八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

アサリ消えた干潟 偽装の背景に海の異変

 外国産のアサリが熊本県産と偽装されていたことが問題となっていますが、その背景に踏み込んだ記事を西日本新聞が配信しています。

◆2022年2月3日 西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/871296/
ーアサリ消えた干潟「本当は違法行為なんて…」偽装の背景に海の異変ー

 大量の外国産アサリが「熊本県産」に偽装されていた問題の背景の一つに、海の異変がある。最盛期には全国のアサリの4割を占める一大産地だった有明海・八代海に、当時の面影はなく、2020年の漁獲量はわずか21トン。「本当は違法行為なんてしたくない」。偽装根絶で再び生活の糧を失う漁協や漁民は、声にならない悲鳴を上げる。 (古川努、宮上良二、綾部庸介)

 「以前から、不漁でも各地で県産アサリが出回っていた」。荒尾漁協の西川幸一組合長は違和感を抱いてきた。実際、アサリの産地偽装はたびたび発覚。国や県が指導し、警察が摘発しても根絶には至らなかった。

 最近も、農林水産省が昨年12月、天草市の水産加工会社に是正を指示した。同省の資料にあった住所を尋ねると、そこは平屋のアパート。看板もない。玄関口に現れた女性は「会社はここにありますが、私は事情は知らない」。取材は、責任者の不在を理由に断られた。

    ◆   ◆ 

 県や漁協関係者によると、偽装の過程はこうだ。

 中国や韓国から輸入された生鮮アサリは一定期間、養殖場で育てられる。これを「蓄養」と呼ぶ。海で蓄養するには漁業権が必要で、漁民でつくる組合が請け負う。組合側は漁協に「漁場代」を支払う。ここまでは合法だ。蓄養されたアサリは業者が市場に卸す。この養殖場と市場をつなぐ業者の段階で産地がすり替わる。これが消費者の信頼を裏切る違法行為に当たる。

 食品表示法には、原産国表示を原則とする一方、2カ所以上で成育した場合は期間が長い方を原産地と表示できるルールがある。県北部の漁協の男性組合長は「アサリの生育期間は1年半。ここで1年蓄養すれば県産を名乗れるが、そのペースでは利益が出ない」と明かす。蒲島郁夫知事は、この表示ルールそのものの見直しを国に要請する。

    ◆   ◆ 

 「昔は、いくらでもアサリが取れた。偽装なんて必要なかった」。産地偽装の現場の一つ、県北部の漁場近く。作業中の漁協関係者は語気を強めた。「みんな食うので精いっぱい。地元の人に仕事ができて、金が落ちて回っていくのがそんなに悪いのか」

 偽装横行の背景には、貝の成育環境の悪化も影響している。県によると、県内のアサリの漁獲量の最盛期は1977年の6万5732トン。だが、近年のピークは2011年の1922トン。19年は339トン、20年には21トンに下落した。

 県内の組合長は「業界は変わるべき時に、変われなかった」と悔やむ。別の漁業関係者は問い掛ける。「気候変動の大雨で大量の淡水やヘドロが流れ込み、大型公共工事や事業所が海を汚す。私たちからアサリを奪った責任はないのか」

◆2022年2月3日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASQ2305TNQ22TIPE00M.html
ーアサリの産地偽装 かかわった業者が手口明かす「悪習当たり前と」ー

 外国産アサリを熊本県産としていた産地偽装問題で、熊本県は県産アサリの出荷停止という異例の対応に踏み切った。背景には、県産ブランドのイメージが揺らぎかねないとの知事の強い危機感がある。なぜ産地偽装はここまで横行したのか。過去の過ちを認め、業界の悪習を打ち明ける業者もいる。

「長いところルール」悪用
 食品表示法は「輸入品は原産国名を表示する」と定める。ただ、アサリなどの水産物には例外があり、2カ所以上で育てた場合は、育った期間が長い場所を原産地として表示することを認め、「長いところルール」とも呼ばれる。どこで長く育てられたかは、外見では判断できないため、食品表示法は卸業者や小売店など流通に関わる業者に対し、どこで育てられた期間が最も長いかを取引先に書類で確認するよう求めている。

 福岡県柳川市の水産物卸売会社「善明」の吉川昌秀社長(34)はこうした法律の抜け道を悪用し、「産地偽装をして商いをしてきた」と明かすと、偽装の手口を語った。

 吉川社長の会社ではかつて、中国産のアサリを仕入れ、生育期間を短くした証明書を出してもらうよう仕入れ先に依頼。架空の輸入業者や蓄養業者を間に挟ませ、国外より国内で育った期間の方が長いよう書類上整えていたという。

 アサリは下関港(山口県)に陸揚げした後、熊本県の海で一時的に蓄養し、卸問屋に卸した。卸し先は全国に広がり、取扱量は年間約7千トンに上ったが、外国産と表記していたのは1割程度だった。

