台風19号豪雨では6基のダムで緊急放流が行われました。雨が降り続かなかったので、大事には至りませんでしたが、ダムの緊急放流はダム下流の河川の水位を一気に引き上げるため、流域住民は逃げる時間がなく、大きな被害を被ることがあります。ダム下流の河川整備は、ダムによる洪水防止を前提として行われるため、緊急放流は想定外の事態となります。
この6ダムは事前放流の実施体制が整っていなかったこと、そして、事前放流には重要な課題があることをNHKが以下の記事で詳しく報じています。この記事を読むと、緊急放流はダム事業者にとっても想定外であることがわかります。
昨年7月の西日本豪雨では、愛媛県を流れる肱川上流の国交省の二つのダムの緊急放流により、流域で8名の犠牲者が出ました。これをきっかけにして、西日本では事前放流のルールを決めるダムが増えてきているということですが、東日本では西日本豪雨の教訓が生かされていないようです。
◆2019年11月12日 NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191112/k10012174301000.html
ー台風19号 緊急放流の6ダム 事前放流の実施体制整っておらずー
ダムの貯水量が限界に近づくと流入する水と同じ程度の水を放流し、下流域で氾濫のおそれがでる「緊急放流」。先月の台風19号では6つのダムで行われました。しかし、このダムすべてで、あらかじめ水の利用者と協議して事前に水を放流するルールを決めていないなど、事前放流の実施体制が整っていなかったことが分かりました。
台風19号による豪雨では関東や東北を中心とする146のダムで、洪水を防ぐために下流に放流する水の量を抑制する「洪水調節」が行われました。
このうち、いずれも県が管理する福島県の高柴ダム、茨城県の水沼ダム・竜神ダム、栃木県の塩原ダム、神奈川県の城山ダム、それに国が管理する長野県の美和ダムでは貯水量が限界を超えると予想されたため、流入してくる水と同じ程度の量を放流する「緊急放流」が行われました。
「緊急放流」をすると下流で氾濫のおそれがでるため、国は1つの回避策として、事前に水を放流してダムの水位を下げ容量を確保する「事前放流」が有効だとしています。
ただ雨が少なかった場合にはダムの水を水道や発電、農業などに使う利用者に影響が出るため、「事前放流」を行うにはあらかじめ実施体制を整えておく必要があります。
しかしNHKが取材したところ、この6つのダムすべてで、あらかじめ水の利用者と協議して事前に水を放流するルールを決めていないなど、「事前放流」の実施体制が整っていなかったことが分かりました。
このうち高柴ダムや美和ダムなど台風の接近に伴って、急きょ、利用者に了承を得るなどして「事前放流」をしたダムもありましたが、水の量が回復しない場合を懸念し、積極的に水位を下げることができていませんでした。
国土交通省によりますと、全国のダムで実施体制が整っているのは1割ほどしかないということで、あらかじめ水の利用者と調整するなど、「事前放流」ができる体制を整えるよう促していく方針です。
ダムに詳しい京都大学の角哲也教授は「災害が迫る中、利水者との調整ができていない状況で事前放流の判断をすることは非常に難しく、事前にルールを決めておくことが極めて重要だ。去年の西日本豪雨を教訓に西日本ではルールを決めたダムが少しずつ増えているが、東日本ではまだ少なく、台風19号を教訓に動きが広がっていってほしい」と話していました。
「事前放流」2つの課題
「事前放流」は台風や豪雨などによってダムの下流で洪水の危険が予想された際に、本来なら水道や発電などで使う水の容量の一部を放流し、事前にダムの水位を下げる操作のことを言います。
「事前放流」を行うには水の利用者とあらかじめ協議してルールや体制を整えておく必要がありますが、国土交通省が調査したところ、体制が整っているのは先月時点で、全国の562ダム中、わずか54ダムだったということです。
なぜ体制が整わないのか。課題として挙げられるのが、「渇水のリスク」と「ダムの構造」の問題です。
【課題1:渇水時のリスク】
