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石木ダムめぐる長崎県知事による意見聴取

 事業採択から半世紀以上経過しながら、住民の立ち退きが進まない長崎県の石木ダム事業。この3月に知事に就任した平田仁知事は、各方面の関係者から意見を聞く場を設け、膠着した事態を打開する方策を探っているようです。
 7月に有識者から意見聴取した会議を皮切りに、「意見を聞く場」はすでに五回開催されています。複数のジャーナリストによる詳しい分析記事も公表されており、以下のように提言されています。
 「次の段階では、平田知事には、異なる主張を並べる場から、事実を共同で確かめる場へ進めることが求められる。その検証過程を公開し、判断に至る理由を住民が追跡できるようにすることが、今後の結論の正当性を支える。」(橋本淳司氏の論考より)
 ダム事業は最初から推進ありきで、非公開の場で形ばかりの検証が行われるのが通例です。果たして平田知事は事業の是非を検証する過程を公開することができるでしょうか。

◆2026年8月24日 JBPRESS
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/96613
ー「石木ダムは必要か」集めた専門家から不要論やデータ疑義が噴出、長崎県知事が迫られる「断行か変更か」
       【川から考える日本】意見聴取会は大荒れ、ダム計画賛成派の有識者が逆ギレする場面も まさのあつこ(ジャーナリスト)ー

 「今後3カ月程度で、川棚川水系河川整備計画の変更の必要性があるかどうかを判断する」と、長崎県の平田研知事は7月12日、「石木ダムに係る有識者の意見を聞く場」(以後、意見を聞く場)の冒頭でこう述べた。

 背景には、2月の知事選を前に無所属県議と結んだ政策協定がある。県営の石木ダム計画について、有識者で構成される流域委員会を設置するという内容だ。3月の就任後、「市民による石木ダム再評価監視委員会」がその実現を強く求めてきた。

強制収用か石木ダム中止か、第三の選択か
 石木ダムに沈む県道の付け替えなど関連工事が進む中、移転を求められている13世帯は、「本当に公益性があるのか」と問い続け、立ち退きを拒否している。

 石木ダム計画は「川棚川水系河川整備計画」(2009年3月)に位置づけられている。治水目標は「100年に1回発生する規模の降雨」への対応。利水については「石木ダムによって得られる水資源を適正かつ合理的に利用」する旨が記載されている。

 半世紀を超えて続く問題を決着させる方法は最終的には2択。県が13世帯の家や田畑を破壊し、強制収用してダムを完成させるか、河川整備計画を変更して中止するかだ。

 平田知事は、そのどちらでもなく、地元住民や専門家の意見を聞いて、論点を整理し、計画を変更するための河川法に基づく流域委員会を設置する必要があるかどうかを判断すると、ワンクッションを置いた第三の選択をした。(以下略)

◆2026年9月11日 Yahoo! ニュース
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e8f3b0abd8c15120985de939634069942e626a87
ー石木ダム「意見を聞く場」で何が問われたのか―異なる前提や評価軸を共通の土俵にのせるために 橋本淳司ー

 長崎県東彼杵郡川棚町に計画されている石木ダム建設事業をめぐり、県は8月30日、第4回「石木ダム事業に係る有識者の意見を聞く場」を開いた。平田研知事が進行し、事業者である長崎県と佐世保市水道局が治水・利水計画を説明。その後、7人の有識者が追加意見を述べた。質疑では、ほかの出席有識者や川原地区住民からも発言があった。

 当日の開催状況を記録した動画は、長崎県の公式YouTubeに掲載されている。

 会合で明らかになったのは、対立が単純な「建設賛成、反対」ではないことだと筆者は考える。注目すべきは、洪水流量、水需要、既存水源、事業費、過去の決定などについて、前提と評価基準が大きく異なっていることだ。

