八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

吾妻川 変わる流域の自然 共生へ苦闘の歴史(東京新聞)

八ッ場ダム予定地の自然についての詳しい記事が2010年元旦の紙面に載りましたので転載します。

2010年1月1日 東京新聞群馬版より転載
ー川と生きる<1>吾妻川 変わる流域の自然 共生へ苦闘の歴史ー
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20100101/CK2010010102000105.html

首都圏の水源地として知られる群馬県。四百二十八もの一級河川が巡り、多くが利根川に合流して関東平野を流れ、太平洋へと注ぐ。流域の人々は、川にはぐくまれ、苦闘しながら、文化や風土を培ってきた。八ッ場(やんば)ダム中止問題を機に河川行政や水をめぐる問題が関心を集めている今、そうした人々の営みや流域の豊かな自然を守るための取り組みを伝えたい。人と川が織りなす物語。初回は八ッ場ダムの地元、吾妻川の流域を取材した。

◆『死の川』人気釣り場に 阪東漁業協同組合理事 狩野丑松さん
 「自然の川そのものを使った釣り場は珍しく、関東一円からお客さんが来る」。渋川市を流れる吾妻川に、冬限定のニジマス釣り場として六年前に開設された「阪東・子持冬期釣り場」。管理人の一人で阪東漁業協同組合理事の狩野丑松(うしまつ)さん(72)=渋川市中郷=は、釣り客の熱い視線を受けながらニジマスを次々と放流した。

 十月から五カ月間で三千人以上が集まる。「昔、吾妻川は石が真っ赤で、魚もほとんどすまないとされ、死の川と呼ばれた。人気の釣り場になるとは思いも寄らなかった」。大物を抱えて笑顔で写真に納まる愛好家を見て、狩野さんも顔をほころばせた。

 しかし、この“自然”は人工施設に支えられている。草津白根山に端を発する強酸性の水を中和するため、一九六四(昭和三十九)年に完成した品木ダムだ。これにより赤い石が姿を消すなど川の様子は一変した。

 人の手が加わることで、「死の川」が魚のすむ川になったことに狩野さんは感謝している。同時に「中和事業が止まったらおしまいなんだ」。人と川のかかわり方次第で変化する自然の移ろいやすさも感じている。

◆水田潤し稲実らす 父親が開田に携わった 小野孝志さん
 釣り場近くの県道沿いに「開田記念」と刻まれた高さ約二メートルの石碑がある。

 石碑によると、この地域にかつて水田はほとんどなかった。「吾妻川の水は農産物に有害」と考えられていたためだった。作物の主体は麦や陸稲。だが、地元の農民は水田作りを強く願った。戦後、水質調査で「稲作に支障ない」とされ、県に開田計画を申請。四七年にポンプを設置し、吾妻川から取水して稲作が始まった。

 「ここがポンプ跡です」。父親が開田に携わったという小野孝志さん(65)=渋川市横堀=は自宅近くの田んぼの一角を指さした。石碑に「口径三十糎(センチ)三十馬力」と記された二機のポンプが地中深くに埋まる。

 当時は中和事業は行われず、稲作に使われたのは強酸性の水。吾妻川からの取水は群馬用水に切り替える七〇年まで続いた。

 だが、小野さんには酸性の水で特別苦労した記憶はない。「とにかく米を食べることができて、うれしかった。死の川だなんて思ったことはない。私たちにとってはそれが自然だった。今の子どもにとって、今の川が自然であるように」

 人の手が入らないのが自然。ただ、人の手が加わって豊かになる自然もある。そんな自然の奥深さを、吾妻川はあらわしている。 (加藤益丈)

