学生時代から球磨川流域に通い続け、流域住民と川との関係を研究テーマとしてきた高知大学の森明香さんの意見が「私の視点」として朝日新聞に取り上げられました。
球磨川水系では昨夏の洪水を機に、国土交通省が最大支流の川辺川に巨大ダムを建設する計画を復活させました。
気候変動の時代、国土交通省は巨大ダムで洪水を防げるという主張を控え、川の上下流全域で洪水を受け止める「流域治水」を掲げるようになりましたが、球磨川流域で現在進められている国の治水対策は、根本的には従来とほとんど変わっていないようです。住民目線で現場を調査している若い研究者は、強い懸念を示しています。
◆2021年9月23日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15052591.html?pn=3
ー(私の視点)流域治水と球磨川の現状 「あらゆる関係者」と協働を 森明香ー
熊本・球磨川流域の氾濫(はんらん)で50人が亡くなった豪雨災害から1年が経った。今も2人が行方不明のままだ。
私は学生時代から球磨川流域で環境社会学の研究に取り組み、昨夏以降も地域の方々のご協力のもと聞き取りや現地調査を重ねている。
4月末、国会で流域治水関連法が成立した。ダムや堤防など従来型の治水では気候変動時代の豪雨に対応できない、というのが主な動機だ。
国交省によれば流域治水とは、ダムや堤防といった従来の対策に加えて「流域に関わるあらゆる関係者が協働して水災害対策を行う考え方」で、山間部など上流部の集水域から、平野部で洪水に見舞われがちな氾濫域まで、流域全体を視野に入れて対策を講じる政策を意味する。主たる方策は、ダムやため池、遊水地や堤防などの充実にくわえ、土地利用の規制や避難行動の促進も含まれている。一見、目配りが届いた施策だ。だが私は、国の「流域治水」が流域の実態に即したものになるのか、次の理由から懸念している。
まず、本当に氾濫や被害を減らし、早期復旧につながる対策になっているか、という点だ。流域治水はそれぞれの地域の特性を踏まえて実施するとされている。しかし球磨川流域の豪雨検証委員会では、そもそも何が被害を拡大させたかに関する詳細な検証はされず、急激な水位上昇や情報伝達の問題に伴う避難の遅れといった一般論に終始した。
同流域では被災者らが聞き取り調査に取り組み、私も協力した。その結果、山林を荒らす乱伐や皆伐が被害の出方に大きな影響を与えていたことが分かった。堤防やダムの影響によって川底での堆砂が進んでいた例もあり、地形を踏まえた施策が必要という教訓も見えた。
国も推奨する「田んぼダム」では、氾濫域で水をためられる機能に注目が集まっている半面、豪雨に伴う激甚洪水の現場では田んぼにがれきが流入して表土がえぐられる被害も起きている。球磨川流域で30年以上無農薬米を育ててきた農家は「ここまで頑張ってきたことが流されてしまった」と語った。被害の詳細な実態解明に基づいた対策は必須だ。
法の成立に先立ち、全国109の1級河川などで「流域治水プロジェクト」が公表された。だが公開資料を見る限り、各流域治水協議会の「地域関係者」は市町村首長など行政や公的機関の関係者にとどまっている。本気で「あらゆる関係者が協働して」というならば、川を生業とする人々や水害の常襲地域に代々居住してきた人々など、幅広い関係者の意向を丁寧にくみ取るタウンミーティングなどの実施が不可欠だ。
(もりさやか 環境社会学者〈高知大学助教〉)