長崎県が示した治水計画
 長崎県は、川棚川で年超過確率100分の1程度の降雨を想定し、山道橋地点の基本高水ピーク流量を毎秒1400立方メートルとしている。このうち、既設の野々川ダムで毎秒80立方メートル、石木ダムで同190立方メートルを調節し、残る同1130立方メートルを河道で流す計画だ。県によると、石木川合流点から下流では、同1130立方メートルを流す断面を既に確保している。

 計画降雨は3時間203ミリ、24時間400ミリ。流域内で時間雨量の観測が始まったのは1986年以降で、計画策定に必要な長期記録がなかったため、県は1947年以降の時間雨量と日雨量がそろう佐世保雨量観測所のデータを使用した。川棚川流域平均雨量との相関を確認し、佐世保雨量を0.94倍して用いたという。

 県はさらに、川棚、上波佐見両観測所の1947~76年の日雨量から複数の統計手法で求めた100年確率雨量が380~436ミリとなり、400ミリはその範囲内だったと説明した。

 この説明からは、佐世保データを無検証で採用したわけではないことが分かる。一方、県が洪水ピークの算定で重視する3時間雨量について、1986年以降の流域内時間雨量で再計算するとどうなるのか、相関係数や誤差、0.94という補正係数の算出過程は、この日の口頭説明では示されなかった(長崎県資料)。

 平田知事は、直近までのデータを加えて新たな計画を策定する必要はないかと質問した。県は、新しいデータが追加されるたびに計画を見直せば、長期的な河川事業の進捗が遅れるおそれがあると回答。一方で「常にチェックは必要」とも述べ、基本高水を上回る洪水が発生した場合には、最新データを含めて見直す考えを示した。

 ここでは、最新データによる「点検」と、計画の正式な「変更」を分ける必要がある。再計算しても結論が変わらなければ現行計画を維持する根拠となり、大きく変われば変更を検討すればよい。問題は、データが1年分増えるたびに計画を変更するかではなく、約40年間の流域内時間雨量の蓄積と気候変動を踏まえ、再点検すべき時期に来ているかである。

治水をめぐる異なる評価
 夛田彰秀氏(長崎大大学大学院総合生産科学研究科持続可能社会創造センター特定教授)は、長崎県の二級水系の計画が国の河川砂防技術基準に基づくことや、基本高水と対策の組み合わせを決める技術的枠組みを説明した。川棚川で佐世保の長期雨量記録を用いた理由にも一定の理解を示した(夛田氏資料)。

 野口正人氏(長崎大学名誉教授、元川棚川水系河川整備計画検討委員会委員長)は、科学的根拠に基づく判断を求めるとともに、「時計の針を元には戻せない」として、議会制民主主義との関係を問題提起した。ただし、発言中では、具体的にどの議会のどの議決を指すのかまでは明示されなかった(野口氏資料)。

 今本博健氏(京都大学名誉教授)は、ダムの洪水調節効果は下流へ行くほど低下し、本川と支川の洪水ピークにも時間差があると主張。粗度係数や現況堤防高についても独自に計算し、石木ダムを前提としない基本方針へ変更すべきだと述べた(今本氏資料)。

 宮本博司氏(元国土交通省職員)は、本川と石木川の洪水ピークが計算上ほぼ一致していることや、流出モデルの実測による検証、現在の河道条件を用いた費用対効果などに疑問を示した。気候変動を考慮すれば、基本高水だけでなくダムの設計条件と限界も点検すべきだと主張した(宮本氏資料)。

 いずれも発言者の見解であり、会議で技術的な決着がついたわけではない。県の計算と異論を唱える側の計算について、入力データと条件をそろえた比較が必要である。

 また、過去の決定には尊重すべき重みがあるが、それだけで現在の計画が将来にわたって固定されるべきではない。問うべきなのは「時計を戻すか」ではなく、現在も計画を維持する合理的根拠があるかである。

佐世保市の水源は不足しているのか
 佐世保市は、安定水源と不安定水源を合わせた水源量のうち、不安定水源に相当する量が27%、中部水系では34.4%になると説明した。

