熊本県では、7月の球磨川水害を機に、球磨川支流の川辺川に半世紀以上前に計画された巨大ダム計画推進の動きが強まっていますが、まだまだ問題があり、そう簡単には進まない状況を毎日新聞が伝えています。
◆2020年10月2日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20201002/k00/00m/040/210000c
ー川辺川ダム効果「都合のいい洪水調節値出してないか」 前のめりの推進派に専門家異論ー
仮に川辺川ダムがあれば、熊本県人吉市内を流れる球磨(くま)川のピーク時流量を4割近く減らすことができた――。7月の九州豪雨で氾濫した球磨川の水害を検証するため、国土交通省と熊本県が設置した検証委員会の初会合(8月25日)で、国交省が示した推計に川辺川ダム計画の復活を目指す推進派は色めき立った。
「感情論、イデオロギーが入ったらダメ」
「検証結果を踏まえ、科学的データで(ダムを造るべきかどうか)判断してほしい。感情論を始めれば(建設中止となった)前回と同じ。感情論、イデオロギーが入ったらだめですよ」。球磨川流域の12市町村でつくる川辺川ダム建設促進協議会会長を務める錦町の森本完一町長は9月28日、ダム建設を要望するため福岡市の国交省九州地方整備局を訪ねた後、取材にそう語った。
川辺川ダム計画は「コンクリートから人へ」のスローガンを掲げた旧民主党政権が2009年に中止を決めた。これに対し、12年に政権を奪還した自民党はダムを再評価する動きを強めている。19年10月の台風19号被害を機に既存の利水ダムを洪水対策に活用する取り組みが始まったが、主導したのが当時官房長官だった菅義偉首相だ。首相は9月16日の就任記者会見でも改めてダムの洪水調節機能を強調した。
だが、国交省が示した川辺川ダム効果には専門家から異論が出ている。国は豪雨当日の人吉市のピーク時流量は毎秒7500トンだったと推計し、ダムがあれば4700トンになったと結論づけた。一方、京都大の今本博健名誉教授(河川工学)は国とは違う計算式で検証した結果、ピーク時流量は8500トンで仮にダムがあっても6400トンが流れていたとする論文を、雑誌「科学」(岩波書店)9月号に寄稿した。今本氏は取材に「川辺川ダムの復活は国交省の夢。だからこそダム建設のために都合のいい値を出していないか検証が必要だ」と訴える。
国交省は今月6日に予定されている検証委員会の第2回会合で、4700トンの根拠となる算出方法を示すことにしているが、九地整の担当者は「算出に使った係数などを細かく出しても(一般の人には)分からない」と話しており、専門家の検証に耐えるデータが示されるか不透明だ。
そもそも、ダムを造るべきかどうかは推進派が言うように「科学的データ」だけで結論を出すべきものなのか。球磨川流域のある村議会議長は「清流に与えるデメリットや、ダム以外の代替策との比較なども議論すべきだ」と指摘。08年にダム建設予定地の相良(さがら)村長としてダム反対を表明した徳田正臣氏(61)も「明るいうちに住民に避難指示が出せなかったのかなど、市町村長の対応の検証に蓋(ふた)をしたまま、『ダムがなかったから犠牲者が出た』というのはあまりに無責任だ」と憤る。
建設業者「明日からでも着工できる」
「工事用道路も生きている。明日からでも着工できますよ」。川辺川ダム計画の事情に詳しい地元の建設業の男性はそううそぶく。川辺川ダムは水没予定地の住民移転や道路の付け替えなどがほぼ終わっており、あとは本体着工を残すだけだ。「アーチ式でも5年かな。穴あきの重力式ならもっと簡単だよ」
ダム推進派は前のめりになるが、現実はそこまで簡単ではない。当初の多目的ダム計画のうち「利水」と「発電」事業はいずれも頓挫しており、仮に川辺川ダムを造る場合は設計を含めてゼロから計画を作り直す必要がある。川辺川ダムの基本計画が告示された1976年当時は必要がなかった環境アセスメント(事前調査)を実施することになれば、数年はかかる。九地整の担当者は環境アセスなどの手続きや今後の建設費用について「ダム建設を本当にやるとなった後に確認しないと分からない」と述べるにとどめた。