八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダム水没予定地域の生活再建と地域再生について

八ッ場ダム水没予定地域の生活再建と地域再生について

 2009年総選挙にあたり、民主党は政権公約(マニフェスト)に八ッ場ダム中止を掲げました。これに対して、ダムを推進してきた国、群馬県、自民党などは、ダムが中止されたら、八ッ場ダム計画によって進められてきた生活再建事業や地域振興事業が止まり、水没予定地域が立ち行かなくなるから八ッ場ダムを中止してはいけないという主張を繰り返しています。
 八ッ場ダム事業の本来の目的は、ダム建設による「利根川の洪水調節」と「首都圏の都市用水の開発」です。水没予定地の生活再建や地域振興を理由にダム建設を推進することは、一般には理解されにくい主張です。
 一方で、水没予定地域の人々には、ダム計画の中で生活を営んできた長い歳月があります。政策転換により生活や地域がどうなるのかと、大きな不安を抱えているのは当然のことです。今までダム問題に翻弄されて苦難の日々を送ってきた地元の人々を苦しめることは、多くの国民が望んでいることではありません。ダム計画によって破壊されてきた水没予定地域の生活再建と地域の再生は、どうしたら実現するのでしょうか? 

1 ダム予定地を苦境に追い込んだ国と群馬県

○ 地元がダムを受け入れた経緯
 ダム計画が発表された当初から、国は水没予定地域の人々に対して、ダム事業による「生活再建」と「地域振興」をアピールしてきました。地元住民によるダム反対闘争の時代、国はライフラインの整備に手をつけないなど、様々なムチによって水没予定地域に圧力をかけました。住民が苦渋の決断としてダム計画を受け入れたのは、地域の崩壊に歯止めをかけ、生活を再建するにはそれしか選択肢がない、と考えざるをえないところまで追い詰められたからです。地元が反対闘争の旗をおろし、八ッ場ダム事業を前提とした生活再建を目標に掲げたのは1985年のことです。
 それから24年の歳月が流れました。現在、水没予定地では人口の流出が進み、地域社会は崩壊の危機にさらされています。地元産業も衰退してきました。「真っ暗なトンネルの中にいるよう」という住民の絶望感、外部に対する不信感は、当事者でない人々の想像を超えるものがあります。

○ 代替地計画による生活再建の実態
 国と群馬県は、地元がダム計画を容認するにあたり、① 地区内に代替地を造り、住民が地元に住み続けられるようにする、② 代替地計画により、人口の流出を防ぐことができる、と約束しました。さらに、③ ダム湖観光を核とした地域振興により雇用が生み出される、とばら色の未来図を描いて見せました。
 ところが、当初の予想よりはるかに遅れた補償基準の調印時(2001年)、代替地はまだ姿も見せていませんでした。その後、国が代替地の分譲価格を周辺地価よりはるかに高額に設定(2005年)したこともあり、多くの人々が地区外に転出せざるをえなくなりました。
 最も犠牲の大きい全戸水没予定の川原湯・川原畑地区では、二〇年前は約八五〇人が住んでいましたが、今では人口が四分の一に激減しています。2009年現在、代替地はまだ一部が完成しただけで、道路などのライフラインも完成のメドが立っていません。八ッ場ダム事業による移転対象世帯は470戸に上りますが(道路事業などによる移転対象も含む)、そのうちすでに移転した357戸のうち、2009年3月時点で代替地に移転した世帯数はわずか16戸です。

2 ダム湖を観光資源とする地域振興に現実性はあるのか。

○ 夏季には28メートル以上も水位が低下する八ッ場ダム湖
ダム事業を継続した場合、水没予定地はどうなるでしょうか。国と群馬県は、八ッ場ダム湖を観光資源として周辺を一大リゾート地にする構想を提示しています。八ッ場ダム計画では、ダム湖は夏季には洪水調節のため、満水位から28メートルも水位が下がり、渇水になれば、さらに10メートル以上も下がることが想定されています(参考資料:「国土交通省による八ッ場ダム貯水池運用計算の水位変化図」)。しかも、ダム予定地は上流に多くの観光地や牧場を抱えています。上流から多量の栄養物が流入してくるダム湖ですから、浮遊性藻類の増殖による水質悪化は避けられません。貯水池の底の方に汚れた水がたまっているダム湖がどうして観光資源になるでしょうか。

○ 破壊される吾妻渓谷
 現在の観光資源は吾妻渓谷ですが、八ッ場ダムは渓谷の中に建設されます。ダムが完成すれば、渓谷の上流部が水没するだけでなく、残された中下流部もダムで洪水が貯留されるために、岩肌をコケが覆い、草木が生い茂り、今の美しさを失ってしまうとされています。

