昨夏の球磨川水害の後、国土交通省九州地方整備局は休止していた球磨川支流の川辺川のダム計画を蘇らせました。
同局は球磨川の長期の治水方針を定める球磨川水系河川整備基本方針を見直す案を提示し、これを検討するための有識者会議を開催しましたが、7月8日と9月6日に開いて終わってしまいました。有識者会議の委員名簿を見ると、八ッ場ダムの建設ゴーサインにつながった利根川水系河川整備計画の有識者会議の委員長であった小池俊雄氏が委員長を務め、小池氏をサポートした清水義彦委員も名を連ねていることがわかります。今回の「有識者会議」も国交省のダムに関する有識者会議の通例通り、川辺川にダムを建設する同省の方針にお墨付きを与えるのが目的だったのでしょう。
球磨川の治水対策と川辺川のダム問題に取り組む熊本県内の市民団体は、有識者会議に先立って国交省の方針に異を唱える意見書を連名で提出しています。
この意見書を読むと、昨夏の水害後に推進されてきた球磨川の治水計画が、流域住民を排除し、被災者を置き去りにしたものであることがよくわかります。
意見書の全文を紹介します。
http://kawabegawa.jp/ogt/20210829syouiinnkaiateikensyo.pdf
2021年8月29日
国土交通省 社会資本整備審議会 河川分科会
河川整備基本方針検討小委員会 委員長 小池俊雄様 委員各位
国土交通大臣 赤羽一嘉様
熊本県知事 蒲島郁夫様
清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会 共同代表 岐部明廣 緒方俊一郎
7・4 球磨川流域豪雨被災者・賛同者の会 共同代表 鳥飼香代子 市花保
美しい球磨川を守る市民の会 代表 出水 晃
子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会 代表 中島 康
球磨川水系河川整備基本方針見直しに関する意見書
新聞報道によると、去る7月8日、社会資本整備審議会 河川分科会河川整備基本方針検討小委員会は球磨川水系河川整備基本方針の見直しに着手したとのことです。
昨年7月4日の豪雨災害直後の球磨川豪雨検証委員会において、国土交通省は「現行の人吉のピーク流量毎秒7000トンを上回る毎秒7900トンが流れた。川辺川ダムがあれば人吉の浸水面積を6割減らせた」と主張しました。ここでの「川辺川ダム」とは旧来の計画に基づくダムであり、存在しない架空のダム計画は、浸水被害への影響を考える上での根拠とはなり得ないはずです。私たちはその「検証」に対し、10月12日に公開質問状を提出するなど、多くの疑問をぶつけたのですが、国交省からの回答や説明は一切ありませんでした。通常は基本方針と整備計画に続いてダム計画が具体化する手順なのですが、架空の川辺川ダムの「効果」ばかりが一人歩きして今に至っている状況です。
今回の見直しに際し、国交省は流域治水の推進を強調し、「あらゆる関係者が協働した流域治水への転換を推進し、防災減災が主流の社会を目指す」としていますが、昨年10月からの球磨川流域治水協議会のメンバーは行政関係者ばかりであり、流域の住民は全く含まれていません。また、豪雨被災者や住民の意見も一切聞いていません。流域治水とは、流域住民のためになされるものであるはずです。住民不在の流域治水は、まやかしとしか言いようがありません。
2006 年からの球磨川河川整備基本方針策定では、一部委員から「国の説明責任が果たされていない」との指摘がありました。また 2007 年に、国交省が球磨川河川整備基本方針を説明した「くまがわ・明日の川づくり報告会」は、球磨川流域で 50 ヵ所、流域外でも 3 ヵ所、合計 53 ヵ所で開催されました。国土交通省が作成した発言録(八代河川国道事務所ホームページに掲載)を集計すると、53 会場で1481 人の参加があり、887 人が発言。その中で、洪水被害を防ぐために川辺川ダムが必要と発言した人は4 人(0.45%)でした。ところが参加者の意見がその後の川づくりに反映されることはありませんでした。
球磨川が注ぐ不知火海は、我が国の内湾の中でも最も閉鎖性の高い海域です。チッソ水俣工場が排出した有機水銀によって汚染されていた上に、昭和 30 年以降、球磨川に建設された荒瀬ダム、瀬戸石ダム、市房ダムによって腐った水が 50 年以上も不知火海に流れ込み、汚染を助長し、漁獲量の激減、自然環境の破壊に拍車をかけました。21 世紀は環境の世紀です。熊本県の宝である清流球磨川と不知火海を子供たちに引き継ぐことこそ私たちの世代の大前提であり、責任です。
