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里山で進む「監視社会」 石木ダム事業認定の告示から10年 

 長崎県が進めようとしている石木ダム事業は、強制収用を可能とする事業認定からすでに10年が経過したということで、地元の長崎新聞が一面に現地の様子を伝えるルポを掲載したとのことです。その記事をネット上で読むことができますので、関連記事も併せてお知らせします。ダム行政の不条理が伝わってくる記事です。

◆2023年9月6日 長崎新聞
https://nordot.app/1071968001105330448
ー里山で進む「監視社会」 石木ダム事業認定の告示から10年 対話なく、行き交うダンプ【ルポ】ー

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダムは6日、土地収用法に基づく事業認定が告示されて10年を迎えた。「反対地権者との話し合い進展に極めて有効な方策」(県)との触れ込みで始まった事業認定だが、この間、現場にもたらされたものは対話でも冷静客観な議論でもなく、重機とコンクリートだった。

 のどかだった里山は「監視社会化」が進む。
 十数年ぶりに訪れた川原地区のダム建設予定地。工事現場近くの法面や田畑、空き地など、あちらこちらに監視カメラが置かれ、住民の動きを「機械の眼」が追う。
 「高性能らしくてね。今日は抗議の座り込みにどこの誰が来ているのか、顔の表情まで映るらしい」。地元住民で絶対反対同盟メンバーの炭谷猛さん(72)はあきれ顔で言う。

 工事箇所が増えるにつれカメラも増殖。炭谷さんは県の強硬姿勢も比例して増幅していると感じている。
 「話し合いの進展なんて方便。この10年、県がやったことは反対地権者13世帯の宅地を含む全用地の取得と問答無用の工事。要は『工事の進展に極めて有効な方策』だったのさ」

 目に見えて変わったのはカメラの増殖だけではなかった。
 
 ダム左岸側の法面になるであろう高台は広範囲がコンクリート舗装された。住民の耕作地には土砂が搬入され、田植えができなかった人もいる。山の谷間には付け替え道路用の巨大な橋脚がそびえる。行き交うダンプに土ぼこり。住民の営みを壊し、自然を壊し、景色が以前に比べ灰色になった気がした。
 
 抗議の座り込みテントに1冊の本があった。熊本県の川辺川ダム建設に疑問を持つ人々がつづった「川辺川の詩」(海鳥社)。しおり代わりだろう。隅を折り曲げたページを開くと住民の思いを代弁するようにこんな詩がつづってあった。

 私は「ダムができる前はよかった」と負け惜しみを言いたくない。
 私は後で失ったものの大きさを惜しみたくはない。
 私はへそ曲がりですか。(一部抜粋)

 石木ダムの反対運動は半世紀近く続いてきた。公共事業の必須条件たる「公共の福祉たり得るかどうか」にずっと首をかしげながら。

 座り込みを続ける絶対反対同盟の岩下すみ子さん(74)が記録用ノートを見せてくれた。1ページ目には1960年代、熊本、大分県境の下筌(しもうけ)ダム建設で抵抗運動を率いた故・室原知幸さんの有名な言葉が記されている。
 
 「公共事業は理に叶(かな)い、法に叶い、そして情に叶う必要がある」
 
 果たして石木ダムに当てはまるのだろうか。

◆2023年9月6日 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20230905-OYTNT50167/
ー長崎県のダム予定地に今も13世帯、住民「抵抗やめることはない」…事業認定から10年ー

 長崎県と同県佐世保市が同県川棚町で建設を進めている石木ダムは6日、国の事業認定から10年となる。県は、2025年度中の完成を目指しているが、22年度末の工事 進捗しんちょく 率は約69%(総事業費ベース)で、前年度から約3%の進行にとどまる。建設予定地には今も13世帯約50人が暮らし、県への抗議活動も続いており、先行きは不透明なままだ。(矢野裕作)

「行政代執行は最終手段」
 5日午前、川棚町のダム工事現場が見える場所に、建設に反対する地元住民ら約10人が集まっていた。「県が建設をやめるまで、抵抗をやめることはない」。男性が淡々とした口調で話した。

 大石知事は8月22日の定例の記者会見で「行政代執行は最終手段。まずは現地の方々の理解を得ることを継続しながら、県民の安全安心を守るため、県の広域行政としての責任をしっかり果たしていきたい」と述べた。

 22年2月の知事選で「石木ダムの早期完成」を公約に掲げた大石知事。就任から約1週間後の3月10日、反対する住民のもとにあいさつに向かった。その後も、現地を視察するなど住民と面会を重ねたが、この年の9月を最後に途絶えた。

 建設に反対する男性は「県は生活再建の話し合いを持ちかけるが、事業の必要性を話し合うべきだ。公開討論会でもやったらいい」と話す。しかし、県側は「ダムの必要性は司法の判断も出ており、議論する段階ではない」との立場を示しており、議論がかみ合わない。

 石木ダムは、約半世紀前の1975年度に事業採択された。当初の計画では79年度に完成する予定だったが、反対する住民側との対立が続き、これまでに9回、完成時期の延長を繰り返している。

