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2018年西日本豪雨・肱川上流ダムの緊急放流についての解説ビデオ

 2018年7月に西日本を襲った豪雨は、愛媛県を流れる肱川で大水害をひき起こしました。肱川上流で国が管理する野村ダムと鹿野川ダムは、7月7日早朝、豪雨のさなかに満杯となり、緊急放流(異常洪水時防災操作)を行いました。ダム下流は激流に呑み込まれ、逃げ遅れた住民8人が犠牲となりました(野村ダムのある西予市5人、鹿野川ダム下流の大洲市3人)。
 菅政権は大雨時のダムの緊急放流をできる限り回避するため、2020年に「事前放流ガイドライン」を定めました。こうした取り組みの背景に、肱川におけるダム緊急放流の問題があります。
 この水害をめぐっては、2020年9月、遺族の方々による国を被告とした国家賠償請求訴訟が提起されています。
「野村ダム緊急放流による水害訴訟」
 
 裁判の原告代理人である愛媛県大洲市の奥島直道弁護士がこの裁判について解説したビデオを送ってくださいました。ビデオが伝える緊急放流の状況は、国土交通省の説明とは大きく食い違っています。当時の報道とも異なります。
 たとえば、以下のページに今も掲載されている朝日新聞記事(2018年8月14日付)によれば、水害が発生した7月7日、国土交通省は野村ダム直下の西予市へ午前5時前、緊急放流を午前6時半に開始すると伝えました。西予市は住民に5時10分に避難指示を発令し、消防団も各戸を回って避難を呼びかけたことが書かれています。
「西日本豪雨 ダムクライシス うねる濁流「あふれるぞ!」 避難拒む住民に懸命の説得」 
  
 実際に緊急放流が開始されたのは午前6時20分でした。
 奥島弁護士の解説によれば、国交省が西予市へ6時20分という緊急放流開始時刻を通知したのは、緊急放流開始から17分後の6時37分でした。このような食い違いが生じたのは、朝日新聞が国と西予市による説明をそのまま報道したためです。他の報道機関も同様です。
 原告側は西予市への情報公開請求により、当時の国土交通省から西予市へのファックスを入手して、行政側の説明の偽りを明らかにしました。奥島弁護士によれば、裁判の過程で、国の第二準備書面からは通知時刻を訂正してきたということです。

 国土交通省から西予市への、緊急放流(異常洪水時防災操作)をめぐるファックスの連絡内容は、情報開示資料によれば以下の通りでした。

午前4時半 「具体的な異常洪水時防災操作の開始時間は、開始時間の1時間前に連絡します。」
午前5時50分 「6時50分から異常洪水時防災操作を開始します。」
午前6時07分「最大放流量が毎秒1750㌧になる。」(それまでは、毎秒1100㌧ぐらいであった)
午前6時20分 異常洪水時防災操作開始
午前6時37分 「異常洪水時防災操作を開始しました。」

 新聞記事を読むと、行政側が早くに避難指示を出し、必死に説得したにもかかわらず、危険が迫っていることを理解しない住民が犠牲になったという印象を受けます。このため、当時から今に至るまで、犠牲をなくすためには住民が危機感を持つことが重要と指摘されてきました。

 行政側が緊急放流開始時刻と通知時刻をごまかすことで責任回避を図ったのだとすれば、犠牲者は二重の意味で行政に裏切られたことになります。
 気候が荒れる時代、ダムによる緊急放流は今後全国どこでも起こりえます。今後の水害に備えるためにも、水害を拡大させた緊急放流の実態を知る必要があります。

 奥島弁護士の解説ビデオを文字起こししましたので、以下に紹介します。(カッコ内が奥島弁護士による解説。解説の一部を省略。)
 解説ビデオでは、肱川の治水対策をゆがめている原因に、国が推進している3つ目の巨大ダム(山鳥坂ダム)事業があることも指摘されています。

*5/23追記 希望される方には、無償でDVDを送ってくださるとのことです。
 依頼先:愛媛県大洲市東大洲159−1 弁護士法人伊予  電話番号0893−24−1127 


 平成30(2018)年肱川大水害の問題点
   Q&A形式による奥島直道弁護士の解説

◆なぜ、裁判をするのですか?◆
「一つは、ダム事務所から被害者へ謝罪がない。このままでは、あの緊急放流が正しかったことになってしまう。それでは、また同じようなことが繰り返されるのではないか。これが訴訟をすることになった一つ目の理由です。
 二つ目は、実際に行われた放流について、ダム事務所が真実を明らかにしていない。この裁判で、どのような放流が行われたのかを明らかにしたい。この二つです。」
右画像=蛇行する肱川(スライドより)。

