八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

「八ッ場ダム本体着工 私の考え」(朝日新聞群馬版連載)

 1月22日の八ッ場ダム本体工事着工の後に、朝日新聞群馬版が三回にわたり、関係者のインタビュー記事を連載しました。
 1日目は、ダム予定地を抱える長野原町の町長に昨春就任した萩原睦男町長でした。
 長野原町で最も問題とされているのは、八ッ場ダム事業による「生活再建」が遅れていることです。八ッ場ダム事業における生活再建は、1985年に群馬県が長野原町と締結した覚書がベースとなっています。萩原町長はインタビューで、「県営事業のようなものがあれば、逃げることはできない」と、群馬県が約束した地域振興施設の維持管理、雇用の場の確保などの責任を果たすべきだと訴えています。

 2日目は、八ッ場ダム反対運動の理論的支柱である嶋津暉之さんでした。
 嶋津さんが東京都に就職し、1970年代、行政の現場で工業用水の節水に取り組んだのは、1960年代後半、東大工学部の大学院生だった時に八ッ場ダムや草木ダムの水没予定地住民の苦悩を目の当たりにしたことがきっかけといいます。水需要予測が過大に設定され、実際には都市用水が年々大量に余ってきていることを技術的に解析した当会のデータや、ダム中止後の地元住民の生活再建支援法案なども、嶋津さんの作成によるものです。

 3日目は、川原湯地区の美才治章区長です。
 川原湯地区は、かつては水没予定地最大の集落であり、川原湯温泉は地域経済の核といえる存在でした。自然湧出の温泉と吾妻渓谷をはじめとする周辺の自然環境を観光資源としてきた川原湯にとって、ダムによる犠牲は計り知れないものがあります。
 新温泉街のメインストリートに本体工事を受注したゼネコンのプレハブ事務所が建ち並び、盛土造成地では地質調査が行わる中、代替地へ移転した住民はダムと共に生きる道を模索しています。
 
 連載記事を転載します。

◆2015年1月24日 朝日新聞群馬版
http://www.asahi.com/area/gunma/articles/MTW20150124100580001.html
ー八ツ場本体着工 私の考え(中) 水問題研究家・嶋津暉之さん(71)ー

 ――八ツ場ダム計画の見直しを求めてきました。どんな問題があるのですか。

 「必要性がなく、造ってしまえば様々な問題をもたらすダムだと反対してきた。都市用水を確保する『利水』と利根川の洪水対策の『治水』の二つの大きな目的があるが、まず利水は時代が変わった。かつて首都圏の水道、工業用水の利用が増えたが、1992年度を境に減少の一途だ。節水型機器の普及で1人当たり水使用量は減り、今後も減り続けるだろう。これから人口が減れば減少傾向に拍車がかかり、水余りが顕著になる。いま八ツ場で新規利水を開発しても意味がない」

 ――治水の面では。

 「利根川は1947年のカスリーン台風で大きな被害があったが、その後、堤防を造ったり川床を掘ったりして、利根川本川で堤防を超えるような洪水はない。その後、一番増水した時でも伊勢崎市の八斗島の基準地点の水位は堤防の上から4メートル下で、十分余裕があった。八ツ場ダムがあったとしても、計算上13センチ水位を下げる効果しかない」

 ――ダムの危険性も指摘していますね。

 「予定地の地質が悪い。2万4千年前の浅間山噴火でたまった層は弱い。粘土質化しているところもある。水がたまり水位が下がると、地滑りが発生する危険がある」

 ――国は再検証の結果、2011年に利水、治水両面で必要だと結論づけました。

 「ダム推進の枠組みの中での形だけの再検証だった。下流都県の水需要の予測の見直しが一切なく、必要だと言ったことをそのまま承認した。基準地点で毎秒1万7千トンの洪水という想定も過大だった。過去の洪水の際にダムが役に立ったのかという検証をせず、机上の計算だった」

 ――21日にダム本体が着工されました。今後、どのように関わっていきますか。

 「これからも必要がないということを訴えたい。厳しい状況だが、あきらめずに、不要な、自然を壊すダムだと言い続けたい。事業費の増額は避けられないのではないか。下流都県の反対も考えられ、今後も動きはあるだろう」

 ――ダムに頼らない利水、治水のあり方とはどのようなものですか。

 「水需要が減る中、利水面ではどのダムも不要なのが明白だ。堤防は整備されているが弱いところがある。近年は川からあふれるのではなく、雨がはけ切れずに起きる内水氾濫が多い。これらの対策に予算を使うことが流域住民の安全を守ることになる」