○ ダム湖の水位変動が代替地に及ぼす危険
 さらに、ダム湖ができた場合、上湯原代替地(川原湯地区の下流部にある代替予定地)など地質が脆弱なところや、30メートル級の高盛土をした代替地では、湖水の浸透と水位変動が地すべりを起こす危険性もあります。

○ 株式会社方式で自己責任を地元に押しつける群馬県
 このように多くの不安材料を抱える中で、群馬県は観光施設の運営を当初計画の公社方式から株式会社方式に切り替えようとしています。お上に頼らずに自己責任で運営しろという当世流の考え方ですが、ダム事業を継続することが、逆に地元を実体のない観光開発に引き込みかねません。自然が破壊され、魅力的な観光資源が失われた状態で、成功する可能性が小さい観光開発を自己責任で行うよう仕向けるとは、あまりにむごい仕打ちです。

3 八ッ場ダム中止後、ダム関連事業はどうなるのか。

 八ッ場ダム予定地では様々な関連事業が行われています。水没予定地を走る国道、鉄道、県道などを付け替える道路建設や、水源地域整備事業、水源地域対策基金事業として進められている事業(注1)です。八ッ場ダム計画が中止されれば、これらの関連事業も中止されると群馬県知事らは強調しています。
 しかしこれは、事実無根の情報にもとづく発言です。八ッ場あしたの会が実施したアンケート(注2)によれば、民主党は、今年度後半から予定されているダム本体工事を中止する姿勢を明らかにする一方で、「地元住民の意見を聞き、生活再建を優先させる」「関連事業を見直し、必要なものは継続する」と回答しています。また、わが国では、ダム事業中止後、ダム予定地域に税金を投入するための法律がありませんが、民主党は「ダム水没地周辺地域の住民等の生活再建支援と地域振興を特別措置法の制定等で対応していきたい。」としています。実際、民主党内では法制化に向けての準備が進められています。
 アンケートで示された民主党の政策方針は、ダム本体工事と関連事業を切り離す考えを示しています。民主党を中心とした政権が発足しても、ダム関連事業の工事は当分の間、現状のまま続けられ、特別措置法がつくられた後は、法律に基づき、地元の方々との合意形成を図りながら、ダム関連事業のそれぞれについて継続すべきものは必要な規模と内容で継続されることになると考えられます。
 ダム中止後は、老朽化した水没予定地の建物の新改築、生活再建のための支援措置、地域の基幹産業を再生させるための支援プログラム、人々を呼び戻すための対策などの取り組みが早急に必要です。それは、ダム計画の推進で地元を苦しめてきた国と県、さらに、ダム計画を後押ししてきた下流都県の責任の下に行われるべきものです。
*注1 下水道、簡易水道、学校、保育所、公民館、公営住宅、観光施設などの建設
*注2 アンケート結果 https://yamba-net.org/wp/modules/news/index.php?page=article&storyid=649

4 真の生活再建と地域再生を実現するために
 ダムを推進する勢力は、地元の人々の苦境の原因はダムに反対する野党や市民運動のせいだとしています。しかしこれは、自らの責任を転嫁するための詭弁ではないでしょうか。国と群馬県は、ダムが完成しないから生活再建と地域振興が進行途上にあるとしています。しかし、このままではダムが完成しても、真の生活再建と地域振興が成し遂げられないことは目に見えています。国と群馬県は、何十年も約束を果たせず、公共事業の名の下にこのような欺瞞が行われてきたことについて、地元住民に謝罪しなければならない筈です。

 もともとダム計画は、水没予定地域の人々の犠牲を前提に、下流域の住民の利益を優先させる発想に基づいて策定されたものです。こうした政策により、ダム計画を抱える地元と下流の都市住民は、長い年月、対立の構図の中に絡め取られてきました。現在、ダムを推進する国、群馬県、自民党などは、ダム中止によって、生活再建と地域振興を願う地元住民の心情が押しつぶされると、新たな対立の構図を作り出そうとしています。
 八ッ場ダム計画を見直すことは、ダム計画の非人道的な政策を否定し、これを乗り越える政策を実現することでもあります。本来、共に支えあうべき流域住民が八ッ場ダム計画によって分断されてきたことは、水没予定地に多くの犠牲を生み出してきました。八ッ場ダム建設の中止にあたっては、過去を顧み、二度と悲劇が繰り返されないよう、真の生活再建、地域再生に政治が真摯に取り組むことが求められます。