国土交通省の「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」は今夏にダム事業を検証する「中間取りまとめ」を示すことになっています。6月10日の第10回会議でそのタタキ台が示されましたが、その内容を読むと、ダム中止ではなく、ダム推進にお墨付きを与える可能性がきわめて高いものであることが明らかになりました。
そこで、八ッ場あしたの会を含む115団体(事務局 水源開発問題全国連絡会)は、国土交通省河川局に『ダム見直しに関する緊急提言』を提出しました。
有識者会議の中間とりまとめ(タタキ台)によれば、八ッ場ダムは次のように検証が行われることになり、ダム中止の結論になることはほとんど期待できず、最悪のものになっています。
2.6都県知事等で構成する「関係地方公共団体からなる検討の場」が設置され、ダム推進大合唱の場が用意される。
3.ダム見直しを求める市民はパブリックコメントだけで、検証作業から排除される。
4.検証の内容は治水利水について一般的なダム代替案との比較が行われるだけである
国土交通大臣
前原 誠司 様
「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」座長
中川 博次 様
去る5月10日に「公共事業チェック議員の会」と「水源開発問題全国連絡会」は115団体の協賛を得て、「ダム見直しに関する政府・議員とNGOの対話の会」を開催し、ダム見直しに関する提案を提出しました。
その後、5月28日に第9回、6月16日に第10回の「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」が開かれ、第10回では「今後の治水対策のあり方について 中間とりまとめ (タタキ台)」が示されました。しかし、それには、私たちの提案がほとんど反映されておらず、ダムの見直しがどこまで客観的に行われるのか、大きな危惧を持たざるを得ません。
つきましては、あらためてダム見直しに関する提言を行いますので、真摯に受け止めてくださるよう、お願いいたします。
1 ダムの検証作業の進め方
(1) 第10回有識者会議の中間取りまとめ
中間とりまとめではダムの検証を次のように行うことになっています。
「① 検証主体:国土交通大臣
② 検証検討主体:地方整備局等、水資源機構、都道府県
国土交通大臣が、直轄ダムについては地方整備局等に、水機構ダムについては水機構及び地方整備局にそれぞれ検証の検討を指示し、補助ダムについては都道府県に検証の検討を要請する。
③ 関係地方公共団体からなる検討の場
検証検討主体は、「関係地方公共団体からなる検討の場」を設置し、相互の立場を理解しつつ、検討内容の認識を深め検討を進める。
④ 意見の聴取
検証検討主体は、学識経験者、関係住民等、利水者等関係機関、関係地方公共団体の長の意見を聴く。
⑤ 情報公開とパブコメ
「関係地方公共団体からなる検討の場」の公開など情報公開を行うとともに、主要な段階でパブリックコメントを行う。 」
(2) 中間取りまとめによる検証作業で危惧されること
① ダム事業者自らの検証検討で真のダムの見直しができるのか
検証検討主体は地方整備局等、水資源機構、都道府県であって、いずれもダム事業者であり、今までダム事業を推進してきた立場にあります。そのダム事業者にダム見直しの作業を委ねて、どうしてダムの是非についての客観的・科学的な検証が行えるというのでしょうか。政権交代後、ダム事業の見直しが行われるようになったのは、多くの国民が今までこれらの事業者が進めてきたダム事業に問題があると認識し、ダム事業の見直しを選挙公約に掲げた政党を昨年の総選挙で支持したからです。客観的・科学的な検証を行うためにはその検証作業を第三者機関の手に委ねなければならないのは自明のことであって、ダム事業者自らが検証検討を行えば、ダム推進が妥当という結論が出る可能性がきわめて高くなってしまいます。
② 「関係地方公共団体からなる検討の場」はダム推進大合唱の場
