「巨大事業の遺産 ダム建設計画」(毎日新聞)

2005年6月27日 毎日新聞より転載

 水没予定地、下流都県の住民に負担を強いる公共事業として、宮ケ瀬ダムに続いて八ッ場ダムが取り上げられています。

「巨大事業の遺産:国の施策と地方自治体/下 ダム建設計画」
 ◇水安定供給と引き換えに「値上げ」--かさむ事業費、離れる自治体

 高度成長期に多くが計画され、大規模公共事業の象徴的存在となってきたダム建設。ばく大な金をつぎ込んだために水道料金は上がり、計画がたなざらしされていながら、事業費だけは膨らむ。今、ダムの現場はどうなっているのか。問題をかかえる地域を歩いた。【堀文彦、鳴海崇、仲村隆】

 ◇地元の実態無視にツケ、住民参加型プランの必要性

 高さ156メートルのコンクリートの堤が、丹沢山地を背にそびえていた。都心から約50キロの神奈川県北西部にある宮ケ瀬ダム。湖面は東京ドームの100倍にあたる約4・6平方キロメートル、総貯水量は同県・芦ノ湖とほぼ同じ1億9300万立方メートルで、首都圏最大級だ。

 約4000億円の事業費が投入されたこのダムは、01年4月に本格運用を開始した。しかし、建設目的の「水の安定供給」と引き換えに、市民には大きなしわ寄せがきた。横浜市は1カ月の水道料金を20トンあたり2456円に上げた。平均12・1%の値上げは、新たなダムによる取水に年間約50億円かかるためだった。

 関係者は今、「水需要の行方を過大に予想した」と見通しの甘さを認める。市水道局は「宮ケ瀬ダムを造っても水が足りなくなると考えたこともあった」と明かした。ダムが完成し、市は1日に181万8700トンを給水できるようになったが、04年での1日の最大使用量は138万3000トンにとどまっている。

 山形県鶴岡市も同様だ。01年10月、広域水道化で水源を地下水から月山ダムに切り替えた。1日の最大給水量は7万2600トンだが、現在の平均使用量は約3万5000トン。一方、水道料金は段階的に上がり、今では1カ月20トンあたり3727円と、移行前の約2倍まで膨れ上がっている。

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 国道脇に立てられた「ようこそ・ダムに沈む川原湯温泉」と記された大きな案内板が物悲しい。遠くに見える山は付け替え道路の工事で、茶色の山肌が一部露出していた。東京、千葉、埼玉、茨城、群馬の1都4県に水道水などを供給する八ッ場(やんば)ダムの予定地は、群馬県長野原町の長野県境に近い渓谷にあった。建設されれば地元の川原湯温泉の旅館など約340戸が水没する。

 ダム建設計画が浮上したのは1952年。治水と利水を目的に国が利根川水系の吾妻川に計画した。堤高131メートル、総貯水量約1億立方メートルで規模は同水系3番目。だが、反対運動で現地調査の開始が大幅に遅れ、半世紀経た今でも住民の代替地移転は始まらない。ダム本体も未着工だ。予定地で旅館を営む竹田博栄さん(75)は「反対運動に膨大なエネルギーをかけた。ダムはいつできるか分からないし、生活の先行きが見えずうんざりだ」と吐き捨てた。

 ダム計画で苦い思いをしているのは建設地の住民だけではない。事業主体の国土交通省は基本計画(86年策定)で2110億円だった建設費を03年に4600億円へと大幅アップし、日本一高額のダムとなった。現地調査の結果、工事費や用地補償費を正確に算定した結果という。

 これには国とともに事業費を分担する各自治体から不満が噴出した。306億円増の569億円を負担する埼玉県では、さらなる増額をしないことや負担軽減を国に求めることを決議した。市民団体はダム建設への公金支出差し止めを求め、昨秋から各都県を訴える住民訴訟を相次いで起こした。地元住民の反対運動は終息したが、事業費の大幅増を巡り建設反対への動きが再燃している。

