諏訪湖を源流とし、太平洋にそそぐ天竜川には”暴れ天竜”という呼び名があります。中央構造線に代表される流域の脆弱な地質と急峻な地形は、かつては洪水のたびに大量の土砂を河口にもたらし、遠州灘の広大な砂浜が形作られました。
その天竜川水系に幾重にも建設されたダムが今、堆砂問題に悩まされています。
■排砂トンネルという新たな堆砂対策
ダム湖に貯まった土砂を減らす方策としては、これまで土砂の掘削・搬出が行われてきましたが、以下の信濃毎日新聞の記事では新たな堆砂対策として、長野県営・松川ダム(飯田市、写真右=長野県HPより)で排砂トンネルが2016年に完成したことを伝えています。排砂トンネルはダムを迂回(バイパス)して土砂を下流に送るために造られますが、運用上の問題や現実的な有効性はまだよくわからないところがあります。
〔注〕小渋ダムではダムを迂回して土砂を下流に流すバイパスも設け、16年に運用を始めたが、20年の豪雨による出水で破損し、現在は補修中で機能を果たしていない。
➡信濃毎日新聞の関連記事
「天竜川水系のダム、流入土砂に埋もれるダム機能、洪水調整に支障の恐れ」
長野県のホームページには、松川ダムの土砂バイパスの説明が掲載されています。
https://www.pref.nagano.lg.jp/matsukawadamu/jigyo/matsukawadam/saikaihatsu-01.html
「流入してくる土砂のうち細かい土砂を、貯水池の上流からバイパストンネルで流水とともにダムの下流に流します。粗い土砂は分派堰に堆積させて掘削により排除しコンリートの材料などに活用します。」
■八ッ場ダムの総貯水容量よりはるかに多くの土砂が佐久間ダムに堆積
天竜川水系で最も貯水容量が大きいのは、静岡県と愛知県の県境にある佐久間ダムです。66年前に完成した(株)電源開発の佐久間ダムは、天竜川本流の中流に位置しており、堆砂問題がより一層深刻です。(右図:天竜川水系図、天竜川水系河川整備計画より。「天竜川水系図」の文字列をクリックすると、2ページ目に拡大図が示されます。)
佐久間ダムの総貯水容量は約3億2685万立方メートルと、わが国のダムでも十指に入る規模で、八ッ場ダムの3倍超もありますが、国土交通省の最新のデータ(2021年3月末)によれば、堆砂量は1億4015万8000㎥と、八ッ場ダムの総貯水容量1億750万㎥をはるかに超えています。
〈参考〉佐久間ダムの歴史を伝える静岡新聞の連載記事(2016年10月)
■新たな堆砂対策「吸引工法+排砂トンネル」方式は頓挫
2003年、国は「天竜川再編事業」に着手。その主な目的は、水害のリスクを高める佐久間ダムの堆砂問題の解決でした。
国は佐久間ダムの総貯水容量のうち洪水調節容量を(株)電源開発から買い取り、排砂トンネルを計画。水位差によって生じるサイフォンの原理を利用して水と一緒に土砂をバイパストンネルに流す吸引工法(右図=以下の参考資料1より)が検討されました。しかし以下の国土交通省の資料によれば、実験の結果、土砂が粘性で吸引部に目詰まりが頻発する、流木やゴミが詰まるなどの問題が明らかとなり、2013年に吸引工法は断念されたということです。
その後、新たに検討されることになったのが浚渫した土砂をダム湖の外へ搬出してストックヤードに集積し、洪水時にこれを下流に流すという方法です。(参考資料3より)
参考資料3では、国の堆砂対策に対する流域住民の不信や、浚渫した大量の土砂をダンプトラックで運搬することで地域が被っている被害、幾重にも連なるダムのそれぞれが堆砂対策に追われている状況も取り上げられています。
〈参考資料〉国土交通省中部地方整備局ホームページより
1.天竜川ダム再編事業 恒久堆砂対策工法検討委員会 第1回委員会資料 平成28年2月25日 浜松河川国道事務所
2.天竜川ダム再編事業 恒久堆砂対策工法検討委員会 第2回委員会資料 平成28年8月19日 浜松河川国道事務所
3.「天竜川ダム再編事業の恒久堆砂対策について」 (吉田 知江 浜松河川国道事務所 開発工務課)
このように様々な検討が行われ、問題解決が図られているものの、国土交通省のデータの推移を見る限り、佐久間ダムの堆砂問題は根本的な解決には程遠いように思われます。
近年の気候変動による台風の頻発は、堆砂の進行を一層早めます。堆砂容量をはるかに超えるダムによる水害リスクも心配です。天竜川の主要14ダムの堆砂量の合計は、すでに2億㎥を超えているということです。
(高木仁三郎科学基金助成研究報告「我が国に於けるダムの堆砂進行速度を決定する要因と法則性の調査研究」岡本尚)