 吉川社長は産地偽装について「業界に入った時からの仕組みで、悪習を当たり前と思い、罪の意識が薄かった。『外国産だと売れない』という業界の固定観念があった。今思うと、情けない」と振り返る。

 こうした産地偽装に絡んだ結果、刑事裁判で罪を問われることになった。

 「産地偽装はもうしない」との反省から「産地偽装撲滅」をうたった協議会を設立。賛同者を集め、安全で蓄養期間を正しく記録し、原産地を明示したアサリの販売に取り組む。「情報をオープンにする。当たり前のことだけど、当たり前じゃなかったこと。苦しい状況だが、前向きに取り組んでいる。次の世代も偽装を続けることが一番悲しい。悪習が摘発されるのは、自分で最後にしたい。堂々と中国産が売れるよう、何ができるかを考えていく」と話す。(石田一光、川見能人)

報道きっかけに動いた熊本県知事
ここから続き
 「産地偽装は生産者と消費者を裏切る行為であると強く感じた。犯罪だと思う」。熊本県庁で1日にあった臨時会見。蒲島郁夫知事は珍しく感情をあらわにし、その場で県産の天然活(い)きアサリの2カ月間出荷停止を宣言した。

 きっかけは報道だった。先月22日にTBS「報道特集」が「熊本県産」アサリの産地偽装を報じると、その翌日から「熊本産農産物はもう買わない」「熊本地震や水害で応援したのに裏切られた」といった苦情が県内外から数十件、県に寄せられた。蒲島知事は産地偽装の深刻さを改めて認識すると、「熊本県に対する信頼感が失われる。早く根治しないといけない」と対応を急ぐ考えを固めた。

 26日には、蒲島知事は担当部長らを集め「熊本産(と称されるアサリ)を市場からなくせ。信頼が回復するまで出さない」と指示。担当部長らは「止める権限がない。現実的に難しい」と難色を示したが譲らず、異例の出荷停止要請への流れが固まった。純県産品を一時的に市場から消すことで、不正品をあぶり出す「荒療治」(幹部)だった。

 県内のアサリ漁は4~6月にピークを迎える。2~3月は漁獲量が少ないことも判断材料になった。懸念はなりわいを止められることになる漁業者の協力を得られるかどうかだった。

 県の打診に県漁連幹部は協力する意向を示した。出荷停止の要請を受けた県漁連の藤森隆美会長は1日、「我々は熊本県産のアサリを付加価値を付けて売りたい。(苦渋の決断である)半面、晴れやかな気持ちもある」と報道陣に語った。

 漁連内では、悪質な業者による偽装があることは周知の事実だったが、藤森氏は取材に、「行政が立ち上がってくれるのを待っていた。一時の生活ではなく県産の将来、漁民を守るため」と県と歩調を合わせる理由を語った。

 県漁連は1日付で県内37漁協に対し、8日から4月2日までの間、県内全域でアサリ採取を禁止するよう通知した。

 県幹部は、産地偽装が疑われるアサリについて、中国産や韓国産が山口県下関市の税関を通じて輸入され、熊本県産と偽装されて販売されるケースが7~8割、いったん熊本の海で短期間蓄養して熊本県産を名乗るケースが2~3割とみる。県は大半を占める下関の税関を通じて直接流通するケースを問題視し、農林水産省や食品表示を所管する消費者庁と連携して偽装の根絶に取り組む方針だ。(伊藤秀樹、大木理恵子)

小売り「証明書信じるしか」
 アサリの産地偽装は過去にも相次いでおり、「熊本県産」を販売しているスーパー各社は仕入れ先から産地証明書を発行してもらっていると口をそろえる。九州を中心に展開するスーパーの広報担当者は、扱うアサリのほぼ全てが熊本県産だとした上で「小売りとしては、産地証明を信じて仕入れるしかない。違法なものはきちんと摘発してほしい」と話した。

 ただ、熊本県産の偽装はけた違いの規模で常態化している。福岡市中央卸売市場鮮魚市場によると、アサリは年約300トン入荷し、その4割ほどが「熊本県産」だという。一つの市場だけで熊本県産の年間漁獲量(21トン)を大きく上回る量が流通している。

 熊本県産が出荷停止されると、流通するアサリの多くは「中国産」などの表示になるとみられる。別のスーパーによると、水産部門の担当者が仕入れ先から「今後は表示が『中国産』に変わる」と連絡を受けたという。「今年はアサリが売れなくなるのではないか」と懸念する。イオン九州は中国産も含む別の産地に順次切り替える方針。西友も中国産など正しい産地表示にしていくという。

 岩田屋三越(福岡市)は1日、農林水産省の実態調査の発表を受けて、岩田屋本店など3店舗の店頭から「熊本県産アサリ」を取り下げた。広報担当者は「産地証明書はもらっているが、正しい産地を特定できなくなったと判断した。確認がとれるまで続ける。中国産を販売するかどうかはわからない」と話した。(安田朋起)