〇真実を明らかにしたいと言われましたが、明らかになっていないことがあるのですか? 実際に行われた放流については、ダム事務所が「リアルタイムダム諸量」として公開していませんか?
「公開しています。しかし、この公開されている放流のデータがおかしいのです。」

「まず、ダムへの流入量と放流量の数字がおかしいのです。
 ダムの水位が下がっているということは、ダムへの流入量よりダムからの放流量の方が多くなければなりません。しかし、公開されている鹿野川ダムのデータでは、水位が下がっているのに、流入量の方が放流量より多いのです。
 ダムの流入量は実測できません。そのため、水位と放流量から計算式で算出することになっています。しかし、公開されている水位と放流量などから算出すると、公開されている流入量の数値にならないのです。この点は、京都大学OBの先生(スライドに上野鉄男氏の論文)に計算してもらいました。

〇ダム側は、そのことをおかしくないと言っているのですか?
「おかしくないとは言っていません。この問題に触れないようにしようという態度です。ここにダム側の回答(平成30年9月21日)があります。ダムの放流が適正に行われたかを検証する作業をしているはずですが、一番基本となるダム放流データがおかしいのに、それを放置したまま検証しているのです。四国地方整備局が正しいデータを公開しようとしないので、私たちは放流データの開示を求めたいと思っています。」

ダム側(国交省四国地方整備局山鳥坂ダム工事事務所)の回答
「流入量、放流量、貯水量などのデータは、ダム管理用制御処理設備に記録されたまま転記したものであり、それぞれのデータの精度等については、現時点では不明です。」

〇どうして、四国地方整備局は正しい放流データを明らかにしようとしないのでしょう?
「おそらく、正しいデータを出すと、都合の悪いことが出てくるからでしょう。
 四国地方整備局は、ダムは流入量より多く放流することはないと主張してきました。しかし実際には、流入量より多く放流することがよくあるのです。平成30年の緊急放流の際にも、流入量より多く放流しているのではないかと思われます。」

〇放流の検証については、学者の先生方も委員として加わっておられると聞いていますが、その先生方から「放流量データがおかしい」という意見は出ないのでしょうか?
「四国地方整備局の委員になっている先生方は、愛媛大学土木工学科の鈴木幸一名誉教授をはじめとして、ダム推進の立場の先生方です。ダムのマイナス面には目を向けません。ですから、四国地方整備局に都合の悪いことには触れません。そのために、長い間、都合の良い委員として就任されています。」

◆次に、平成30年のダム緊急放流について、どこにダム側の誤りがあったのでしょうか?◆
「まず、ダムの役割を考えてみましょう。ダムがどのようにして治水(洪水調節)を行うかというと、ダムは流入する水の一部をダムにためて、下流に放流する水量を減らして下流域の安全を図るのです。ダムを有効に使うには、ダムへの流入量を予測して、一番流入量が多くなると見込まれる段階で、流入量の一部をダムにためて、下流への影響を少なくしなければなりません。貯水するためには、事前にダムの水量を減らしておく必要があります。早くダムに貯水してしまい、一番流入量が多くなる時点ですでにダムが満杯になっていたのでは、ダムに入ってくる水をためることができず、流入量をそのまま流すことになります。これではダムは治水には役立ちません。一番流入量が多い時を気象情報などから判断して、ピーク時点の流量をカットするわけです。
 平成30年のダム放流では、事前放流を十分にしなかったので、早めにダムが満杯になってしまいました。平成30年の洪水では、かなり多くの水がダムに流入することが予想されていました。それにもかかわらず、少ない流量しか放流せず、大量の水が流入した時にはダムに貯水できなくなって、大量の流入量をそのまま放流する、いわゆる“緊急放流”を行い、下流に大きな被害をもたらしたのです。」