八ッ場ダム計画地で野鳥観察をする日本野鳥の会吾妻支部の堀込紀夫支部長=長野原町で

◆営巣風景今も心に 日本野鳥の会吾妻支部長 堀込紀夫さん
 「ほら、あの丸い形の『丸岩』。あそこにイヌワシ(天然記念物、絶滅危惧(きぐ)種)が営巣していた」

 長野原町の吾妻川沿いに絶壁がそびえる。八ッ場ダムの計画地。工事現場を走るトラックの騒音に、日本野鳥の会吾妻支部長を務める堀込紀夫さん(69)の声がかき消された。

 堀込さんがイヌワシの営巣を確認したのは、ダム計画の一環として同町から鳥類の調査を委託された一九九〇年代。ところが、二〇〇〇年代に入ると、工事の進行状況に符合するように、営巣風景は姿を消した。堀込さんは「イヌワシは工事の音に敏感だから」と顔を曇らせた。

 堀込さんは吾妻郡の出身。子どものころは吾妻川が遊び場だった。六〇年代から住む東吾妻町矢倉の自宅は川から約三百メートル。川は散歩場所だ。八ッ場ダム計画地の最下流部からは、七キロほど下流になる。

 理科の教員だったため、吾妻川をテーマにした論文を発表したり、町内の小中学校に勤務時は子どもたちをよく川へ連れ出したりした。六五年に同会吾妻支部を発足させたメンバーの一人だ。

 委託された鳥類の調査では、何年にもわたって計画地に通った。当時撮影した写真は大切に保管している。

 その中でも、記憶に残る写真がある。計画地内の川沿いで、準絶滅危惧種であるオオタカの営巣風景を撮影した貴重な一枚だ。

 アカマツの高さ十数メートルの部分。オオタカは条件の整った場所に営巣を繰り返すため、枝などを集めた巣は五、六年は使い続けたように約一メートルの厚さになっていた。二羽いた幼鳥のうち、生後約二カ月の一羽を巣立ち直前にとらえた。

 ところが、しばらくして現地を訪ねると、そのアカマツはダム工事に伴って伐採されていた。「残念だった…」。堀込さんは当時を思い起こすように、悔しさをにじませた。

 堀込さんによると、ダム計画地の一帯では、現在でもイヌワシが飛来し、オオタカや絶滅危惧種のクマタカが営巣しているという。

 「もう既に、ダム計画地の生態系は変わってしまった。(仮にダムができると)この変化は加速し、私の住む下流では(水量減少などで)流域の景観も変わるかもしれない。子孫に、郷土の自然をどこまで残せるのだろうか-」。堀込さんは憂慮を募らせている。 (菅原洋)

◆『絶滅』『準絶滅』の危惧63種 八ッ場ダム計画地一帯
 八ッ場ダム工事事務所は一九九九年に公表した「八ッ場ダム建設事業」の環境調査項目で、七〇~九〇年代に計画地一帯で現地調査や文献調査によって確認された貴重な動植物のリストを挙げている。このうち、環境省が二〇〇六年の段階で「絶滅危惧(きぐ)類」や「準絶滅危惧類」に認定した計六十三種を一覧表にした。

 それによると、植物が五十一種を占める。県が発行した「絶滅のおそれのある野生生物 植物編」の責任者で、県自然環境調査研究会の須藤志成幸(しなゆき)副会長に見解を聞いた。

 計画地一帯で現地調査の経験もある須藤副会長によると、五十一種のうち、オキナグサやクマガイソウなど計約十種は既に県内で絶滅した可能性がある特に希少な植物。ほかにも、カザグルマは県内では計画地周辺の一カ所のみに自生し、絶滅の瀬戸際にある。マルバウマノスズクサも県内では、計画地一帯にしか残っていないという。

 須藤副会長は「計画地一帯は、気候が太平洋型と高原型の境界にあり、多様な植物の宝庫」と指摘する。ダム工事事務所は貴重な植物を移植しているが、「移植は地質、気温、雨量などの条件をそろえ、高い技術がないと難しい」とみている。

 一方、動物では、天然記念物にも指定されているヤマネが確認されている。表には入っていないが、計画地一帯で特別天然記念物のニホンカモシカも確認された。 (菅原洋)