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脱ダムの行方(下野新聞連載記事)

 栃木県の下野新聞が元旦からダム問題についての記事を連載しています。栃木県は八ッ場ダム計画の進む群馬県の隣県であり、利根川水系の二つの巨大ダム計画が進んできましたが、地方紙の論調は群馬県より自由闊達なようです。ダム問題の共通項が浮かび上がる中身の濃い記事を紹介させていただきます。

 下野新聞サイトより転載
 「脱ダムの行方 政権交代と南摩、湯西川」
 http://www.shimotsuke.co.jp/special/dam-yukue/

◆2010年1月1日 
<1>傍流から本流へ 「狙い澄ました一撃」 前原氏の源流野党時代に
http://www.shimotsuke.co.jp/special/dam-yukue/20100101/258473

 山肌が白く薄化粧した日光市の湯西川ダム工事現場。コンクリートの凍結防止のため、12月20日から2カ月間、本体工事は休止されている。年末までに積み上げられた堤体は高さ約20メートル。寒さが和らげば119メートルの高さを目指し、工事は再び始まる。

 鹿沼市の思川開発(南摩ダム)工事現場は、かつて人里だった面影がすっかりなくなった。廃虚すら取り壊され、山肌はダム湖に沈む線まで木々が刈り取られた。広さは約330ヘクタール。その傷跡を覆う水がたまるのか、結論は夏以降に持ち越された。

 前原誠司国土交通相は12月25日、2010年度に全国で行われる136ダム事業の対応を発表した。本体工事が始まって1年以上たつ湯西川ダムは継続、本体に未着工の南摩ダムは一時凍結して検証の対象に入れられた。対象リストには全国89ダム。実に65%が中止含みとなった。

 ■治水知る政治家

 「唐突な政策転換」と言われる脱ダム政策だが「狙い澄ました一撃」との見方もある。

 国交省のある幹部は「(前原氏は)自ら所望して国交相になられた」と話す。「自他共に認める外交・安全保障の論客だが、社民党との連立政権では思うような政策を実現できない」との見立てだ。

 野党時代には党の「明日の内閣」社会資本整備担当相を務め、ダム問題は相当詳しい。熊本県の川辺川ダムを中止に導いた蒲島郁夫同県知事は、松下政経塾時代の恩師でもある。

 前原氏の地元、京都市在住の河川工学者今本博健京都大名誉教授は数年前、党代表を退いたばかりの前原氏に「民主党内に河川の専門家を育ててほしい」と要請して驚かされた。前原氏は「私がやります」と即答したという。

 今本さんは前原氏の政治手法を「まだまだ未熟ですな。事業凍結するなら、最初からすべてのダムを対象にして検証すべきだった」と手厳しいが、期待もしている。「ダムによる治水効果は非常に限定的。それを知る政治家が、初めて国交省のトップにいる」。

 ■「1年遅かった」

 民主党県連が「中止を含めた全面的見直し」を求めていた湯西川ダムは完成に向かう。総事業費は1840億円。県連代表代行の福田昭夫衆院議員は「政権交代が1年遅かった」と嘆いた。

 一方、南摩ダムは厳しい検証が待っている。洪水の時に役に立つのか。細々とした流れで水がたまるのか。流域の自治体は本当に水不足なのか。総事業費1850億円のうち、08年度末までに737億円が執行されている。調査開始から41年。これ以上の引き延ばしは、もはや許されない。

 [写真説明]雪に覆われ、本体工事が休止されている湯西川ダム。年末に事業継続が決まり、春の訪れを待って工事が再開される=12月23日、日光市西

◆2010年1月3日
<2>治水安全度 根幹揺るがす国交相発言 原告「効果は誤差の範囲」
http://www.shimotsuke.co.jp/special/dam-yukue/20100104/259083

 脱ダムに傾く前原誠司国土交通相の数々の発言の中でも、10月27日の記者会見は河川の専門家らに衝撃を与えた。利根川の治水安全度を決める基準となる基本高水流量を「ダムを造り続ける方便」と指摘し、引き下げる考えを示したためだ。

 基本高水流量とは、ダムなしで河川のある基準点を流れる最大の流量を指す。鹿沼市の南摩ダムに当てはめると、思川の小山市乙女基準点で100年に1度の規模の洪水を想定し、流量は1秒間に4千立方メートル。計画ではこのうち300立方メートルをダムで削減し、残りを河川改修で安全に流すことになっている。