そもそも緊急放流とは?
 緊急放流は平成30年の肱川水害の際も行われましたし、平成31年の東日本台風においても行われています。
 
「“緊急放流(異常洪水時防災操作)”は、ダムが満杯になるときに、ダムを守るために流入量をそのまま放流することとされています。
 緊急放流は流入量と同じ量を流すのですから、ダムが治水の役に立たなくなった状態ですが、ダムがない場合と比べると、三つの危険性があります。
 一つはダム下流の川の水量が急激に増えるということです。これはそれまでダムにためていた水の一部を一気に流すからです。ダムがない場合、大雨が降った場合でも、川の水量は徐々に増えていきます。そのため、流域住民は洪水の危険性についてある程度の予想がつきますが、緊急放流の場合には、住民は危険性を予測しにくくなります。
 次に、一気に水を流すので、強い圧力がかかり、地盤が壊れて被害が出やすくなります。
 加えて、国土交通省は認めたくないようですが、緊急放流の場合には、流入量以上に放流することが多いということです。それは、放流時点で今後どの程度ダムに流入してくるかは予想しにくいからです。緊急放流はダムを満杯にしないように放流するわけですから、流入量を少なく見積もって放流をしていたら、たちまちダムが満杯になってしまう危険があります。そのため、流入量を多く見積もって、多くの水量を放流しますから、結果として流入量が予想したよりも少なくて、流入量より放流量の方が多くなるということが起きます。このように危険な放流ですから、緊急放流をしないで済むよう、早い段階で事前に放流する必要があります。」

〇早めに多めの放流をしていれば、ダムを有効に使うことができて、緊急放流をしなくてすんだり、大量の水をカットできて、下流の被害が少なくなったということですか?
「そうです。仮にその後に緊急放流になったとしても、かなりの水をダムにためることができて、被害を少なくすることができたのです。」

〇国土交通省は緊急放流が危険な放流であることを知っているのですか?
「はい、もちろん知っています。緊急放流をする際の規則を作って、住民に事前に知らせるようにしています。」

責任の所在
〇ダム側の説明では、操作規則通りに放流したと言われていますが、操作規則通りに放流してもダム側に責任があるのでしょうか?
「この問題を考える時には、二つの責任の所在を分けて考える必要があります。一つはダム放流を行った管理事務所(野村ダム事務所、鹿野川ダム事務所)の所長さんの責任です。もう一つは、この規則を作った国交省四国地方整備局の責任です。
 操作規則通りに放流したのだから、責任がないのではないかというのは、ダム事務所の所長さんの責任の問題です。確かに、操作規則通りに放流したとすれば、所長さんには責任がないようにも見えます。ただし、操作規則通りに放流した場合、大きな被害が生じるような場合には、弾力的に操作規則を運用する義務があったと言えます。といいますのは、国土交通省河川部は、操作規則を弾力的に運用するように、ダム所長に伝えているからです。ダム所長は、今の操作規則では今回の洪水に対応できない、対応できるようにするにはどうしたらいいですか? と四国地方整備局に問い合わせて、水害を防止する方向での操作規則の運用を図るべきでした。
 しかし、実は操作規則にも違反していたのです。操作規則の放流の原則として、急激な放流は禁止されています。その具体的な基準は各ダムの操作細則に記載されています。異常洪水時防災操作の場合であっても、細則に定められた基準に違反するような放流は許されません。野村ダム・鹿野川ダムの場合、基準に定められている放流の増減の2倍以上の急激な放流をしています。
 急激な放流については、操作細則で、やむを得ない場合には許されています。しかし本件の場合は、2時間以上前から肱川予測システムの数値において、このままでは急激な放流になることが予測されており、それにもかかわらず何らの対策を講じないで、事前放流をしっかりしなかったのですから、操作規則及び細則違反であるといえます。」

水害拡大の原因となった平成8年のダムの「操作規則の変更」◆
「もっとも、平成30年の水害で問題が最も大きいのは、操作規則を作った四国地方整備局の方の問題です。平成8年に大規模洪水に対応できない操作規則に変更した四国地方整備局の責任は大きいと言えます。

〇基本的なことをお聞きしますが、操作規則は誰が作るのですか?
「国土交通省が管理するダムの操作規則は、国交省の各地方整備局が作ることになっています。野村ダム、鹿野川ダムの操作規則の作成者は、高松にある四国地方整備局です。」

〇四国地方整備局は、流域住民の要望を得て、中小規模洪水に対応できる操作規則に変更したのだから、大規模洪水に対応できなかったとしても仕方ないことだったと説明しているように思いますが、この説明は間違っているのでしょうか?