 ただし、市自身が、安定水源は水利権量、不安定水源は取水施設の能力値で、性格が異なるため「本来は合計して示すものではない」と断っている。この割合は、同じ基準で算定された単純な水源構成比ではない点に注意が必要だ。

 市は、慣行水利権などによる河川取水は、流量によって十分に取水できない日があり、河川維持流量を控除すれば安定水源量はゼロになるとの河川管理者の見解を紹介。法令に沿った取水を行いながら安定給水を実現するには、不安定水源に依存しない水源確保が必要だと主張した。

 水需要予測については、平均的な使用量を予想するだけでなく、事故、災害、渇水、需要ピークなどに対応する施設規模を決めるものだと説明。人口減少を見込む一方、地下水利用者が水道へ切り替える可能性、防衛施設の需要、負荷率なども算入しているとした(佐世保市資料)。

 これに対し、伊藤達也氏(法政大学非常勤講師・名誉教授)は、法的に安定水源と認められる量と、実際に利用できる河川水量を分けて考えるべきだと指摘した。既存水源、節水、緊急時の農業用水との調整、重要施設の独自水源、備蓄などを組み合わせるべきだと提案。石木ダムも通常時に利用する計画である以上、異常渇水時に追加的な水を確保できるとは限らないと主張した(伊藤氏資料)。

 富樫幸一氏(岐阜大学名誉教授)は、人口、1人当たり使用水量、業務・工業用水、潜在需要、負荷率などの設定から、佐世保市の需要予測は過大だと主張した。老朽管更新、料金値上げ、物価・金利上昇を考慮し、新規水源への投資を優先することが水道経営上合理的かを問いかけた(富樫氏資料)。

 ここにおいて、市は「法的に確実な水源による施設能力」を重視し、批判側は「実際の取水実績と人口・使用量の推移」を重視していることがわかる。

意見聴取から共同検証へ
 西島和氏(弁護士)は、これまで説明会が行われてきたとしても、地域の疑問に応える双方向のコミュニケーションは十分でないと指摘した。現行計画を2026年の視点で棚卸しし、流域治水や流域総合水管理を取り入れる場として、流域委員会の設置を提案した(西島氏資料)。

 川原地区住民からも、県、佐世保市、専門家に直接質問できる公開の場を求める発言があった。水需要、洪水ピーク、導水施設や浄水施設を含む費用などについて、説明が十分でないと訴えた。知事は、住民から意見を聞く場を別途設ける考えを示した。

議論を建設的に進めるために
 ここからは筆者の提言である。

 次に必要なのは、平田知事が先導し、前提や評価基準を揃えた議論を行うことだろう。

 具体的に言えば、雨量、基本高水、洪水ピーク、河道能力、水需要、既存水源、総事業費という論点ごとに、県、佐世保市、異論をもつ専門家、住民が同じデータと条件を用いて検証することである。

 また、石木ダムと「何もしない状態」を比較するのではなく、河道・堤防強化、流域内貯留、既存水源の再調整、漏水対策、節水、緊急時水源などを組み合わせ、効果、費用、完成時期、維持管理、環境・社会への影響を同じ評価軸で比べる必要がある。

 費用についても、ダム本体だけでなく、導水管、浄水施設、維持管理、借入金利、水道料金、老朽管更新との優先順位まで含めるべきだ。既に支出した額と、これから必要になる額も分けて示さなければならない。

 治水・利水の便益を主に受ける地域と、土地や地域社会を失う地域が異なることも重要である。総便益と総費用だけでなく、誰が利益を受け、誰が金銭では回復できない負担を引き受けるのかを明らかにする必要がある。

 今回の会合は、異なる結論が、どのような前提と評価基準から生じているかを広く可視化できた点に意義がある。

 次の段階では、平田知事には、異なる主張を並べる場から、事実を共同で確かめる場へ進めることが求められる。その検証過程を公開し、判断に至る理由を住民が追跡できるようにすることが、今後の結論の正当性を支える。