八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

「八ッ場ダム運用開始 利水も治水も必要性なくなった危険な水がめ」(岡田幹治、週刊金曜日)

 ジャーナリストの岡田幹治さん(元・朝日新聞論説委員)が八ッ場ダム問題を取り上げた論考が週刊金曜日4月10日号に掲載され、ネットでも配信されるようになりましたので、お伝えします。

◆2020年5月12日 週刊金曜日オンライン
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2020/05/12/antena-709/
ー八ッ場ダム運用開始 利水も治水も必要性なくなった危険な水がめー

 民主党政権時代に「中止」か「計画通り建設」か、で揉めた八ッ場ダム(群馬県長野原町)が完成し、4月1日に運用を始めた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で完成式典などは延期され、ひっそりとした船出だった。

 利根川水系の吾妻川に建設されたこのダムの主な目的は、首都圏への水道用水の供給(利水)と洪水防止(治水)の二つだ。だが「いずれも必要性は失われている」と嶋津暉之・水源開発問題全国連絡会共同代表は言う。

 利水について国土交通省関東地方整備局は3月10日「八ッ場ダム始動!?東京2020オリンピック・パラリンピックに向け、水資源確保のため、貯留を開始!」と発表。夏の渇水期にはこのダムの水が必要であるかのように装った。

 だが東京都の水需要(一日最大配水量)は節水機器の普及などにより1992年度の617万立方メートルからほぼ一貫して減少。昨年度は460万立方メートルだった。一方で都は694万立方メートルの水源を持ち(実績を踏まえた評価量)、200万立方メートル以上余裕がある。八ッ場ダムがなくとも十分まかなえるのだ。

 今後、人口減少で水需要はさらに減り、水余りがもっと顕著になると予想される。

 もう一つの治水について赤羽一嘉国土交通相は昨年10月の台風19号豪雨後、現地を視察し「八ッ場ダムが利根川の大変危機的な状態を救ってくれた」と語ったが、これは事態を正確に伝えていない。

 関東地方整備局は昨年11月公表の「台風19号における利根川の上流ダムの治水効果(速報)」で、利根川の上流と中流の境目にある観測地点(群馬県伊勢崎市八斗島)で、八ッ場ダムを含む7基のダム群はダム群がない場合に比べ水位を約1メートル下げたと推定されると発表した。

 しかし同局は7ダム個別の治水効果は検証していないとしており、八ッ場ダムの効果は不明だ。

 発表は中下流域での治水効果には触れていないが、利根川中流の観測地点(埼玉県久喜市栗橋)における当時の流量をみると、最高水位が9・67メートルに達し(基準面からの高さ)、一時は氾濫危険水位の8・9メートルを超えたことがわかる。

 ただ、堤防はこの地点では氾濫危険水位より約3メートル高く造られており、八ッ場ダムがなくても氾濫の危険性はなかった。

 洪水防止に有効なのは、ダム建設ではなく、堤防の強化や河床の浚渫といった河道整備なのだ。

 【緊急放流、地滑りの危険性も】

 台風19号豪雨は八ッ場ダムの危険性も明らかにした。

 八ッ場ダムはこのとき7500万立方メートルを貯水したが、これは本来の貯水能力を1000万立方メートルも上回る貯水量だった。同ダムの利用可能な容量は利水用が2500万立方メートル、治水用が6500万立方メートルだが、当時は試験貯水中で、利水用に大量の空きがあり、治水用容量を大きく超える貯水ができ、流入する雨水とほぼ同量の水をダムから放流する「緊急放流」を避けることができた。

 だが、本格運用が始まり利水用の貯水が満杯に近い状態の時、台風19号級の大雨が降れば、緊急放流を実施せざるを得なくなる可能性が強い。ダムのすぐ下流は急に増水し、大変なことになるだろう。

 運用開始後に危惧されるのは、緊急放流の危険性だけではない。たとえば、吾妻川が運んでくる土砂がダム湖の上流端に貯まって河床が上昇し、付近の長野原町中心部で氾濫がおきる可能性がある。また、ダム湖の水位は季節によって変動を繰り返すが、それが周辺の地層に影響を与えて地滑りを発生させる危険性も指摘されている。周辺には地質が脆弱なところが少なくないだけに心配だ。

 構想浮上から68年、約6500億円という日本のダムでは最大の事業費をつぎ込み、地元住民の生活の犠牲という代償を払って八ッ場ダムは完成した。そびえ立つ巨大なコンクリートの塊は、ダム優先の河川行政のシンボルのように見える。

(岡田幹治・ジャーナリスト、2020年4月10日号)