 「ダム全てを否定するつもりはない。いまあるダムが必要かを検証していく時代に変わっていくのではないか。縮小時代に合わせたダムのあり方を考えないといけない」

 ――ダムを中止しても住民に対して生活再建を補償する仕組みがありませんでした。

 「民主党政権でダム中止後の生活再建の仕組みをつくる法案を出したが、廃案になってしまった。八ツ場のように大きな規模になると、国の枠組みがないと厳しい」

 ――八ツ場のような巨大なダム建設は最後になるのではないでしょうか。

 「いまある計画は進めるのが国交省の姿勢だが、八ツ場を超えるような事業を新たに国が手がけることはないだろう。既存ダムの維持・更新に費用がかかり、新規投資に向かわなくなる。八ツ場は分岐点なのかもしれない。八ツ場ダムができても、問題を抱えていたことを、今後の河川行政のためにも残していく必要がある」(聞き手・井上怜)

◆2015年1月26日 朝日新聞群馬版
 http://www.asahi.com/area/gunma/articles/MTW20150126100580001.html
ー八ツ場本体着工 私の考え(下) 川原湯区長・美才治章さんー

 ――本体工事が動き出しました。

 「民主党政権のダム中止宣言のときは、目の前が真っ暗になった。本体着工でダムの完成が見え、やっと落ち着いて生活設計を立てられる」

 ――川原湯地区は全戸がダム湖に沈みます。

 「前回区長だった8年前は200戸近くあった。その後、移転が始まり、ほぼ終わった。当初は丸ごと代替地に移転する計画だったが、実際に移ってきたのは43軒だけだ。代替地の地価が高く、やむを得ず町外へ出て行った人もいる。かつて約20軒以上あった温泉旅館も、営業を再開したのは現在4軒にとどまっている」

 ――マイナスからの再出発です。どのような地域づくりを考えていますか。

 「計画中も含め、すべての旅館が移転しても10軒に届かず、かつての温泉街のにぎわいを取り戻すのは難しい。いま取り組んでいるのは、観光客に足を止めてもらえる、魅力ある地域づくりだ。昨年、旧温泉街から代替地に移って開館した共同浴場「王湯会館」は人気スポットになりつつある。将来、ダム湖ができれば、王湯からダムサイトをめぐる遊歩道ができる。その拠点となる施設も、若い人たちが中心になって検討している。吾妻線を走っていた列車を模した建物にしよう、観光案内コーナーや足湯、レンタサイクルも備えた施設にしよう、などと議論しており、今年中に計画を固めたい」

 「こうした地域振興施設の整備は、下流都県が拠出する基金から賄われる。だが、維持・管理費は地元が負担しなければならない。新王湯は以前より広くなった分、スタッフを3人から6人に増やした。光熱費もかさむ。これらは区民の負担になる。施設を造っても独立独歩で採算がとれなければ、いずれツケは住民に回ってくる。ここが知恵の絞りどころだ」

 ――林地区にある道の駅「八ツ場ふるさと館」や川原畑地区の滞在型農園「クラインガルテンやんば」は好調のようです。

 「道の駅もクラインガルテンも、草津温泉へのメインストリート、国道145号のバイパス沿いという好立地にある。対岸の川原湯を通っている県道はまだ工事中の部分があり、車の通行量が少ないのがネックだ。コンビニエンスストアも、出店に二の足を踏んでいる。魅力ある地域にして、車の流れを何とかこちらにもってきたい」

 ――やはり温泉を中心とした街づくりになりますか。

 「ほかの地域にない川原湯の強みは、何と言っても毎分200リットルが湧く温泉だ。その有効利用を図れればと思っている。住民の一人は、代替地に温泉を利用できる老人ホームを造る計画を進めている。そうした施設ができれば、面会にきた家族が泊まり、旅館も潤う」

 「ただ、住民の意識も一様ではない。以前は温泉街を中心に動いていたが、いまは道路が整備され、高崎や中之条などへ通っている勤め人も多い。ダム完成後、大柏木トンネルが使えるようになれば、高崎方面への通勤者はもっと増えるだろう。中には『川原湯を静かな住宅地に』と望む人もいる。地域づくりをする上で難しいところだ」(聞き手・土屋弘)