検証検討主体は「関係地方公共団体からなる検討の場」を設置し、検討内容の認識を深め検討を進めることになっています。しかし、現在の地方公共団体のほとんどはダム推進の立場にありますから、そこにダムの検討を求めれば、ダム推進を求める意見に集約されることは目に見えています。八ッ場ダムを例にとりましょう。関係6都県知事はいずれも八ッ場ダムの推進を強く求めています。関係市町村も八ッ場ダムの推進を唱えています。当然のことながら、八ッ場ダムに関する「関係地方公共団体からなる検討の場」が設置されれば、八ッ場ダムの推進を求める大合唱の場になることが確実に予想されます。そのような場を設置しておいて、どうして八ッ場ダムを中止に導くことができるというのでしょうか。前原大臣は再任後の記者会見で、「中止の方針を表明している八ッ場ダムをはじめ、全国のダム事業について、予断を持たずに検証を行い、『できるだけダムにたよらない治水』への政策転換を一層進める。」という趣旨の見解を表明していますが、このような検証のあり方は、「予断を持たずに検証」という趣旨から大きく逸脱しており、政策転換の実現はきわめて難しいと考えざるをえません。
③ ダム事業の見直しを求める市民は検証作業から排除される
ダム事業の見直しを求める市民の関係では、「情報公開を行うとともに、主要な段階でパブリックコメントを行う」ということしか書かれていません。パブリックコメントといってもほとんどは意見を聴きおくだけのことですから、検証作業にその意見が反映されることはほとんど期待できません。また、検証検討主体が意見を聴く「関係住民等」にダム事業の見直しを求める市民が含まれているかどうかも定かではありません。ダム見直しの機運が高まってきた最も大きな要因はダム事業の見直しを求める市民の声が大きく広がってきたことにあるにもかかわらず、その市民を排除した検証作業で真のダム見直しが行えるとは到底思われません。
八ッ場ダムの関係都県知事らは、これまでたびたび、検証作業に知事らの意見を反映させることを主張し、それが上記の「関係地方公共団体からなる検討の場」となっています。一方、市民団体は、河川行政の民主化を進め、検証作業を公開で行い、様々な立場の人々が参加することを求めてきました。知事らの意見が尊重され、市民団体の意見が無視されるのでは、ダム推進のための形ばかりの検証になることを危惧せざるをえません。
(3) ダムの検証は住民参加を保証した第三者機関で
ダムの検証作業は、委員を公募した第三者機関によって公開の場で住民参加のもとに客観的に行われなければなりません。真のダム見直しを行うための必須の条件です。淀川水系流域委員会は住民参加を保証した第三者機関であったからこそ、淀川水系ダムの見直しを求めた意見書をまとめることができました。淀川水系流域委員会をモデルとして検証作業を次のように進めていくことが是非とも必要です。
① 検証主体は委員を公募した第三者機関とする。
② 検証作業は公開の場で行う。
③ 検証の会議では住民も意見書の提出と意見の陳述、意見交換ができるように住民参加のもとに行う。
④ 検証の結果を出すに当たって十分な議論を保証する。
2 補助ダムの検証について
(1) 第10回有識者会議の中間取りまとめ
補助ダムの検証検討については次のように書かれています。
「(検証主体である)国土交通大臣が、補助ダムについては都道府県に検証の検討を要請する。」
(2) ダム事業者である道府県知事の検証検討で真のダム見直しができるのか
ダム事業者自らが検証検討を行えば、ダム推進が妥当という結論が出る可能性がきわめて高いことは1(2)で述べたとおりです。とりわけ補助ダムの見直しは、推進の立場である道府県知事が、国土交通大臣から要請されて行う作業ですから、おざなりの検証検討で終らせてしまうことが十分に予想されます。補助ダムについても住民参加を保証した第三者機関による検証作業が是非とも必要です。
(3) 補助ダムの検証検討作業は国土交通大臣の下でも行って結果を公表すべき
補助ダムは事業主体が道府県ですが、各道府県の判断だけで推進されてきたものではありません。各道府県で実際にダム行政を取り仕切っているのは、国土交通省から道府県の建設関係部に出向している幹部(土木部長や県土整備部長など)であって、旧政権下では国土交通省の主導の下に補助ダムの推進が図られてきました。国土交通大臣は、補助ダムについて国土交通省の官僚たちが行ってきたことを見直す責務があります。
さらに、地方交付税措置も含めると、補助ダムは事業費の3/4近くを国が負担していますので、国費支出の無駄を防ぐため、検証検討の責任は国にもあります。
したがって、補助ダムについては道府県知事に検証検討を要請するだけではなく、同時に国土交通大臣の責任の下に、補助ダム全体計画の内容も含めて検証検討作業を行い、その結果を公表し、継続の是非を道府県知事と協議するようにしていくことが必要です。
3 治水対策案の評価について