洪水調節をするために本来、水道や発電に使うための水を事前に放流した場合、もし大雨が降らずに放流分の水が戻らなければ、水の利用者に大きな影響が出てしまいます。
台風19号では結果として大雨が降り、多くのダムに大量の水が流れ込みましたが、秋や冬の時期は降水量も少なく、渇水のリスクが特に懸念されます。
このため「事前放流」の導入にあたっては水の利用者にとって最低限どのくらいの貯水量が必要なのか、放流の結果、渇水が起きた場合の補償をどうするか、あらかじめダム管理者と水の利用者が難しい協議を進める必要があり、課題となっています。
さらに渇水を防ぐためには、数日先の雨水の流入量を把握することも重要で、気象予測の精度をいかにあげていくかも課題となっています。
【課題2:ダムの構造上 不可能】
ダムによっては容量に事前放流ができるだけの余裕がなかったり、そもそも水を流すためにダムに設置されている「放流管」の位置を下げないと多くの量を放流できないなど、物理的に「事前放流」ができないダムもあります。
これについてはダムの本体をかさ上げして貯水容量を増やすことや新たな放流管の設置などが必要で、多くの時間と資金が課題となっています。
高柴ダム“ルールなし”も急きょ事前放流
「緊急放流」を行った6つのダムのうちの1つ、福島県の高柴ダムもあらかじめ水の利用者とルールを決めていないなど、「事前放流」の実施体制が整っていませんでした。
福島県鮫川水系ダム管理事務所によりますと、高柴ダムの水はいわき市にある事業者などに対して工業用水として提供しているということです。
当時は台風の接近に伴ってかなりの大雨が予想されたことから、県の企業局に対して了承を得たうえで、急きょ水の利用者のための容量のうちの4割ほどを事前放流しました。
しかしその後、ダムの上流で想定以上の大雨となり、ダムが水をためられる限界を超える可能性が高いとして、「緊急放流」が行われました。
福島県鮫川水系ダム管理事務所の大竹昭仁所長は「事前放流をしていなかったら、緊急放流を行う時間が早まったり、放流する水の量がさらに増え、ダムの下流域で大きな氾濫を引き起こすおそれもあった」と話していました。
一方で、懸念もありました。「事前放流」をしても台風の進路がそれて大雨が降らずに、放流した分の水量が戻らなかった場合のリスクです。
大竹所長は「大雨や洪水に備えるという意味ではあらかじめ水位を下げておくことが安心につながるが、工業用水として必要な水の量を確保できなければ、事業者に大きな影響を及ぼすリスクがある」と話していました。
そのうえで「大雨が予想される際には事前にどこまで水位を下げていいことにするか、事前放流で必要な水が確保できなかった場合はどう穴埋めするのか、今後、利水者と協議していきたい」と話していました。
流木せき止めも…効果と課題は
台風19号では多くのダムで上流からの流木をせき止める効果も発揮しました。一方でダムにたまった大量の流木をどう撤去するのか、課題も残されています。
福島県の高柴ダムでは台風19号や15号の雨によってダムの上流で大量の流木が発生しダムにせき止められました。
流木はおよそ2200立方メートルで、これは200リットルのドラム缶に換算するとおよそ1万1000本に当たるたる量です。
流木をせき止める効果について京都大学の角教授は「2年前の九州北部豪雨のように最近の豪雨災害では、洪水とともに流木の被害も目立っている。ダムがなかった場合、大量の木が下流域に流れ込み、橋に引っ掛かるなどすると、それが原因となって川の氾濫や堤防の決壊を引き起こすおそれがある。下流の水位を低下させるだけでなく流木をせき止めるのもダムの大きな役割だ」と話しています。
一方で、ダムにたまった大量の流木をどう撤去するかはダムの管理者にとって大きな課題です。
高柴ダムでは撤去作業を行っているものの、ダム湖に重機を入れることが難しく、ボートに乗った作業員たちが流木を集め、ダムの本体の近くまで運び、重機を使って引き揚げるという地道な作業を行っています。
すべての流木を取り除くには5か月ほどかかる見込みだということです。
大量の流木がたまった状態が続くと、水質の悪化につながるほか、来年の出水期などで大雨が降った場合、流木がダムの操作に影響を及ぼすおそれがあるということで、いかに早く撤去できるかが課題となっています。