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洪水に対策における治山とダムの堆砂問題についての記事(中日新聞)

 かつて洪水対策は「治山治水」と呼ばれ、川の上流の森林保全が大変重要な役割を担うと認識されていましたが、最近はダムや堤防などの人工物の建設が洪水対策の中心となっています。
 東海地方では、20年前の東海豪雨の際、大量の流木や土砂が被害を拡大させたことから、森づくりの取り組みが進められてきたということです。以下の記事は、堆砂が進んでいる矢作ダムの問題も伝えています。

◆2020年10月5日 中日新聞
https://www.chunichi.co.jp/article/131746/
ー<備える> 川上流部での治水対策ー

 二〇〇〇年九月十一〜十二日の東海豪雨は「都市型水害」として知られるが、川の上流部では人工林が広がる山の斜面が崩れたり、土石流が起きたりして大量の倒木が河川に流れ出し、被害を拡大させた面があった。背景には、伐採が行き届かず人工林が放置されていたことなどがあった。東海豪雨は山の荒廃に目を向け、官民挙げた森づくりの取り組みを進めるきっかけともなった。今回は、川の上流部での治水対策を考える。(梅田歳晴)

東海豪雨 恵那の山間でも猛威
 東海豪雨は、岐阜県恵那市南部でも猛威を振るった。同県が「恵南豪雨」と命名。特に旧上矢作町の被害が大きく、総雨量は上矢作観測所で四二三・五ミリ、上流の槍ケ入観測所では五九五ミリに達した。伊勢湾台風時の総雨量の二倍だった。

 矢作川水系の上村川は、豪雨によって暴れ川と化した。三十年以上の消防団歴があり、恵南消防組合消防本部消防長も務めた元同町議安藤俊郎さん(84)は、自宅近くの上村川に架かる橋にすさまじい勢いで流木が打ちつけられる光景を目の当たりにした。

 木が橋にぶつかると、空へ向かって突き上がる。そこへ横倒しになった木もぶつかり、次々に流木が橋に引っ掛かる。「ドーン、ゴオーという音とともに橋が壊され、流れていった」。上村川に架かる十九の橋のうち、十が流されるなどし、他の橋も通行ができない状況になった。多くの孤立地帯が出て、護岸もえぐられ、決壊・流失した被害延長は十キロ以上に及んだ。

 山崩れや沢からの土石流などで大量の倒木が河川に流れ出し、その流木が橋だけでなく、住宅や農地などの被害を拡大させた。住宅の被害は全壊十一戸、半壊十二戸などに上った。

 当時、同消防長だった大島光利さん(75)も現地入りし、対応に奔走。矢作ダムや上流部の状況に息をのんだ。ダム湖の水面は三万五千立方メートルもの膨大な量のスギやヒノキに覆われていた。すぐに「山がおかしい」と直感した。

 大島さんは、恵南豪雨の調査研究をし、退職後の二〇〇六年に知人ら約三十人とNPO法人「奥矢作森林塾」を設立。国と協力し、小学校跡地に炭窯を設け、ダム湖を埋めた流木の一部を回収する取り組みを始めた。住宅用の床下調湿材となる炭づくりをし、流木の処理は数年前にようやく一定のめどが立ったという。

 山の整備の必要性を実感したことからNPOで間伐事業にも乗り出した。大島さんは「誰かが何とかしないと、また同じような災害が起きてしまう」と危機感を抱いている。

流域住民 一体で学ぶ
 東海豪雨をきっかけの一つとして、国土交通省豊橋河川事務所が二〇一〇年八月に設けた「矢作川流域圏懇談会」は河川管理者だけではなく、流域圏の人々が一体となって活動している。

 会には今年二月時点で九十組織、三百六十七人が登録。「山」「川」「海」の部会や「市民会議」などで構成され、学識者や行政、市民団体などのメンバーが、地域課題を抽出して解決方法を探っている。

 八月末には「山部会」のフィールドワークが流域の長野県根羽村であった。村で進められている林業の最先端の取り組みを学ぼうと、十数人が参加。案内役を務めた今村豊・村森林組合参事(60)は「山には木と触れる喜びや生きがいがある。木に人が関わることで川も守ろうという気になる。それを伝えるのが『森の民』としての責任」と話した。

 東京大大学院の蔵治光一郎教授(森林水文学(すいもんがく))は「間伐しないことでできる『変な森』は、災害に弱い。間伐をやめたのがつけとして回ってきた」と言う。「自然とともに生きる日本人という意識を持っていないと何年かに一度の災害で痛い目に遭う。人が木を植えた所は責任を持たないといけない」と指摘した。

