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「託した希望 水泡に」(朝日新聞群馬版)

2005年3月13日 朝日新聞群馬版

「ダム」と生きて 水がめの重さ 下
    ー戸倉ダム ホテル経営 萩原岳雄さん(60)ー

 旅館を、ダムの残土でできた土地に一軒おきに引っ越して敷地を広げよう。電柱は地下に埋め、温泉街の看板や壁の色を統一しよう……。コンサルタントと描いた夢が03年末、片品村戸倉地区でしぼんだ。
 「とんでもない話。勝手に『つくる』、勝手に『よす』なんて納得できない」。片品村戸倉でホテル「玉城屋」を営む萩原岳雄さん(60)は「ダム建設中止」の話を聞いたとたん、腹が立ち、力が抜けた。
「冬はスキー、夏は尾瀬。これだけ自然に恵まれたところはない」。尾瀬への玄関口、片品村戸倉にダム計画が持ち上がったのは23年前。萩原さんがダム対策委員長をしていた93年、地元補償を条件に本格的な工事が始まった。だが03年、建設に積極的だった東京や埼玉などが事業から撤退し、建設は中止に。地元への補償計画も宙に浮いた。「今までのは何だったんだって思う」。温和な顔が一瞬ゆがんだ。

■意見集約に奔走■
 ダム建設でできる新しい街への「希望」と、代々の土地を守らねばとの「責任感」で揺れる地区。萩原さんは、ねばり強く地元の意見を集約し、93年の調印の半年ほど前から10日おきに水資源開発公団(当時)へ通った。「地元が反対してもどうしようもない。八ッ場ダムがいい例」。先を読み、新しい街づくりに希望を託す地元の要望を正確に伝え続けていた。「すごく頭のいい人。聞き上手で処理も早い」と、現ダム対策委員長の萩原一志さん(48)は言う。
 萩原岳雄さんは今、「建設中止」で窮状を迫られた地元のために奔走する現委員長を、同対策委員会の顧問として見守っている。
 戸倉地区は「焦って無駄なものをつくっても仕方がない」と、利水予定だった自治体にまとまった補償金を支払ってもらい、少しずつ使おうと考えていた。しかし下流都県は「財政難で、これまで通り事業を継続するのは難しい」の一点張り。国土交通省の提案で第三者委員会が、戸倉地区の要望を選別。今年2月、地元補償に約20億円が支払われる見通しとなった。

■「時間は戻らぬ」■
「本音を言えば、まあまあの結果。でも期待が破れた痛みと、無駄な時間は取り戻せない。犠牲者は自分たちだけで十分」と萩原さん。「どこの役人もうまく処理したと思っている。仕事ですから。でもこっちは生活しているからね」。本音があふれ出した。
 萩原さんは今年1月、戸倉に再び治水目的のダム建設計画があると耳にした。
「とんでもない話だよ」。
国交省のある職員は朝日新聞の取材に対し、「比較的スムーズに建設を受け入れてくれたし、周辺整備もできている」と、戸倉地区が、治水ダムの有力候補地と認めた。
「いつまで翻弄されればいいのか」。もう素直には受け入れられない。

■キーワードー戸倉ダム■
全国で初めて国や水資源機構が建設途中に中止したダム。利水、洪水調節などが目的で、東京、埼玉、千葉、渋川市が水利権を持つ。総貯水量は約9200万トン。82年に計画が発表されたが、03年12月、水需要の減少などで、利水自治体が相次いで撤退を表明。総事業費1230億円のうち、計約297億円が今年度末までに投入される予定。地元補償は第三者委員会で協議され、約20億円が支払われる見込みとなった。