八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダム代替地縮小(朝日新聞)

2005年12月28日 朝日新聞群馬版より転載
「八ツ場ダム代替地縮小」

◆移転希望4割止まり
 首都圏の「水がめ」として、国交省が長野原町に建設中の八ツ場ダム事業で、水没に伴い地元5地区でつくる代替地分譲基準連合交渉委員会(萩原昭朗委員長)が27日夜、移転造成地を縮小する国交省案を了承した。同省が今夏行った意向調査で、移転を希望する世帯が全体の4割にとどまったためだ。同省は来年1月に補足意向調査を実施する。造成地の分譲開始は、来年度にずれ込むことになった。

 水没地区の移転について、国交省八ツ場ダム工事事務所が、5地区341世帯を対象にした調査で、造成地への移転を希望したのは、川原湯地区73世帯中36世帯(49%)▽川原畑地区24中17(71%)▽林地区86中24(28%)▽横壁地区39中19(49%)▽長野原地区119中35(29%)で、全体で38%にとどまった。

 工事事務所はこれを受け、当初約54ヘクタール造成する予定だった移転代替地の多くを縮小し、5地区に打診していた。造成対象の一部地権者から土地が取得出来なかったこともある。造成面積は全体の6割に減り、佐久間邦夫副所長は「なるべく多くの人の希望を造成計画に反映させたい」と話す。コスト縮減率は今のところ分からないという。

 萩原委員長は「一刻も早く工事を完成しなければならないので国の修正案に応じた」と話している。

◆川原湯温泉旅館・民宿 12軒中7軒営業継続
 一時は20軒以上あったという川原湯温泉の旅館・民宿は、現在11軒(通年営業)に減った。ほかに年末年始だけ客を受け付ける旅館が1軒ある。

 朝日新聞が、12軒に今後の営業方針を聞いたところ、ダム完成後、地区内の高台に移って営業を続けると答えたのは7軒で、「近く営業を正式にやめ、町外へ引っ越す」2軒▽「旅館をやめ、飲食店専門にする」1軒▽「決めかねている」1軒▽「気持ちは決めたが回答しない」1軒だった。

 渓流沿いの「民宿ますや」は看板は下ろしていないが10月から休業状態だ。家族が急死したこともあり、榛名町に引っ越すことを決め、来春にも川原湯を離れる。萩原ツネさん(81)は「高崎市内へ自転車で行けて、孫の通学にはいい。住み慣れたふるさとを離れたくはなかったが、しょうがなかった」と語る。

 10月末で店を閉じた「川原湯館」。竹田博栄さん(76)も中之条町への移転を決めた。「国も県も、補償基準を結んだから地元との交渉は『もう終わった』と思っている。下流の利水のために故郷を奪われる我々の気持ちに立って、生活再建支援を真剣にやってほしい」。現在は妻や娘が喫茶営業を続け、新居も喫茶店を併設した3世帯住宅にするという。

 造成地の縮小で、新温泉街の共同浴場の周辺整備も変更を迫られそうだ。経営継続を決めた旅館も不安でいっぱいだ。現在の共同浴場「王湯」近くでは、崖(がけ)にへばりつくように建物が立つ。平屋や2階建てでも、地下に部屋や浴室が広がる。ある旅館の女将(おかみ)は「造成地は坪単価が高く、建物の高さ制限があれば小さな宿しか建てられない」とため息をつく。

 一方で、移転後の温泉街づくりを前向きにとらえる若手経営者もいる。「やまきぼし旅館」の樋田省三さん(41)は客の反応を見ながら、食堂についたてを設けて個室風にしたり、掘りごたつ風の座席にしたり。「長期のダム計画にほんろうされ、地元の人の心もすさんだが、時代にあった街づくりをするつもり」と話す。(熊井洋美)