熊本豪雨災害1年、蒲島知事インタビューと被災者の反応

 昨年7月4日の熊本豪雨では、球磨川流域で死者50人と、大災害となりました。被災直後の混迷の中で、国土交通省は球磨川支流の川辺川の巨大ダム計画が実現していたら水害を軽減できたとのデータを発表し、熊本県の蒲島郁夫知事の賛同を得てダム計画を復活させました。
 流域の住民からは、川辺川ダムが河川環境を悪化させ、地域経済に壊滅的なダメージを与えることや、犠牲者の死因に関する現地調査を踏まえ、たとえ川辺川ダムがあったとしても、犠牲者を救うことはできなかったこと、県が管理する球磨川支流の治水対策の問題などが提起されていますが、蒲島知事は言葉を飾るばかりで、本気で治水対策に取り組む気配は一向に見えません。
 蒲島知事は、県民の反対を押しきって県営の路木ダムを建設し、電源開発の瀬戸石ダムの水利権更新に同意しました。
 
 地元紙による知事インタビューと共に、流域住民の反応を紹介します。責任感のない「政治家」ほど、責任という言葉を多用するようです。

◆2021年7月1日 熊本日日新聞
https://kumanichi.com/articles/293728
ー「復興と治水に責任負う」 熊本豪雨災害1年、蒲島知事インタビューー

 熊本県南地域を中心に死者67人(うち災害関連死2人)、行方不明者2人を出した記録的豪雨から4日で1年となるのを前に、蒲島郁夫知事は熊本日日新聞のインタビューで、球磨川流域などの復興に意欲を示した。一方、川辺川ダム建設を止めたかつての政治決断には複雑な思いをにじませ、「新たな流水型ダムを含めて治水に責任を負うのが私の運命」と強調した。(聞き手・潮崎知博)

-豪雨災害の復旧・復興に、どう取り組んできましたか。

 「災害発生直後の人命救助から、避難所や仮設住宅の確保、公費解体、仕事や住まいの再建と、順を追って対応してきた。5カ月で仮設住宅全808戸を迅速に完成できたことは大きかった。道路復旧や仮橋建設といった交通インフラの回復も順調に進んでいる」

 -今後の対応は。

 「誰一人取り残さず、被災者全員の生活再建に取り組む。それなくして球磨川流域の創造的復興はない。清流と命を守り、生業[なりわい]と産業の再生、住まいの再建を図る。早ければ7月中に、県の考え方や取り組みを、私が直接住民に説明する機会を設けたい」

 -洪水被害を防ぐために必要なことは。

 「県は出水期までの堆積土砂撤去を急いだ。逃げ遅れゼロを掲げて、避難行動をあらかじめ決めておく『マイタイムライン』の普及にも努めた。早期避難の徹底も必要だ。自分の命は自分で守ることを意識してほしい」

 -2008年、川辺川ダム計画の白紙撤回を表明しました。災害後の今も、正しい選択だったと思いますか。

 「表明時の民意はダムによらない治水を求めていた。だが地球環境が変化し、大雨による甚大な災害が発生したことで、以前とは異なる『未来の民意』が押し寄せた。そうであれば、当時の白紙撤回の判断が正しかったとは言えない。民意が変わったのなら、ダムについて新たな判断が必要になると考えた」

 「流域住民らと30回にわたる懇談会を重ね、有識者会議の意見も聴いた。命と清流の両方を守る『緑の流域治水』という考え方が浮かび、(大雨の時だけ水をためる)新たな流水型ダムの建設を容認する表明につながった。流域住民や県民からは否定されていないと感じている」

 -08年の白紙撤回表明後に「政治生命を懸けた判断だ」との発言があった。重大な方針を転換するならば、知事を辞める選択肢はなかったのですか。

 「自分で始末をつけなければいけない問題だと思った。政治家として覚悟を持って決めた事を変えるのはものすごくつらいが、自分が最後まで責任を持つべきだと考えた」

 「知事4選を決めて約3カ月後に災害が発生した。もし3期で辞めていれば、ダムを含む球磨川流域の治水対策を自ら担えず、もっとつらい思いをしたはずだ。私の全責任で新たな方向性を見いだし、実現に向けて動いていく。それが私の運命だと思う」

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