八ッ場ダムの建設が進められている吾妻川では、古くから水力発電がおこなわれてきました。ダム予定地域では、東京電力が吾妻川の水利権をもっています。
現在、吾妻川の水はダム予定地域上流にある長野原取水堰で大半が取水され、吾妻川と並行して設置されている導水管を通ってダム予定地下流の東京電力発電所へ運ばれています。このため、八ッ場ダムが完成したとしても、国が東京電力に減電補償金を支払って水利権を買い戻さなければ、八ッ場ダムに必要な貯水量を確保できません。
写真右=八ッ場ダム予定地上流の長野原取水堰を下流側から撮影。吾妻川の上流から流れてきた水の大半が取水されるため、雨の少ない時期には堰の下流にほとんど上流からの水が流れず、河床が剥き出しになる。
減電補償は、更なる八ッ場ダム事業の増額要因として注目されていますが、八ッ場ダムの事業者である国交省は、この問題について明確な説明を行っていません。
昨年12月10日、群馬県の上毛新聞は、東京電力がこの問題を解決するために、新たな導水管を建設する計画があると一面トップで報道しました。しかし、記事に書かれている情報には誤りがありました。
当会では、本日、群馬県庁記者クラブにおいて、他の問題とともに、新たな導水管構想と減電補償の問題について記者会見を行いました。(写真右)
記者会見の配布資料を掲載します。
八ッ場発電所からの導水路設置と減電補償の問題
1 八ッ場発電所から既設の松谷発電所へ導水路を設置
2016年12月10日の上毛新聞が一面で「ダム建設で東電 八ッ場下流へ導水路 発電所の水量確保」という見出しで、八ッ場発電所の放流水を東京電力の松谷発電所まで送る2.4kmの導水路を東京電力が設置すると報じました。その記事は「国はダム完成後、流量確保のために上流からの取水を制限する方針で、6発電所への影響が懸念されていたが、新導水路を使い、八ッ場発電所で使った水を6発電所へ供給し、影響の緩和を図る」というものでした。
現在は吾妻川の流量の大半は東京電力の松谷・原町・箱島・金井・渋川・佐久水力発電所で利用されているので(図1参照↓)、八ッ場ダムに水を貯めるためには水力発電所の取水量を減らさなければならず、それに伴う発電量の減少に対して減電補償が必要です。この記事にある導水路の設置は東京電力・水力発電所への八ッ場ダムの影響を小さくするためのものです。しかし、この記事には重要な誤りが二つあります。
2 導水路を設置しても松谷発電所は八ッ場発電所の放流水を利用できない
八ッ場ダム直下に建設される八ッ場発電所の放流口は標高470メートル(図2参照)、一方、東京電力・松谷発電所の取水位標高は594メートル、放水位標高は約471メートルです(表1参照)。八ッ場発電所の放流口より松谷発電所の取水口の標高は124メートルも高く、導水路を設置しても落差がありませんので、松谷発電所では八ッ場発電所の放流水で発電を行うことはできません。
八ッ場ダムの貯水で最も影響を受けるのは松谷発電所と原町発電所ですが、そのうちの松谷発電所は八ッ場発電所の水を使うことができないのです。
図2 八ッ場発電所
4 八ッ場発電所放流水の全量を導水路に流すことができない
八ッ場ダム下流の吾妻川には、吾妻渓谷の景観のため、毎秒2.4㎥の河川維持用水を流すことになっていますので〔注〕、八ッ場発電所の放流水が毎秒2.4㎥を上回る分しか、導水路で送ることができません。八ッ場ダムに水を貯めている時は、八ッ場発電所から毎秒2.4㎥のみを放流しますので、その時は導水路による送水量はゼロになります。
〔注〕毎秒2.4㎥は、八ッ場ダムより上流にある松谷発電所の長野原取水堰から河川維持用水を放流することによって確保されるものであって、八ッ場ダム貯水池の操作で維持するものではありません。別稿「八ッ場ダムの『吾妻川の流量維持』の目的がなくなることによる112億円の負担問題」をお読みください。
以上のように、八ッ場発電所から松谷発電所への導水路を設置しても、八ッ場ダムの貯水による東京電力発電所の減電量の緩和は、かなり限られたものになります。
5 導水路の設置工事費は減電補償の一部として八ッ場ダム事業で補償