球磨川の河川整備基本方針見直しに、住民の意見を反映させる場を設けることを強く要請します。また、下記意見を説明する場を設けていただくことを要請します。
記
1.従来型の治水対策の破綻を直視し、住民主体の川づくりを行うこと
国土交通省は、気候変動により降雨量は 1.1 倍、流量は 1.2 倍に増えるとの計算値を示しているが、昨年 7 月4 日豪雨は、従前の球磨川の治水安全度「80 年に1 度の降雨(12 時間雨量 262 ミリ)」を大幅に上回る降雨であり、12 時間雨量や24 時間雨量で過去最大雨量の約 2 倍の降雨があった地点(球磨村神瀬)もある。想定が難しい洪水を数値化して構造物で防ぐ治水思想は時代に合わない、との専門家の指摘もある。
ダムと連続堤防で洪水を川の中に封じ込めようとする国土交通省の現行の考え方では、想定を大幅に上回った今回の線状降水帯による降雨には対処できない。さらには、気候変動で更に大きな流量をもたらす洪水が球磨川流域を襲うことも考えられる。
河川整備の最大対象洪水を「基本高水」として設定し、その想定量までは堤防やダムで守るが、想定を超える洪水に関しては対処できなかったのが、これまでの国交省の基本姿勢であった。しかし近年、地球温暖化による激甚災害が頻発するようになり、従来の治水の基本方針の破綻が否定できなくなった。これを受けて国交省は新たに「流域治水」の方針を打ち出したが、その中身は、堤防強化やダム建設を中心とした従来の基本方針と何ら変わらない。例えば、本来考慮されるべき森林の保水力はほとんど検討事項から除外され、治山ダムや治水ダムが盛り込まれているに過ぎない。本来流域に暮らす住民がどのような川を望み、川と共にある暮らしを望むかを決めるのは、住民自身である。しかしながら国交省は、「流域治水」を強調しながら、意思決定のプロセスには川のそばに住み続ける流域住民の意思を尊重し、治水に対する住民の総意を汲み取ろうとする意識が全く感じられない。
2.50 名もの尊い命が失われた原因を検証すること
私たち球磨川豪雨被災者と流域住民は、これまで球磨川豪雨検証委員会や球磨川流域治水協議会に対し、2020 年7 月4 日の豪雨で、球磨川流域で犠牲となられた 50 名の方々がどのようにして命を落とすに至ったのか、その要因を検証しない限り、命を守るための今後の洪水対策を定めることはできないことをたびたび提言してきたのだが、国交省はそのような調査・検証を実施して来なかった。そこで、人吉市で亡くなった20 名の方はどのようにして命を落とされたのか、また避難者はどのような情報をもとにどのように避難をしたのか、専門家と共に市民の手で調査・検証を行った。
命を落とされた 20 名の方々の近所の住民や、命を落とされた場面を目撃された方に、命を落とされた時間や様子について、200 名以上の人吉市民から聞き取り調査を行った。また、人吉市民が撮影した 2000 枚を超える写真と動画を収集し、洪水が流れてきた方向、増水のスピードや時間などを検証した。
亡くなられた場所と時間を詳細に検証すると、そのほとんどが山田川や万江川、御溝(おみぞ)など支流の氾濫によるものだった。仮に川辺川ダムがあった場合、ダムが効果を発揮する前の午前7 時30 分頃までに 19 名の方が亡くなられていた。支流別では山田川や御溝周辺で 13 人、万江川周辺で 4 人、胸川周辺で 2人が命を落とされた。
仮に川辺川ダムが存在し、球磨川本流のピーク流量(午前9 時 50 分)を下げたとしても、ほとんどの命を救うことはできなかったと考えられる。50 名もの尊い命が失われた原因を検証することが今後の防災対策の原点である。
3.人吉地点の洪水について正しい検証を行うこと
2020 年 7 月 4 日の豪雨について、市民グループや専門家による検証調査では、以下の事実が明らかになっている。
① 市街地への洪水の流入は、支流より始まった。
② その後、球磨川本川に山津波のような水が上流より押し寄せ、市街地へ流入した。
① については、多くの証言、写真、NHKにより放映された防災カメラによる動画が存在している。