「この四国地方整備局の説明は、大きく二つの点で間違っています。一つは、四国地方整備局は、ダムの操作規則を大規模洪水か中小規模洪水かどちらかにしか対応できないもので、どちらかを選ぶしかないという立場です。このどちらかにしか対応できないという説明が間違っています。操作規則は気象変化や気象予測に基づいて、どちらにも対応できるものでなければならないのです。実は、どちらにも対応できる操作規則を作るように、国土交通省本省は指導しています。」

〇国土交通省の本省、つまり東京の方では、四国地方整備局のような説明はしていないということでしょうか?
「そうです。操作規則が中小規模洪水と大規模洪水のどちらかにしか対応できないということを記載したものは、国土交通省の本省にはありません。国土交通省は平成13年に各ダム事務所に対して、操作規則の記載例、操作規則の作成の仕方(「国土交通省所管ダムの操作規則及び操作規則に関する記載例について」)を示しています。」

〇野村ダム・鹿野川ダムの操作規則は、国土交通省の本省の示している操作規則の作り方を参考にして作られていないのですか?
「作られていません。野村ダム・鹿野川ダムの操作規則は、国交省本省が示している操作規則の内容と大きく違います。」

〇どこが違うのでしょうか?
「大きく二つの点で違っています。
 一つは、一定率一定量調節方式を採用しないで、一定量放流方式を採用していることです。ダムへの流入量が増えてきた場合に、最大流入量をダムにためてカットする必要があります。そのためには、ダムの容量を空けておくために、流入量に対応して放流量を増やさなければなりません。しかし、野村ダムと鹿野川ダムの操作規則では一定量放流方式で、ダムに入ってくる水量が増えても放流量が同じなので、ダムが満杯になりやすいのです。ダムが満杯になると、最大流入量がカットできないので、治水に役立たなくなります。」

〇野村ダム・鹿野川ダムのように、一定量放流方式を採用しているダムは多いのですか?
「あまりありません。採用しているのは小規模のダムだけです。」

〇二つ目の違いはどこですか?
「国土交通省本省が示している規則では、気象状況に応じて対応できるようになっていますが、野村ダム・鹿野川ダムの操作規則では、水位によって制限しており、気象状況に対応しにくくなっています。つまり、水がたまってからでないと、気象状況に対応する方法が取れないので、いざ気象状況に対応した操作をしようと思った時には、ダムは満杯に近くなっていて、対応のしようがないという状況になるのです。国土交通省の本省の記載例では、水位による制限をしていません。」

〇どうして満杯に近くなるまで、気象状況に対応した操作ができないようにしているのでしょうか?
「わかりません。水位によって制限することについては、国土交通省が監修した『ダムの管理の例規集』という本の中で、大雪ダムの操作規則を参考にして、治水上危険であり、採用すべきでないと述べています。」

〇四国地方整備局は本省の通知に気がつかなかったのでしょうか?
「本省からの通知に気づかないということは考えられません。平成8年に操作規則を悪い方向に変更したために、平成16年、17年には肱川流域の水害被害は拡大しています。当然、操作規則が適正でないことに気づいたはずです。」

〇どうして大規模洪水に対応できる正しい操作規則に直さなかったのでしょうか?
「本省がダム放流が適正に行われるようにということで、調査研究をして通知を出しているわけです。ダムによる治水効果を上げるためには、このように操作規則を定めた方がいいと言っているのに、間違った操作規則に変更して、そのままにしているということは、肱川の治水 ―流域住民の生命と財産を守ることを大事に考えていなかったということができます。」

〇それはひどい話ですね。仮に、平成8年に操作規則を変更していなかったり、平成13年の国土交通省の本省からの通知を受けて、操作規則を元に戻していた場合、平成30年の水害は防げいたのでしょうか?
「京都大学OBの先生方に検証してもらいました。それによると、野村ダムは実際に毎秒1798トンの放流がなされていますが、改正前の操作規則だと毎秒1000トンに抑えることができたこと、鹿野川ダムでは毎秒3742トンの放流がなされていますが、毎秒2000トンに抑えることができたことが実証されています。
 野村ダムの場合には、緊急放流をする必要もなかったようです。国交省四国地方整備局の山鳥坂ダム工事事務所長も、平成8年改正前の操作規則であれば、被害が軽減されていたことを認めています。」

〇平成8年に改正していなければ被害がなかったということになると、被害にあった私たちは納得できません。身内を亡くされた方はなおさらです。
 大規模洪水に対応しない操作規則に変更したわけですが、大規模洪水に対応しない場合の被害などについて、説明はなされていたのでしょうか?
「その点の説明も十分ではありません。逆の説明をしているところもあります。」