 これを実現するには、南摩ダム級を4~5基造らなければならないが、思川上流に南摩ダム以外のダム計画は存在しない。県土整備部の幹部は「県内にダムの適地は現計画以外にない」と言い切る。

 ■流量を過大設定

 県を相手に南摩、湯西川、八ツ場の3ダムへの負担金差し止めを求めた住民訴訟で、原告側は思川、鬼怒川、利根川それぞれで「基本高水流量が過大に設定されている。下方修正すれば河川改修のみで対応可能」と主張してきた。これに対し国交省は「客観的かつ適正に審議され定められた」としてきたが、国交相の発言で根底から崩れる恐れがある。

 地元では俗に「小便川」といわれる思川支流の南摩川。ダム工事現場は一足飛びにまたげるほどの川幅しかない。原告側は、基本高水以外にも治水面でさまざまな問題提起をしてきた。

 最も重大な指摘は治水効果そのものだ。洪水ピーク時における南摩ダムの効果は、国交省の計算式に当てはめても思川・乙女地点で1・8%。原告側は「誤差の範囲」と指摘。下流の利根川への効果は「ゼロ」と言い切った。洪水への備えは「川底を掘り下げたり、堤防を強化する方が効果的」と主張する。

 ■具体性欠く反論

 これに対する国交省の反論は具体性に欠ける。「利根川水系全体として少しずつではあるが、着実に治水安全度を向上するもの」などと述べるにとどまった。県は治水分として、南摩ダムのため146億円を負担し、08年度までに約51億円を支出している。

 南摩、湯西川、八ツ場の3ダム建設が行われている利根川水系では、1998年からの10年間で河川改修費が約1千億円から半減した。対するダム建設費は06年に初めて河川改修費を逆転し、07年には581億円に上った。原告側は「ダム建設のため必要な河川改修がなおざりにされている」と指摘している。

◆2010年1月4日
<3>水需要 25年後10%減の予測 水源、評価割れる地下水
http://www.shimotsuke.co.jp/special/dam-yukue/20100104/259088

 「25年後、2035年の水需要(1日最大給水量)は、08年度の実績値約9万7千立方メートルより10%も減少する」

 県を通して鹿沼市の思川開発(南摩ダム)に参画している栃木市など県南2市6町のことだ。県を相手にダム負担金の支出差し止めを求めた住民訴訟で、原告側は水需要と将来の予測をこう分析した。保有水源量の60%にすぎなくなる。「相当余裕を持って予測した」という。

 全国のダム問題に詳しく、原告側証人でもある元東京都公害研究所職員の嶋津暉之さんは「ダム参画の理由、将来の水需要を過大予測している自治体が多い」と指摘する。

 ■行政側の本音

 建前では水不足を語ってきた行政側も、本音では「水需要は頭打ち」と漏らす。原因は人口減少や節水機器の普及。県は南摩ダム関連の水道用水給水計画すら立てていない。ある県幹部は「どこの自治体も水が欲しいと手を挙げようとしないからだ」と打ち明けた。

 自治体側がダム参画の理由にしているのは水需要だけではない。最大の理由は「地下水から表流水への転換」だ。南摩ダム参画自治体は水源の大半が地下水。住民訴訟で県は、地下水汚染や過剰なくみ上げによる地盤沈下への影響などを挙げ、ダム参画への正当性を主張している。

 ■地番沈下抑制

 野木町を中心とした県南の地盤沈下は、80~90年代にかけて猛威をふるった。だが97年以降は2センチ以上の沈下面積はゼロとなり沈静化している。隣接する小山市は95年に暫定水利権を取得し、水源の一部を地下水から思川表流水に転換した。小山市は「転換したから地盤沈下が収まった」と自賛する。

 南摩ダムで最大の利水ユーザーである埼玉県も本県と接する県北東部の地盤沈下に悩まされ、99年から地下水取水限度量を1日あたり58万立方メートルに制限した。現状は1日平均52万立方メートル程度だが「地盤沈下は沈静化しつつも停止していない」と主張。「安定した表流水の確保は行政の使命」(同県生活衛生課)と言い切る。

 本県では地下水取水量に占める割合は、農業用水が8割前後を占め圧倒的に多い。水道用水は5%にすぎない。一方、97年からの10年間で水道用水取水量は8%しか減っていないが、工業用水は39%、農業用水は17%も減少した。