7 月8 日検討小委員会資料 2「令和2 年7 月洪水について」17 ページに記載されている、山田川の合流点付近の氾濫時間、午前 6 時10 分(右岸)、6 時15 分(左岸)には、その地点での堤防からの越流はまったく確認されない。はるか上流地点での越流、および早い時間に山江村万江川左岸からの流入が御溝の水路に沿って流れ込み、人吉市街地を冠水させたのが実態である。これは、国の説明するバックウォーターによる支流からの氾濫という説明とは、大きく異なっている。
② については球磨川、川辺川の合流点直下にある第 4 橋梁(くま川鉄道)が流木や木材によりダム化し、相良村、錦町の両地区をダム湖と化した事実がある。滞水した濁流はやがて第 4 橋梁を破壊し、第 4 橋梁上流に溜まっていた大量の水が津波のように人吉市街地の上端部(上・下新町)へ一挙に流入し、被害を拡大させた点である。これらの現象は、洪水被災者の多くの証言により明白である。
国交省は、広範囲に破壊力のある洪水を短時間で引き起こすこととなったこの点については、一切検証しておらず言及すらしていない。
さらに、人吉市民を中心とした市民グループは、20 年以上に渡り、国交省に対して球磨川の河床掘削を再三要望してきたが、一度も対処されないまま放置されていた。浚渫もされずに放置された球磨川流域の土砂堆積物は、昨年の豪雨の際に流下能力を大きく阻害し、今回の洪水被害を拡大させたと多くの人吉市民が証言しているのに対し、国交省からは何ら説明も検証もなされていない。これらがどのように洪水被害に影響を与えたのかについて検証すべきである。
4.ダムの効果が過大に計算されていること
球磨川豪雨検証委員会で国交省は、7 月4 日豪雨で、仮に従来の計画に基づく架空の川辺川ダムがあった場合、「川辺川ダム地点での流量(毎秒 3000 トン)のうち毎秒2800 トンを洪水調整するので人吉の浸水面積を 6 割減らした」としている。ところが、同委員会の資料を見ると、ダム流入量も放流量も、いずれも「推定値」としか書いてない。7 月4 日豪雨での川辺川上流域の降雨は球磨川中流域等と比較すれば相対的に少なく、川辺川ダム地点で実際に毎秒3000 トンも流れていたとは考えられない。
今回の豪雨では、球磨川の多くの橋が洪水に飲み込まれ、流失した。しかし、過去の川辺川ダム建設予定地のすぐ上流と下流の、川幅 50ⅿあまりの川辺川にある、古くて小さな2つの吊り橋が流されずに残っている。このことは、川辺川ダム地点で毎秒 3000 トンも流れていなかった動かぬ証拠である。また、国交省の主張する人吉地点の流量毎秒 7900 トンは、あまりにも過小であり、仮に川辺川ダムがあっても、人吉の浸水面積を「6 割も減らすような効果」はなかったことは明らかである。
5.ダムによる治水効果の限界と、緊急放流による洪水被害拡大の危険性を正しく評価すべきこと
2020 年 7 月 4 日の豪雨は、基本高水による治水(定量治水)が破綻する豪雨だった。気候変動で今後、ダムの容量を超え、緊急放流するような豪雨が球磨川流域を襲う場合も十分に考えられる。緊急放流とは、ダムによる洪水調節が機能不全、つまりお手上げになった状態であり、その後ダム湖の流入が増大すると、ダム湖周辺の山腹崩壊や山津波の発生によりダム堤体からの越流やダムサイト護岸の崩壊により一層の災害が懸念される。
また、球磨川本川の市房ダムにおいては、過去に3度に渡る緊急放流が行われたという悪しき実績があり、下流の市街地は深刻な洪水被害に見舞われている。このことからも、ダムによる治水が破綻していることは明白である。
現に、球磨川流域治水協議会の説明資料から「川辺川にダムを建設後、今回の 1.3 倍以上の雨量があった場合は異常洪水時防災操作(緊急放流)に移行する」との資料が削除され、国交省は関係文書を破棄していたことが報道されている。仮に従来型の川辺川ダムが存在し、今回の豪雨で球磨川中流部を襲った線状降水帯が上流部を襲った場合、市房ダムも川辺川ダムも満水となり、同時に緊急放流をしていたと考えられる。今回の球磨川河川整備基本方針の見直しに関しては、ダムによる水位低下効果に依存するのではなく、いかなる大洪水に対しても命を守る総合的な洪水対策を、流域に住む人々と共に検討していく方針へと転換すべきである。
【参考資料】
球磨川豪雨検証委員会に関する公開質問状 2020 年10 月12 日
第1 回球磨川豪雨検証委員会に対する抗議と提言 2020 年8 月31 日
以上