〇逆の説明とはどういうことですか?
「大規模洪水に対応しない操作規則ですから、大規模洪水の場合には対応できなくなって、ダムが満杯になり、緊急放流をすることになるわけです。しかし、四国地方整備局が示した図では、大規模洪水にも対応できることになっています。これは偽りの説明をしていたことになります。」

〇あまりにもいい加減な説明ですね。もう一つの、流域住民の要請によって変更したという点はどうですか?
「四国地方整備局は流域住民からの要請があったと言っていますが、これも大きな誤りです。まず、操作規則は一般の人々にはわかりにくいので、流域住民からこうした要望は出にくいのです。ダム側がこのようにしますと説明し、流域住民は専門家が言っているのだから間違いないだろうと思って了解するのが普通です。
問題になっている平成8年の操作規則の改正については、まず野村ダムのある野村町の町議会では、「再三県から意見を求められ」て了解したと、当時の議会だよりに書かれています。

 大洲市では、肱川を守る連合会という組織ができていましたが、山鳥坂ダムを造らせたい、ダムをつくって儲けたいというのが本音の人たちが会の実権を握っていたので、四国地方整備局河川部に言われるままに了解したわけです。」

〇平成8年に操作規則が変更されて、大規模洪水に対応できない操作規則になっていますが、その前年に大洲市は大水害を受けています。これとの関係はどのように理解したらよいのでしょうか?
「前年に大規模洪水があったのに、大規模洪水はどうでもよくて、中小規模洪水に対応できるよう操作規則を変更するというのは、理解しにくいことです。ダム側の説明では、平成7年の洪水は鹿野川ダムの流域では雨量が少なく、別の支流の流域の雨量が多くて引き起こされたということですが、それを理由として大規模洪水に対応できない操作規則に変更するというのは、説明としておかしいのです。」

◆背景に第三のダム(山鳥坂ダム)推進◆
〇平成8年に操作規則を変更した本当の目的は、どこにあると考えればいいのですか?

「肱川の治水対策がいろいろなところで誤ったり、遅れている原因は、四国地方整備局が肱川水系に治水効果の少ない山鳥坂ダムを強引に建設したいからだと推察されます。山鳥坂ダムは流域面積が狭く、治水効果があまりありません。費用対効果という観点からいえば、建設の必要性に乏しいわけです。それなのに山鳥坂ダムを建設したいため、「今ある野村ダム、鹿野川ダムでは不十分です、もう一つダムが必要です」と主張して、野村ダム、鹿野川ダムの治水効果を少なく見せかけようと、中小規模洪水にしか対応できない操作規則に変更したのだと推測されます。
 野村ダムと鹿野川ダムの治水効果を少なく見せかけることは、ほかの場面にも出てきています。」  

◆放流情報の伝達の問題◆
〇流域住民への放流情報の伝達については、新聞等でも批判されているところですが、どこに問題があったのでしょうか?
「まず、ダム側がどのくらいの水を流せば、どの程度浸水するか、それまで基本的な調査をしていなかったことが問題と言えます。調査をしていないので、具体的なことが言えない。抽象的に、危ないですから避難してくださいというだけでは、流域住民には具体的な危険性がわかりません。」

〇ダム事務所においては、当然調べておくべきことだという気がしますが、基本的な事柄についての調査をしていなかったことは、どのようなことからわかりますか?
「流下能力の計画流量といって、ある流量まで流しても堤防を越えないという計画でダムはつくられています。しかし、野村ダムの場合、事前にしっかり調査していないので、定められた水量を流した場合、実際に堤防を超えるかどうかわかりませんでした。そこで、水害の発生する二日前に、野村ダム事務所は愛媛県の西予土木事務所長に「ダム下流河道の流下能力を教えてほしい」と電話したのです。しかし、愛媛県の所長も「現状の流下能力については、河川内の土砂の堆積状況が正確に把握できていないので、わからない」と回答しました。結局、どの程度の放流量で住宅地が浸水するのかわからないまま放流したことになります。これでは、流域住民に正しい浸水被害の予想を伝えることはできません。」

