八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

多目的ダムで注目される事前放流

 現在進められているダムの多くは、八ッ場ダムがそうであるように、治水と利水の両方の目的をもつ多目的ダムです。「治水」(洪水調節)では、ダムに空きがあるほど、大雨を貯めることができ、「利水」(都市用水の供給)では、ダムに水を貯めておく必要がありますので、「治水」と「利水」を一つのダムで行うことは非効率で運用が難しいのですが、それぞれの目的に応じて事業費を充てることができるため、事業者にとっては多額の事業費を確保しやすいというメリットがあります。

 かつての多目的ダムは「予備放流方式」が主流で、これは治水容量と利水容量が重なっていて、洪水が来ると予想されたら、水位を下げて治水容量を確保するというものでした。ところが、空振りになって、利水の貯水量が確保できない事態になることがしばしばありました。そこで、昭和40年代頃からでしょうか、「制限水位方式」といって、洪水調節期(利根川の場合は7~9月)は水位を下げて、いつ洪水があっても、ダムに洪水を貯留できる方式に変わりました。しかし、そのことにより夏期の利水容量は必然的に小さくなりました。

 例えば、現在、本体工事を進めている八ッ場ダムの場合、ふだんは利水容量が9000万㎥ありますが、洪水調節期(7~9月)は治水容量6500万㎥を確保するため、利水容量は2500万㎥になります。渇水が心配されるのは主に夏期ですが、「制限水位方式」では肝心の夏期の利水容量が少なくなってしまうのです。

 以下の記事によれば、気象の予測精度が上がってきたため、国交省東北地方整備局では予備放流方式の一部導入が検討されているということです。
 しかし、各地域でどれくらいの雨量があるかを正確に予測することは今でも結構難しく、予備放流方式の導入は 簡単にできるものではありません。また、予備放流のタイミングが遅れると、その放流が下流に到達するころに大量の雨が降って、下流で氾濫を引き起こすことにもなりかねません。

◆2017年1月28日 河北新報
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170128_11021.html
ー河川氾濫対策へ ダム事前放流に注目ー

 豪雨で河川が氾濫する危険性を軽減するため、ダムの事前放流が注目を集めている。豪雨が予想される際にダムの水位をあらかじめ下げ、貯水可能な容量を多く確保する。

 気象観測の体制、下流域の住民や自治体の理解など課題はあるが、専門家は「大雨被害が増えており、積極的に取り組むべきだ」と指摘する。(報道部・片桐大介)

 東北地方整備局は、国が管理する東北の17ダムで事前放流が可能かどうか検討に着手した。全国では国と水資源管理機構が管理する13ダムでルールを定めて運用している。同整備局河川管理課は「未曽有の雨が増えている。洪水防止効果はあると考える」と話す。

 山口県は昨年度、県管理7ダムで事前放流を行うシステムを構築した。システムを発動する豪雨は発生していないが、48時間以内に放流できる体制を整えた。

 2015年9月の関東・東北豪雨では宮城県大和町の吉田川が氾濫、流域一帯が浸水した。住民らで組織する吉田川水害対策協議会は、県が管理する上流の南川ダム(大和町)で事前放流を要望している。吉川正憲会長は「災害を防ぐため実施してほしい」と話す。

 事前放流は、一時的に増水する下流への注意喚起が欠かせない。利水量の増減に関わるため、農家や自治体などの了解も必要になる。県は「豪雨予測が外れて十分な雨が降らなければ、渇水につながる恐れもある」(河川課)と懸念し、導入には消極的だ。

 県は代替案として、台風シーズンに水位を常に一定程度下げる弾力的運用を検討。水田に大量の水を必要としない時期なら可能と判断し、豪雨予測ごとの放流には慎重な立場を取る。

 東北大大学院工学研究科の風間聡教授(河川工学)は「気象予測技術は向上し、3時間前の豪雨予測は可能。空振りしない確率は高まっている」と指摘。「流域で複数のダムを有効に活用し、集中管理するシステムの構築を考えるべきだ」と主張している。

[事前放流]水道や農地に使う利水容量分を、豪雨が予想される数日~数時間前に空けて貯水可能量を確保し、降雨で利水容量を回復する仕組み。豪雨時にダムが満水になり、流入した雨が下流に流れて洪水被害が起きる事態を防ぐ。