2015年9月の鬼怒川水害では、国土交通省が管理する鬼怒川上流4ダムの一つ、川治ダムが緊急放流の直前まで水位が上がり、ダム下流の住民140人が避難しました。
川治ダムの地元紙が緊急放流の問題を取り上げています。
◆2019年12月28日 下野新聞
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/161892
ーハザードマップ(上) 緊急放流浸水想定なくー
関東・東北豪雨が猛威を振るっていた2015年9月10日午前2時半すぎ。日光市役所内の災害対策本部で、危機管理放射能対策室の手塚克英(てづかよしひで)室長=当時=は住宅地図を前に悩んでいた。
直前に国土交通省鬼怒川ダム統合管理事務所から届いたファクス。そこには数時間後に市内の川治ダムで緊急放流を行う可能性があることと、その際に河川が氾濫する恐れがあることが記されていた。
「どこがどれだけあふれるのか」。ダム付近の地区に浸水の想定はなく、ダム側に聞いても分からないとの回答だった。
緊急放流はダムの越流を防ぐため、流入量とほぼ同じ量まで放流量を増やす操作だ。
市は「最悪」を想定し、ダム下流の高原、小網両地区に避難準備情報を発令。消防団員らの戸別訪問などで高齢者ら約140人を一時避難させた。その後、辛くも豪雨は収まった。
この経験を踏まえ地元の要望を受けたダム側は、1千年に1度の雨を想定した浸水シミュレーションを実施。両地区は場所によって10~20メートル浸水する地点も出てくることが分かった。これを基に市は翌年、避難所なども示す洪水ハザードマップを新たに作った。
「緊急放流なんて思ったこともなかった」。当時、消防団の一員として対応した小網自治会の斉藤隆久(さいとうたかひさ)会長(64)は明かす。「避難を考えると、マップの存在は大きい」
一方、昨年7月の西日本豪雨では、複数のダムが緊急放流に至った。
その一つ、愛媛県西予市にある野村ダムでは同7日午前6時20分から実施。ダム下流の同市野村地区で約70ヘクタールが浸水し、5人が亡くなった。
ダム上流では直前の2日間、258年に1回に相当する大雨(計421ミリ)が降った。流入量もそれまでの最大量の約2・4倍に達した。同ダム管理所の川西浩二(かわにしこうじ)所長は「過去と比べ飛び抜けた流入量だった」と振り返る。
西予市は緊急放流の4時間ほど前から実施の連絡を受けていたが、「雨が強く、夜間の避難は危険」などと判断。実施約1時間前の午前5時10分に、住民への避難指示を発令した。消防団員らが約900世帯を巡り、避難を呼び掛けるなど努めたが、犠牲者は出た。
西予市のケースでは、避難指示のタイミングや情報提供の内容、手段など、関係機関の間に多くの課題が浮かび上がった。野村地区に浸水の想定もなかった。
市は災害後、ダムの放水量に応じて避難勧告や指示を出すなど運用を変更。愛媛県が新たに作る浸水想定区域図を基に、ハザードマップを作る予定だ。
地球温暖化による気象状況の激化で、行政主導の対策の限界が指摘され、住民主体の防災対策への転換も求められている。
市危機管理課の谷川和久(たにがわかずひさ)課長は「住民を交えてマップを考え、昨年の教訓を伝えていく」と語る。「そうすることで地域の防災力の向上を図りたい」