 原告側は「水道用水を地下水から思川表流水に転換しても、その地盤沈下の抑制効果はごくわずか」と指摘。その上で、人口約67万人の熊本市が地下水依存率100%であることをなど挙げ「地下水は最良の水道水源」と主張している。

◆2010年1月5日
<4>「水の埋蔵金」 湯西川ダム水余り加速 有効利用の仕組み必要
http://www.shimotsuke.co.jp/special/dam-yukue/20100105/259433

 中止含みで事業凍結された鹿沼市の思川開発(南摩ダム)と、完成まで事業継続が決まった日光市の湯西川ダム。命運を分けた理由はただ一つ。「11月末までに本体に着工しているか否か」だけだ。

 結果が発表された12月25日夜、中止を含めた全面見直しを求めていた民主党県連代表代行の福田昭夫衆院議員は、国土交通省政務三役の1人に何度も電話した。やっとつながった携帯電話で「例外は認められない」と告げられた。

 11月末までに本体着工したダムは全国で37事業ある。「損害賠償リスクを恐れたのだろう」と、福田氏は電話の相手の心中を推し量り、湯西川ダム建設反対からの撤退を宣言した。「私も与党の政治家。これ以上やれば倒閣運動になる」。

 ■必要性は触れず

 湯西川ダムをめぐっては県と宇都宮市を相手に住民訴訟が起こされている。このうち利水をめぐり宇都宮市を相手にした一審の宇都宮地裁は、住民側の請求を退けた。だが原告住民側の大木一俊弁護士は「判決はダムの必要性にまで踏み込んでいない。司法がダムの建設を認めた訳ではない」とくぎを刺す。

 宇都宮市は湯西川ダムに1日2万4千立方メートルの水源を求めている。年間で最も給水量が多い日を表す同市の1日最大給水量は、1992年度の約22万7800立方メートルをピークに減少傾向をたどり、2006年度には約19万1700立方メートルまで落ち込んだ。この時点で予測と実績値の開きは、湯西川ダムに求める水源分とほぼ同じ約2万6500立方メートルに達している。

 県企業局が運営する工業用水道事業も、既に8割近い水が余っている。同事業の水源は湯西川ダムから約5キロ南の川治ダム。キリンビール栃木工場(高根沢町)など大規模3工場の閉鎖後は、さらに1万立方メートルが浮くことになる。

 ■全国で転用20例

 宇都宮大の水谷正一教授(水利用学)は、将来の需要を見込んで確保している県の工業用水などを「水の埋蔵金」と位置づけ、ほかの用途と融通させる必要性を説く。

 水道水、工業用水、農業用水。「同じ鬼怒川を流れる水にもすべて(水利権という)色が付いている。勝手には使えない」(県砂防水資源課)。水の用途を変えるには、省庁ごとに分かれている補助金や認可の問題など、さまざまなハードルが横たわる。

 しかし工業用水から上水道に転用した例は1990年度以降、全国で少なくとも20例ある。水谷教授は「本当に必要なユーザーに水を融通するため、遊休化している水利権を有効利用する仕組みを整備すべきだ」と求めた。

◆2010年1月6日
<5>「観光」 ダムで栄えた所ない 栗山館、約10年で閉鎖
http://www.shimotsuke.co.jp/special/dam-yukue/20100106/259977

 今も川治ダムのほとりにたたずむ洋館。窓ガラスが割れ、無残な姿をさらしている。

 「せっかく造ってもらったのに、10年やそこらで閉鎖してしまった」。温泉付き宿泊研修施設「栗山館」(日光市日向)の元理事長山越英二さん(79)は深いため息をついた。

 同館は川治ダム水没地区の雇用確保などを目的に、旧栗山村が建設。1985年にオープンした。鉄筋コンクリート造り3階建て、総工費は約8億2000万円。水源地域対策特別措置法(水特法)に基づき、事業費はダムの恩恵を受ける下流自治体が負担した。

 住民が組合をつくり運営したが、「経営を素人がするのは難しい。ダム目当てで来る人もいなかった」(山越さん)。累積赤字は約2千万円に達し、下流自治体に補填してもらったという。

 昨年11月27日に開かれた湯西川ダムの上地区意見集約会議。温泉旅館で働く男性が不安を訴えた。「満々と水をたたえていない時のダムは醜態をさらす。これで客は来てくれるのか」。

 有効貯水容量7200万立方メートルの湯西川ダム。夏の4カ月間、洪水に備え水量を4200万立方メートルにまで減らす。大雨の後、濁った状態が続くことも観光にとってマイナスだ。

