以降ようやく本格出荷にこぎ着けた」と明るい表情を見せる。3棟の蔵のうち2棟は解体を余儀なくされ、残った1棟に搾り機、瓶詰め機、ろ過機などを数千万円かけて新規に導入した。
蔵の近くに軒を連ねていた商店街では、豪雨後に解体された建物の跡地も目に付く。商工会の池田悦子事務局長は養老酒造の生産再開について「商店街復興に向けた動きとして元気づけられる」と語る。
大規模な浸水被害が発生した岡山県倉敷市真備町地区には、400以上の中小事業所がある。その大半を取引先とする吉備信用金庫(岡山県総社市)の清水宏之理事長は「廃業例は少なく、おおむねが『頑張って再開しよう』と速いスピードで努力してきた」と話す。
同金庫では発生直後から「復興支援室」を設けて対応したが、事業主が避難するなどしていたため、被災状況や再建の意向の把握には18年末までかかったという。4月には「まちづくり支援室」に衣替えし、売り上げの回復などに向けてコンサルティング業務を充実させていく。
復興に向け期待されるのが、被災企業などがグループを作って再建資金を国・県から得るグループ補助金。工場や店舗などの復旧費の最大4分の3が補助されるが、その交付決定は思うようには進んでいない。
真備町地区で竹製家具の製造・販売を手掛けるテオリ(岡山県倉敷市)の中山正明社長は「事業計画の条件が厳しく、備品の見積もりに時間がかかった」と振り返る。申請に際し、県からはトラックの積載量やパソコンのスペックなどは被災前と同条件で、それ以上のものは認めてもらえなかった。河川氾濫で工場が水没したが、すぐに事業継続を決断し、被災2日後の7月9日には社員に伝達。加工機の更新・修理費など、2億円は総合保険などでカバーした。
中小企業約260社をまとめて「竹のまち真備町復興グループ」の結成にも奔走した。同グループでは18年末に事業計画を申請し、4月25日に交付が決定した。今後は発注書や領収書を取りまとめた事業完了報告書を提出し、県による確認作業を経て実際に補助金が行き渡るのは10月ごろになるという。
交付決定の長期化を受けて、申請を諦めた事業者もいるという。独自に資金を調達していても費用負担が重く、補助金が迅速に交付されないことには経営は苦しいという企業は少なくない。
一方、農業の復興には時間を要しそうだ。愛媛県では農業関連で463億円の被害が発生。県は農薬散布用スプリンクラーや運搬用モノレールで約9割が修復したとするが、土砂が流出した園地の復旧はなお途上だ。
全国有数のミカン産地である愛媛県宇和島市吉田町。園地を見ると、土砂崩落でむき出しになった山肌があちらこちらで目立つ。「元通りにならなくても気力を持って復旧したい」。農家の村井優介さんは力を込める。
2.5ヘクタールの園地のうち約1ヘクタール分が被災。若手農家らの協力で、1年かけて6割ほどが収穫できるまでに復旧した。しかし夏場に消毒や摘果が満足にできず、平年は7割近い製品率が5割程度まで落ち込んだ。土砂堆積や崩落により復旧を諦めた園地もあるという。
県は被災園地で、傾斜を緩やかにするなどの区画整理を伴う再編復旧を計画。「お年寄りは作業が楽になるし、若い人も新規就農しやすくなる。チャンスに変えたい」と村井さんは前を向く。
真備、人口1割流出
経済復興へ街やコミュニティーの再生も欠かせない。水島臨海工業地帯に拠点を置く企業の従業員のベッドタウンとして発展した真備町地区は、豪雨前の2018年6月に人口約2万2800人を数えた。しかし今年5月末時点では、約1割の約2200人が住民票を地区外へ移し、3割強の7000人以上が市内外の仮設住宅などでの生活を余儀なくされている。
市が18年12月に転居者を対象に行ったアンケートでは、8割が「真備に戻りたい」と回答したが、人手不足などで住宅再建は難航しており、現在も手付かずのままの建物が目立つ。真備船穂商工会の副会長を務めるテオリの中山社長は「『住民が戻っておらず商売のメドが立たない』として20近くの事業者は再開を迷っている」と明かす。
そんな中、3月に商工会青年部の有志が、まちづくり会社の役割を果たす一般社団法人クリエイトフローを設立した。中心メンバーの木製品メーカー、ホリグチの堀口真伍社長は「企業の復旧支援や校区単位のイベントを通じて、人が集まれる場所を作り、コミュニティーをつなぐ必要があると感じた」と語る。屋台村のような施設の開設を見据え、活動を進める。
倉敷市は3月、真備町地区について5年間をめどとした復興計画を策定した。伊東香織市長は「戻ってきた人や、外から来た人に『よくなった』と思ってもらえる復興にしたい」と話す。
人口流出に悩むのは、広島県東広島市安芸津町も同じだ。中心部を流れる三津大川が氾濫し、JR安芸津駅前や商店街一帯が1メートル前後浸水した。かつて1万3千人あった人口も9000人まで減っており、活力を取り戻すのは容易でない。
浸水被害は駅前の商店街衰退に追い打ちをかける形となり、3月発表の公示地価は、商業地では全国4番目の下げ幅(7%減)だった。安芸津町商工会は「ハードの復旧は進みつつあるが、観光や街のにぎわいづくりなどソフト面はこれからだ」と話す。行政と民間が共に知恵を出し合い、より早く、より魅力の高い街として再生できるか、これからが正念