〇野村ダムの放流情報の伝達で、野村ダム事務所に他には問題はなかったのでしょうか?
「さらに幾つかの誤りを野村ダム事務所は犯しています。
 一つは、緊急放流をする際の事前通知をしていないことです。緊急放流は危険を伴いますので、操作規則では、事前に一時間前に通知することになっています。野村ダムは6時20分から異常洪水時防災操作をしていますが、その連絡が野村ダム事務所から西予市に届いたのは6 時37 分でした。ダムは午前6時20分に緊急放流をしていますが、6時20分に緊急放流をするという事前通知はありませんでした。野村ダムは6時50分から緊急放流を始めると通知していました。通知より30分早く緊急放流が始まったわけです。緊急放流が始まるまでまだ時間があると、住民が水に浸かったら困るものを持って避難する作業を一生懸命していた時、足元に水がきたのです。」

〇繰り上げ放流と、事前通知なしに放流が行われたということですが、このことは今までマスコミでも取り上げられていませんね。
「そうです。ダム事務所は都合の悪いことは言わないわけです。マスコミの方は、独自の調査をする費用がないので、国の言うことをそのまま記事にすることが多いです。」

〇それ以外に、野村ダム事務所の大きな誤りはありますか?
「今まさに緊急放流が始まろうとしているとき、野村ダムからの通知は、「下流河川の水位上昇に注意してください。河川内に立ち入らないように注意してください。」というものでした。これでは流域住民は、河川に近づかなければ大丈夫だろうと思います。」

〇地元自治体の西予市については、どのようなところに問題があったと言えますか?
「ダム事務所任せで、今まで浸水被害を受けていなかったので、大規模洪水を想定した防災を考えてきませんでした。ハザードマップが作られていませんでした。ダム事務所から正確な放流情報が伝えられていなかったので、少し酷なところもありますが、見通しがかなり甘かったといえます。」

〇見通しの甘さは、どのようなところに現れていますか?
「西予市の幹部は、ダムの緊急放流といっても、せいぜい床下浸水ぐらいだろうと思っていたのです。だから防災無線の呼びかけは、屋内の高いところに避難してくださいという内容でした。野村町のほとんどは二階建てですから、屋内の高いところは二階になるわけで、二階に逃げれば大丈夫という意味になってしまいました。そのために、消防署員が避難を呼びかけても、半分ぐらいの方は避難しようとはしなかったと言われています。」

〇鹿野川ダム事務所、山鳥坂ダム工事事務所についてはどうですか?
「操作規則上は、ダム事務所が直接流域住民に通知することになっています。しかし、山鳥坂ダム工事事務所はそれを十分にしていません。また、国土交通省は水位によって避難を決めていたので、水位計のある所より上流の地域については、連絡が不十分だったと言えます。」

〇大洲市はどうだったでしょうか?
「大洲市の職務怠慢は、全国的に例を見ないほどひどいものです。大洲市は山鳥坂ダム工事事務所から鹿野川ダムの放流量が毎秒6000トンになるかもしれないと知らされていたのに、市長さんはじめ幹部の方がこの放流量の意味が理解できず、首をかしげて40分間何もしなかったというのです。
 大洲市の場合は、平成7年、16年、17年と水害があり、その時の放流量もわかっているので、多くの流域住民は放流量の知識があります。毎秒6000トンの意味が分からなかったということは、大洲市の治水のイロハがわかっていなかったということであり、信じがたいことです。平成16年の水害では、放流量が毎秒2000トンで天井まで浸水被害を受けています。その三倍の6000トンであることに対応して、流域住民への早期の連絡がなされていれば、道路などが水没することも予想できて、車に乗って激流にのまれて命を失うということもなかったはずです。」

〇大洲市の問題は、放流量の意味が理解できなかっただけでしょうか?
「避難指示が遅れた点もあります。緊急放流の5分ぐらい前にしか避難指示を出していないので、鹿野川ダム直下の肱川町の人は、避難できなくて大変でした。亡くなった方もいます。」

〇最後に、一番おっしゃりたいことは何でしょう?
「厳しい言い方かもしれませんが、ダム事務所や西予市、大洲市は、まじめに肱川の治水を考えて日々仕事をしてきたとは言えません。地球温暖化の影響で、大規模洪水の恐れが高まっています。大規模洪水への対応策を考えていなければなりません。大規模洪水に対応するためのダムの操作を考えていなかったり、どの程度の放流量で堤防を超えるのかを調査していなかったり、ダム事務所の職務怠慢は大きいと言えます。
国土交通省に対して特に言いたいのは、肱川においては治水効果の低い山鳥坂ダムの建設のために、ダムに偏った治水行政が行われてきたということです。そのために、防ぐことができた今回のような水害が起きています。堤防整備と河床掘削を優先した治水を考えてほしいと思います。」