 「(見苦しいと言われても)洪水調節も行う多目的ダムの宿命。観光目的ではない。そのために下流が金を出してくれる」。国土交通省湯西川ダム工事事務所の渡邊正美副所長は理解を求めた。

 湯西川ダム予定地周辺は現在、水特事業による建設ラッシュが続く。温泉付き地場産加工施設「水の郷」は2011年完成予定。温泉付きの「道の駅」は06年、宿泊施設を備えた「安らぎの森四季」は08年にオープンした。その勢いは、栗山館が歩んできた歴史をかき消そうとしているようでもある。

 同市はダム湖完成を前提に、観光戦略を練ってきた。中川恒男湯西川地区ダム対策委員長は「ダムそのものが観光の目玉。ダムが完成した後、水陸両用バスが本格運行する」。斎藤文夫市長も「多くの住民が、ダム湖を新しい観光資源として活用することを期待している」と自信を見せた。

 ダムの高さは119メートル。完成すれば10トンダンプ24万6千台分のコンクリートの壁がそびえることになる。「奥地の観光の魅力は清流、新緑、紅葉。ダムで栄えた所は全国で皆無と言われる」。湯西川温泉で老舗旅館を経営する女性は、湯西川の未来を憂えた。

 [写真説明]川治ダムの水特事業で造られた宿泊研修施設「栗山館」。わずか10年余りで閉鎖された=日光市日向

◆2010年1月7日
<6>「有識者会議」 密室議論に厳しい批判 求められる情報公開、対話
http://www.shimotsuke.co.jp/special/dam-yukue/20100107/260450

 自民党県連会長の茂木敏充衆院議員は、前原誠司国土交通相と同期の当選6回。初当選時は共に日本新党に所属していた。前原氏の性格について「一言で言えば原理主義者。自分の意見を曲げず、人の意見を聞かない」と手厳しい。「今は一国の大臣。国民の総意がどこにあるのか、常に確認しながら行動しないと国の方向を誤る」とも。

 国交省幹部は前原氏の政治手法について、料理に例えて「ご自分の腕に自信があるようだ。私たちの料理は見てはもらえるが、食べていただけない」と語り、続けた。「八ツ場ダム中止発言は、現場を見てからにしてほしかった」。

 ■期待から懸念へ

 元国交省河川防災課長の宮本博司さん(58)は「政治家だからこそ中止を言える」と前原氏を擁護した。キャリア官僚の経歴を捨て、一市民として脱ダムを説く宮本さんは京都市在住。同郷の前原氏とは親交がある。新政権発足直後、矢継ぎ早にダム政策を転換する前原氏に大きな期待を寄せていた。

 「ダムに頼らない治水」を訴え、前原氏の脱ダム政策に影響を与えたとされる今本博健京都大名誉教授(河川工学)も期待した1人だった。政権発足直後には、前原氏に「ダムの治水効果はきわめて限定的。堤防の補強を最優先するべきだ」とする意見書を送ったこともあった。

 しかし2人の期待は懸念に変わりつつある。転機は前原氏の肝いりで設置された「今後の治水のあり方を考える有識者会議」を非公開としたことだ。宮本さんは「国民の命を守る治水を語り合う場でしょう。なぜ密室でダムの命運を決めようとするのか」と厳しく批判した。

 2人は国交省近畿地方整備局の諮問機関で「原則としてダムを造らない」と提言し、全国の注目を集めた「淀川水系流域委員会」の委員長経験者。情報公開と住民参加の重要性を肌身で知っている。それだけに今本さんは「情報公開に熱心な民主党がすることか。時代に逆行している」と残念がる。

 ■与党という責任

 南摩ダムも湯西川ダムも、計画当初は時代の花形だった。しかし21世紀の低成長時代は公共事業依存型の産業構造の転換を求め、歴史的な政権交代をもたらした。将来、同じ混乱を再び招かないためにも、野党となった自民党にも納得のできる開かれた議論が求められる。

 水没予定地から移転を余儀なくされた人々と民主党との対話も滞っている。「ダムに翻弄(ほんろう)された人生に思いを致し、手を尽くして許しを請うほかない」と今本さんは言う。政権を握った民主党の責任でもある。(終わり)

 [コラージュ]建設続行が決まった湯西川ダム(左)と事業が一時凍結された南摩ダム(右)の工事現場。前原国交相(中央)は今夏にも最終結論を下す