(1) 第10回有識者会議の中間取りまとめ
中間とりまとめではダム案とダム以外の治水対策案の評価を次のように行うことになっています。
「 手順としては、必要に応じ対象とするダム事業等の点検を行い、これを踏まえて、ダム案とダム以外の複数の治水対策案の立案を行い、立案した治水対策案が多い場合には、概略評価により2~5案程度の治水対策案を抽出し、立案又は抽出した治水対策案を環境への影響などの評価軸ごとに評価し、総合的な評価を行う。
検証対象ダムを含む案は、河川整備計画が策定されている水系においては、河川整備計画を基本とし、河川整備計画が策定されていない水系においては、河川整備計画に相当する整備内容の案を設定する。複数の治水対策案は、河川整備計画における目標と同程度の安全度を確保することを基本として立案する。
今回の個別ダムの検証の検討に当たっては、こうした河川を中心とした対策に加えて流域を中心とした対策を含めて幅広い治水対策案を検討することが重要である。
そこで、治水対策案は、本章で示す(1)~(26)を参考にして、幅広い方策を組み合わせて検討する。
(1)ダム、(2)ダムの有効活用、(3)遊水地、(4)放水路、(5)河道の掘削 、(6)引堤 、(7)堤防のかさ上げ、(8)河道内の樹木の伐採、(9)決壊しない堤防 、(10)決壊しづらい堤防 、(11)高規格堤防 、(12)排水機場、(13)雨水貯留施設、(14)雨水浸透施設、(15)遊水機能を有する土地の保全 、・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」
(2) 代替案のメニューとの比較だけではダム見直しは困難、ダム優先の治水計画の抜本的見直しが必要
中間取りまとめでは、河川整備計画の目標と同程度の安全度を確保することを基本とし、ダムの代替案を複数案用意してダム案とともに環境への影響などの評価軸ごとに評価し、総合的な評価を行うことになっていますが、そのような進め方でダム事業の見直しが本当にできるのでしょうか。
新規のダム計画がある水系では、今まで、ダム事業を推進するための治水計画が策定されてきました。具体的には次のとおりです。
① 治水計画の目標流量を実際に観測された最大洪水流量よりかなり大きく設定して、ダムによる洪水調節の必要性をつくりだす。
② 現況河道の流下能力を過小評価して、ダムが無いと氾濫するかのような計算結果を示す。
③ 河床掘削や堤防整備による河道の流下能力の増強可能量を過小評価して、ダムによる洪水調節の必要性をつくりだす。
④ ダムの治水効果を過大評価してダム依存度の高い治水計画にする。
このように従来の河川行政ではダム計画が先にありきの、科学性を欠いた治水計画が策定されてきたのですから、そこにメスを入れて、治水計画の抜本的な見直しをしなければなりません。それがなければ、ダムの代替案のメニューとの比較だけでダムが不要であるという結論が導かれるはずがありません。
そのような従来の治水計画を策定したのは河川管理者でもあるダム事業者(地方整備局等、都道府県)です。だからこそ、1(3)で述べたように、ダム事業者にダムの検証検討を委ねてはならないのであって、住民が参加した第三者機関によって、基礎データから洗い直して、従来の治水計画にメスを入れ、科学的、客観的にダム事業の検証作業を進めなければならないのです。そうしなければ、ダム事業を止めるか否かは、河川管理者(ダム事業者)の胸先三寸できまることになり、多くのダム事業にゴーサインが出てしまうことが予想されます。
流域住民から提起されている問題について問題提起者とともにきちんと調査・検討をおこない、その結果に基づいて合意形成を図ることが不可欠です。
4 利水の観点からの検討について
(1) 第10回有識者会議の中間取りまとめ
中間とりまとめでは利水の観点からの検討を次のように行うことになっています。
「 検証検討主体は、利水参画者に対し、ダム事業参画継続の意思があるか、開発量として何m3/sが必要か、また、必要に応じ、利水参画者において水需給計画の点検・確認を行うよう要請する。その上で、検証検討主体において、例えば、上水であれば人口動態の推計など必要量の算出が妥当に行われているかを確認する。あわせて、利水参画者に対し、代替案が考えられないか検討するよう要請する。利水参画者において代替案が検討された場合は、検証検討主体として、利水参画者の代替案の妥当性を、可能な範囲で確認する。