 県と佐世保市は2009年11月、国に土地収用法に基づく事業認定を申請し、13年9月6日に事業認定された。19年11月には、県収用委員会が認めた建設予定地の明け渡し期限を迎えており、県は行政代執行が可能な状態となっている。代執行の土地としては異例の規模で、実施されれば衝突は避けられない。

反対派「覚書の履行を」
 反対する住民側は、県が石木ダムの予備調査を始める前の1972年7月、当時の久保勘一知事が川棚町長を立会人とし、住民の代表者3人との間で結んだ「覚書」の履行を求める。

 覚書には「建設の必要が生じたときは、改めて協議の上、書面による同意を受けた後着手するものとする」と記載。住民側は「同意は得られていない」と訴え、県側に覚書を守るよう主張する。

 これに対し、県河川課は「覚書に法的拘束力はない」とし、「住民の8割以上の方には、用地の提供に応じていただいており、理解は得られている」との見解だ。その上で、「覚書の考え方は尊重しており、今後も理解を得られるよう努力を続ける」としている。

 覚書を巡っては、福岡高裁が2021年10月、反対する住民ら約400人が県と佐世保市に工事差し止めを求めた訴訟の控訴審判決で、「県知事を信頼し、覚書を取り交わしたにもかかわらず、いまだ地元関係者の理解が得られるには至っていない」と指摘。県などに対し、理解を得られるよう努力することを求めた。

 折り合いがつく見通しが立たない中、大石知事と宮島大典・佐世保市長は今年7月、工事が進む 川原こうばる 地区の住民らの生活再建に向け、県と同市、川棚町と連携し、基金創設の協議を進める方針を明らかにした。県は今月12日開会の県議会で説明を始める方針で、早急に創設したい考えだ。

「買受権」発生の可能性
 昨年、佐世保市の朝長則男前市長は、事業認定から10年を迎えるのを前に土地収用法が定める「 買受かいうけ 権」が発生する恐れがあるとして、県にダム工事を急ぐよう求めた。

 土地収用法には、買受権について、事業認定から10年が経過しても「収用した土地の全部」を「事業の用に供しなかった」時に元地権者が土地を買い戻せると定めている。

 その後、今年4月の同市長選で初当選した宮島市長は8月29日の記者会見で、「一定の事業が進んでおり、買受権が発生する可能性は低くなっていると考えている」と言及。大石知事も8月の記者会見で、収用地は「事業の用に供している」とし、買受権は「発生しない」との立場だ。

 ただ、これまでに発生した事例はなく、判例もないことから、「しっかり専門家に相談しながら対応したい。粛々と工程にそって工事を進めていく」と述べ、従来通りの見解を示した。

◆石木ダム =佐世保市の新規水源確保や洪水被害の軽減など治水と利水を目的としたダム。高さ約55メートル、長さ約234メートル、総貯水容量約548万立方メートルで、総事業費は285億円。

◆2023年9月7日 長崎新聞
https://nordot.app/1072328858491978484?c=174761113988793844
ー石木ダム うやむやなままの「買受権」 事業認定から10年、静観する長崎県 反対派も慎重ー

 行政が収用し10年たった用地を、住民ら元地権者が買い戻せる権利は発生するのか-。長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダムが国から事業認定されて6日で10年。この「買受権」を巡って、これまで県と市が議論を交わしてきたが、計画に反対する住民らが権利を主張する動きは見えない。県も「国に発生の有無は確認しない」としており、うやむやな状態が続くとみられる。

 土地収用法は、事業認定告示日から10年後に収用地の「全部を事業の用に供しなかったとき」に買受権が生じると規定。昨年9月、朝長則男前市長が石木ダムの推進大会で発生を危惧し、推進する市議らも「反対住民との間で新たな訴訟の火種をつくる」と懸念の声を上げた。市長と市議は県庁を繰り返し訪れ、大石賢吾知事に事業の促進を迫った。

 そもそも買受権が発生した判例はない。県は、住民による妨害で遅れているが工事は進んでいるとし、「買受権は発生しない」と一貫して主張。市と見解の相違が生じた。ただ、4月の市長選で初当選した宮島大典氏は、先月の定例会見で「(発生する)可能性は低いのではないか」と発言。県と歩調を合わせる姿勢を示した。

 実際に誰が権利を主張できるのか。県は2019年、住民13世帯の家屋を含む全ての未買収地約12万平方メートルを収用。直前の地権者数は支援者ら“一坪地主”を含め計376人いた。県が「主張できるだろう」とみる対象者はこの人々だ。

 現在、収用地の所有権は国に移り、それを管理する立場の県は「買受権の有無は国がまず判断すること」と強調。国と情報共有しているが、「見解は示されていない」とする。事業認定の20年後に買受権は消滅するとも規定されており、県は静観を続けるとみられる。

 一方、反対する住民や市民団体が買受権を主張する様子はない。用地の一部を所有していた会員らでつくる「石木ダム建設絶対反対同盟を支援する会」(共有地権者の会)の遠藤保男代表は「買い戻すには多額の資金も必要」と慎重な考え。買受権を巡る県と市の議論については「結局は、ダムの必要性を世間にアピールするために市が持ち出したパフォーマンス。住民と真剣に向き合っていない」と指摘する。