 国交省治水課の徳元真一・課長補佐は「工費の増加はやむを得ない。今後コスト削減に努力していくしかない」と話すが、さらなる増額については「可能性の話になるとゼロとは言えない」と含みも残す。関係自治体にとって、今後も事業費を巡る懸念は尽きない。

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 こうした動きの中で、水供給を受ける自治体が事業から撤退するケースが出てきた。国は03年12月、群馬県片品村に予定していた戸倉ダムの建設中止を決めたが、関係自治体の東京都、埼玉県、群馬県渋川市、北千葉広域水道企業団の4者すべてが、水需要予測の縮小を理由に撤退を表明したからだった。

 だが、長年、たなざらしにされてきたダム計画の中止は新たな問題を生む。新潟県湯沢町に予定されていた清津川ダムの中止が決まったのは、建設計画から36年後の02年7月。この間、水没予定地の三俣地区では下水道整備や住宅の建て替えができず、開発から完全に取り残された。

 「治水での重要性はあるが、河川整備の優先順位が不明確だったり、利水面でも緊急性が薄い」と国交省北陸地方整備局の平山大輔・河川計画課長は中止の理由を説明するが、ダム建設に反対してきた「ふるさとの清津川を守る会」の藤ノ木信子さん(48)は「国は事業を進めることしか考えなくて、地元の実態に目を向けてくれなかった。治水や利水について検討する場合は、地域住民も参加できる枠組みをつくってほしい」と憤る。

 事業費がかさんだ結果、水道料金は値上がりし、計画中のダムのコストも増え続ける現状がそこにある。計画中止後のケアも見えてこない。

 ダム問題に詳しい保母武彦・島根大副学長(財政学)は「国は渇水や洪水時に批判を受けないように過剰防衛的に水需要や洪水時の河川水量を過大に見積もり、ダムの規模を大きくして事業費がアップする傾向がある。事業費がなぜ上がるのか、その根拠を十分に情報公開する必要がある。ダム建設には直接負担を求められる流域の住民を参加させ、事業の規模やダムの必要性そのものも含め検討させるべきだ」と話している。
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 ■ことば
 
 ◇国直轄ダム事業
 国や独立行政法人の水資源機構(旧水資源開発公団)が建設主体で計画するダム。これとは別に都道府県が国の補助金で建設する補助ダム事業がある。国直轄は、洪水防止のための治水機能に加え発電、生活・農業・工業用水の取水など複数の機能を持たせた多目的ダムが多い。現在は岐阜県の徳山ダムなど54事業が進行中。一方で、公共事業見直しの流れから、旧建設省は97年に事業の在り方を見直す「事業評価監視委員会」制度を導入。96年から現在まで国直轄(水資源機構を含む)の24のダム事業を中止した。
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 ◆計画を巡って混乱した全国各地の主なダム◆

名称    建設地 概要

徳山ダム  岐阜県 水資源機構が住民側への建設用地取得などの補助金計2650万円を業者に肩代わりさせた

吹山ダム  宮崎県 利水目的の佐土原町が合併先の宮崎市の水道を使えるようになり離脱。県は建設見直しを決定

川辺川ダム 熊本県 農家同意を1100人分水増しして、利水訴訟で敗訴した国が新計画を固められず。県収用委員会が、漁業権などの収用申請を却下する可能性が高まる

浅川ダム  長野県 下諏訪ダムとともに、脱ダム宣言で田中康夫知事が中止を決断。県議会に不信任を突きつけられ、辞職したが再選した。県の第三者機関は、工事入札を巡る談合を認定した

細川内ダム 徳島県 予定地の木頭村が建設に反対。村長と村議会の溝が深まり、調整役の助役が自殺する事態に。国は地元の意向を尊重して建設を中止

松倉ダム  北海道 長期間停滞している事業を見直す「時のアセスメント」の対象になり、道が建設を中止

雄川ダム  群馬県 ダム本体地点の地盤がぜい弱で、建設地を400メートル下流に変更。本体規模が大きくなり、事業費が約130億円と当初の2倍以上に。治水の費用対効果を検討し、中止が決定

毎日新聞 2005年6月27日 東京朝刊