 一方、名古屋大の辻本哲郎名誉教授(河川工学)は「森林整備は治水に役立つとの認識はあるが、どの程度効果があるのかは分からない。社会基盤整備や流域治水の中で、どのように位置付けていくのかが課題」と指摘。矢作川上流の森林の地質が崩れやすい花こう岩だったことにも言及し、「地質とその上の森林の層をしっかり見ていくことが大事だが、それを変えていくのはすごく時間がかかる」と話した。

豊田市 1.8万ヘクタールを間伐
 矢作川中流域に都市部が広がる愛知県豊田市も、災害に強い森づくりの取り組みを進めている。東海豪雨の被災を契機に森づくりに目を向けた自治体の一つ。

 市域の約七割に当たる約六万三千ヘクタールが森林。国有林を除く人工林は57%に及ぶ。二〇〇七年に「森づくり条例」を制定し、一八年には「新・豊田市100年の森づくり構想」をまとめた。伐採ルールを定めた「森林保全ガイドライン」の運用も始まっている。

 過密林対策として間伐に取り組む。実績面積は〇五年〜昨年に計約一万八千ヘクタール。町や自治区などの範囲で森林所有者が話し合う「地域森づくり会議」、地域で一体的に間伐に取り組む区域「森づくり団地」の形成にも力を入れ、二十年後に人工林を「健全ステージ」にすることを目指す。

 高度経済成長期にスギやヒノキの重要性が高まり、人工林がつくられた。一九七〇年代以降は木材価格が下落。安価な輸入材にも押され、国産材需要が低下した。林業従事者は減り、放置された人工林が残った。

 必要な間伐をしないと下草が生えず、高く伸びた木からの雨粒が山肌を削る。市森林課の鈴木春彦担当長は「緑のダムの機能を果たせるような強い森をつくり、『第二の東海豪雨』が襲っても被害を軽減できるようにしないといけない」と力を込めた。

矢作ダムの土砂、上限迫る
 豪雨で矢作川水系上流の山々が崩れ、土砂や流木が岐阜県恵那市と愛知県豊田市にまたがる「矢作ダム」に流れ込めば、ダムの洪水調整機能に支障を来しかねない。建設から来年で五十年。すでに堆積土砂は建設時に定めた上限の約千五百万立方メートルに達しつつある。

 東海豪雨では平時の流木量の六十年分(約三万五千立方メートル)、土砂は十数年分(二百八十万立方メートル)が一気に流れ込んだ。ダム管理所によると、堆積土砂量は年平均三十万立方メートルで、業者による定期的な土砂採取のほか、水位低下時の土砂撤去などで対応している。

 豪雨などで土砂の堆積が続けば、ダムに水をためられる量に影響する。流木は、ゲートの開閉に支障を来す危険性もある。同管理所によると、ダム湖上流に土砂バイパストンネルの建設を検討しているほか、水系全体を対象にした「総合土砂管理計画」の策定を目指しているという。

 島崎誠所長は、上流の山づくりなどの重要性に触れた上で、ダムの役割について「事前放流したり、下流の水位を見ながら時には水をため込んだりして、少しでも氾濫のリスクを下げる運用をしていかないといけない」と話す。

洪水抑制、土壌保全がカギ 森林総合研究所・玉井幸治氏
 森林の整備の重要性や今後の関わり方などについて、森林総合研究所(茨城県つくば市)の玉井幸治・森林防災研究領域長(森林水文学)に聞いた。

 −森林が果たす役割は。
 森林には洪水被害を抑える効果がある。特に土壌の寄与率が高い。降った雨が地下深い所まで浸透する量が多いほど、河川に水が出てくるピーク流量を減らせる。森林土壌の流出遅延効果と呼ばれる。樹木は根の働きで土壌を保持する力がある。人工林を放置すると下草がなくなり、雨が直接山肌を削り、表面浸食がひどくなる。そのため間伐の必要があると言われ続けてきた。

 −防災上、森林整備が必要になる。
 斜面崩壊は一九七〇年以降、年間発生件数は減ってきている。四〇〜五〇年代は山が荒れていたが、六〇年代以降、保安林の指定面積が増えた。整備がされてきたため、防災機能は高くなっている。

 −豪雨災害が激甚化しているとも言われる。
 いかに森林土壌を保全していくか。土壌をなるべく損なわないように木を切ることや、土砂が崩れても人に被害を及ぼさない所の木を切るなどの「ゾーニング」が重要になる。防災面だけではなく、林業のような生業の存在が、森林の健全性に対する関心を高める。林業と防災の両立が必要。森林土壌のことをちゃんと理解し、それを失わないような付き合い方をする。ゾーニングと、森林土壌を守るための林業の普及が重要だと考えている。