この記事では東京電力が導水路を設置すると書かれていますが、減電補償額を減らすための導水路ですから、東京電力は導水路の設置費用も含めた減電補償を国土交通省に要求し、八ッ場ダム事業として負担することになります。この導水路の設置費用が今回の八ッ場ダム基本計画変更の事業費増額に含まれているか否かを2016年12月に梅村さえ子衆議院議員が国土交通省水管理・国土保全局治水課の担当課長補佐に問うたところ、含まれていないと明言しました。
延長2.4km、最大送水量毎秒13.6㎥の導水路の設置工事にいくらかかるのか、明らかにされていませんが、数十億円以上の費用がかかるのではないかと推測されます。
この導水路の設置工事費を含めた東京電力への減電補償が八ッ場ダムの今後の増額要因の一つになることは確実です。
6 東京電力への減電補償で八ッ場ダム事業費の再度の増額
それでは、東京電力に対する減電補償額はいくらになるのでしょうか。八ッ場ダム建設事業の検証報告の中で国土交通省が東京電力と相談することなく、計算したものがありますが、減電量がわずかになるように恣意的な計算を行った可能性が高く、信頼することができません。そこで、私たちは国土交通省の計算の問題点を検討し、開示資料のデータに基づいて減電量と減電補償額を試算しました。
国土交通省の計算の問題と私たちの試算結果は別紙のとおりです。
松谷発電所の水利権更新が2016年12月1日に許可されましたので、そのことも考慮した計算も行いました。
その場合の減電補償額は130~200億円になります(別紙4)。200億円は導水路等の緩和策を前提としないものです。
国土交通省は減電補償が現事業費に含まれているかのような発言を繰り返してきましたが、とてもそれに収まる規模ではありません。
★別紙4 八ッ場ダムによる東電発電所の減電量と減電補償額の試算
代替地整備費用の負担〈以下の【補遺】を参照〉もありますので、減電補償も含めて、八ッ場ダム事業費を再度増額する基本計画第6回変更は必至であると考えられます。
【補遺】代替地整備費用の大半の負担
八ッ場ダム水没住民の移転代替地の整備費用は、現在は事業費の枠外です。代替地の整備費用は本来はその分譲収益で賄うものです。しかし、八ッ場ダム事業では谷の大規模な埋め立てや山の斜面への造成など、地形条件の悪い中で代替地を無理をしてつくっていますので、代替地の整備費用がきわめて高額になっています。さらに、代替地への移転者数が当初の予定を大きく下回っているため、分譲収益だけではとても対応することができません。
八ッ場ダムの検証報告には代替地整備費の平成21年度までの実施済み額が事業費とは別枠で、95.4億円と記されています。代替地の整備工事は平成22年度以降も続けられており、八ッ場ダム関係の入札公告を見ると、平成28年度までに合わせて30億円前後の工事が発注されており、代替地の整備費用は総額で130億円近くになっています。今年2月1日の上毛新聞が第三次補正予算で八ッ場ダムの代替地整備事業5億円と伝えていますので、代替地の整備費用がさらに増えることが予想されます。
一方、分譲収益の額を移転者数と分譲価格から試算してみると、下記のとおり、30億円程度にとどまりますので、代替地の整備は100億円程度の赤字になると予想されます。
結局、この赤字額は八ッ場ダム事業費に上乗せされることになり、今後の事業費増額の要因の一つになります。
〇 代替地の分譲収益の試算
他のダムでは農地の転用などで代替地を造成するので、整備費用は分譲収益で概ね対応できる範囲にとどまりますが、八ッ場ダムの場合は整備費用が高額であるため、大幅な赤字になり、赤字分は結局は八ッ場ダム事業費に上乗せされることになります。
分譲収益の額は公表されていないので、試算してみます。
ア 代替地の分譲価格
宅地(一般的造成) 1坪当たり約11~15万円 (温泉街ゾーン 約14~17万円)。
農地 1坪当たり約5~6万円
イ 代替地への移転世帯数(2016年3月末現在)
代替地へ移転 86世帯
水没予定地からの移転がほぼ終了しているので、下記のエでは90世帯として計算。
ウ 分譲収益の試算
宅地 1世帯の宅地面積を平均で150坪、分譲価格を平均で14万円/坪と仮定
農地 農家の割合を3割、1農家の農地面積を600坪(分譲の上限)、分譲価格を平均で5.5万円/坪と仮定。
エ 分譲収益の試算結果
宅地 90世帯×150坪×14万円/坪 = 約19億円
農地 27世帯×600坪×5.5万円/坪 = 約 9億円
計 約28億円