これらの内容を踏まえ、検証検討主体は、ダム事業者や水利使用許可権者として有している情報に基づき可能な範囲で代替案を検討する。
その後、利水対策案を利水参画者等に提示し、意見聴取の後、利水対策案を評価軸ごとに検討し、利水対策案について総合的に検討する。利水代替案については、以下の(5)~(18)で示すものを参考にして、河川や流域の特性に応じ、幅広い方策を組み合わせて検討する。
(5)河道外貯留施設(貯水池)、(6)利水単独ダム、(7)ダム再開発(かさ上げ・掘削)、(8)他用途ダム容量の買い上げ、(9)水系間導水、(10)地下水取水、(11)ため池、(12)海水淡水化 、(13)水源林の保全、(14)ダム使用権等の振替、(15)既得水利の合理化・転用、(16)渇水調整の強化、(17)節水対策、(18)雨水・中水利用 」
(2) ダム事業者と利水参画者とのキャッチボールでは利水の代替案が出る可能性は小さい。ダム事業を前提とした利水計画の抜本的見直しが必要
中間取りまとめでは、検証検討主体(ダム事業者)と利水参画者が利水対策案についてキャッチボールをして、検討することになっていますが、今まで利水参画者はダム事業者と一体となって、ダム事業推進の理由をつくるための利水計画を策定してきました。すなわち、利水に関して利水参画者とダム事業者はたとえば、次のようなことをしてきました。
① 水道用水等の需要は増加が止まり、減少傾向になってきているにもかかわらず、利水参画者の予測では将来の需要は増加していく。
② 地盤沈下はすでに沈静化しているにもかかわらず、利水参画者は地盤沈下対策として水道用地下水を削減するための代替水源をダム計画に求める。
③ 河川の流量に余裕があって、取水に支障をきたしたことがないにもかかわらず。
河川管理者〔ダム事業者〕は利水参加者の水利権の一部を暫定水利権として、ダムによる暫定解消が必要であるとする。
このようにダム事業を前提とした利水計画がつくられ、それがダム事業を推進する大きな要因になってきました。そのような利水計画を策定してきたのが利水参画者とダム事業者ですから、彼らが検証検討を行ってもダムに代わる利水代替案がでてくる可能性はきわめて小さいといわざるをえません。従来の利水計画にメスを入れてそれを根本から改善することが必要なのです。
そのためには、治水についての検証と同様に、1(3)で述べたように、利水についてもダム事業者に検証検討を委ねてはならないのであって、住民が参加した第三者機関によって、基礎データから洗い直して、従来の利水計画にメスを入れ、科学的、客観的な検証作業を進めることが必要なのです。
利水面においても、流域住民から提起されている問題について問題提起者とともにきちんと調査・検討をおこない、その結果に基づいて合意形成を図ることが不可欠です。
5 検証対象ダムの拡大を!
以上のように、「有識者会議」の中間取りまとめの内容では真のダム見直しは困難であるといわざるを得ません。ダム見直しの考え方を基本に立ち返って再構築されることを強く要望いたします。
さらに、検証対象ダムの拡大についても要望いたします。現在予定されている検証対象ダムは、76ダム(直轄・水資源機構29ダム、補助47ダム)であって、残りの59ダム(それぞれ23ダム、36ダム)は本体工事契約済みであるとか、既存施設の機能増強事業であるとかの理由で、検証対象外になっています。
しかし、その中には内海ダム再開発、浅川ダム、路木ダム、当別ダム、辰巳ダム、天ヶ瀬ダム再開発、鹿野川ダム改造、湯西川ダムなど、必要性が希薄で基本的な問題を抱えるダム事業も含まれており、それらのダム事業もその是非を検証する必要があります。
現在、検証対象外となっているダム事業も検証の対象とすることを要望いたします。
6 検証作業終了までは工事を凍結
検証対象事業については「新たな段階には入らない」としていることから、ほとんどの工事がストップすることなく従来どおり進行しています。ダムが中止となればまったく不要な転流工、工事用取り付け道路等の関連工事、八ッ場ダムの湖面1号橋に見られる水没予定地の生活・景観を大きく破壊する諸工事、これらの工事を凍結しなければ、公費の無駄遣いを防ぐことができず、現地は関連工事による環境と生活の破壊がどんどん進行していくことになります。
各ダム事業について現在進行中の工事の仕分け作業を至急行って中止後も必要となる工事と安全確保のための工事に限定するべきです。
以上
<別紙>要請団体一覧(50音順)
※PDFファイルに記載しています。