八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

ダム検証基準についての朝日新聞と東京新聞の記事について

2010年7月18日

 国土交通省の有識者会議は7月13日、八ッ場ダムをはじめとする全国のダムの検証基準案を公表しました。
 このニュースについて、朝日新聞が14日の一面トップと社会面で、東京新聞が15日の「こちら特報部」で大きく取り上げています。
 朝日新聞では、「ダム頼みの治水見直し」という大見出し、「住民意見を反映」という小見出しをつけ、河川行政が大きく舵を切ったという論調ですが、東京新聞の方は、「コスト安で推進に? 事業者自ら必要判断」という大見出しで、このままでは河川行政は変わらないと警鐘を鳴らしています。
 有識者会議の検証基準案公表というニュースについて、一体どちらが問題の本質を捉えているのでしょうか? 

 両紙の論旨の違いは、同じ検証基準案の文面に対する解釈の違いからきています。解釈の違いが明らかな点を一つ指摘しておきます。
 有識者会議の検証基準案では、ダムを建設するかどうかの判断をする際、意見を聴く対象として、学者、市町村長らと共に「関係住民」という言葉が並んでいます。朝日新聞の記事では「関係住民」を「流域住民」としており、この解釈に従えば、ダムに反対意見の多い「流域住民」の意見もダム推進派の意見と同等に取り上げられ、見出しにあるように「ダム頼みの治水見直し」が進むと受け取れます。東京新聞では「関係住民」という言葉がそのまま使われ、反対派の嶋津暉之氏による「反対派住民は検証作業自体には参加できない。『聞き置くだけ』という姿勢で、結局、(反対意見は)排除される」というコメントを紹介しています。

 「関係住民」という言葉は、河川法でも使われています。
 ↓
 河川法 http://www.houko.com/00/01/S39/167.HTM

 ★第16条の2
 4 河川管理者は、前項に規定する場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。

 上記の項目は、1997年の河川法の改正によって追加されました。きっかけは、長良川河口堰建設に反対する市民運動をはじめとする全国の脱ダム運動のうねりでした。
 その後の河川行政は、この追加項目の解釈を巡って大きく揺れました。河川法改正の趣旨を最も誠実に受け止めたのが、関西の近畿地方整備局です。近畿地方整備局では、公募委員による第三者機関による検証作業、いわゆる”淀川方式”が実践され、ダム事業には様々な問題があることが広く流域住民に知られるようになりました。けれども、八ッ場ダムを担当する関東地方整備局では、河川法の追加項目を最小限に解釈し、せいぜい公聴会を開催して、「関係住民の意見を聞きおく」だけで、官僚の権限が最大限に保全されてきました。
  その後、宮本さんは国交省を去りました。官僚個人の良識では河川行政の改革は進まない、という過去の苦い教訓を踏まえ、近年では河川行政の民主化を阻んでいる河川法そのものの抜本的な見直しの必要性が指摘されるようになってきましたが、民主党政権下では、河川法の従来の法解釈を盾に、河川官僚の巻き返しが続いています。
  
 今回の検証基準案では、「コストを最重視する」としています。昨年7月13日、総選挙で八ッ場ダム中止を掲げた民主党の躍進が取り沙汰されていた頃、上毛新聞は一面トップ記事で、関東地方整備局の見解を次のように伝えました。

・・・「同整備局の金尾健司河川部長が7日、県庁で開かれた推進派県議の会議で「利水者がダムに賛成した状況での中止だと、一般論としては1460億円の還付が必要」と説明。地元の生活再建事業費として想定する770億円も加えると、このまま事業を継続した場合の1390億円を上回るとの見解を示した。
 (引用終わり)

 八ッ場ダムを強力に推進してきた国土交通省関東地方整備局みずからの検証作業、
 「関係住民」の係り方も関東地方整備局が決定、
 意見を言う場を保証される関係都県知事は、これまでの関東地方整備局の推進論を繰り返しているだけ、
 検証作業を仕切る関東地方整備局が「コストで見た場合、ダム事業を中止した方がコストが上回る」と一年前に結論づけている、
 これだけ推進側に有利な状況が設定されれば、「これで本当に不要なダムは止まるのか」と東京新聞が疑問を投げかけるのも、無理もありません。
 それにしても、こんなお手盛りの検証作業では、八ッ場ダムに疑問を抱いている国民を納得させることは難しいでしょう。結論が長引くことは、地元の人々に”蛇の生殺し状態”をさらに長期間強いることになります。そうした結果になっても、ダムを推進してきた勢力はこれまで同様、自らの責任を追及されることを回避するために、ダムに反対する人々に責任を転嫁するでしょう。
 地元住民も流域住民も蚊帳の外に置かれたまま、半世紀以上、無理やり進められてきた八ッ場ダム計画。推進派の拒絶によって「公開討論」さえ実施できません。曖昧な情報が大量に流され、多くの人は何が起こっているのかわからないまま、ダム事業が進んでいます。

◆2010年7月14日 朝日新聞一面より転載
http://www.asahi.com/national/update/0713/TKY201007130509.html
ーダム頼みの治水見直し、流域で対策を 有識者会議が提言ー
 
 ダムに頼ってきた治水のあり方の見直しを検討してきた国土交通省の有識者会議(座長=中川博次京大名誉教授)は13日、提言をまとめた。ダムありきではなく、それ以外の治水対策の組み合わせと、ダムを建設する場合とで安全性やコストを必ず比較。関係住民の意見も聴いて判断する。水没する上流の山村だけに犠牲を強いるのではなく、下流域の都市住民も含めた流域全体で治水対策を分担する手法で、従来の考え方を抜本的に見直す。

 前原誠司国交相は本体工事着工前の全国84カ所のダムに、この手法を当てはめる考え。31のダム事業を抱える国と水資源機構、53の補助ダム事業を抱える30道府県は、どちらがコストや環境への負荷を抑えられるか比較し、ダム中止か継続かを決める。

 これまでの治水の考えでは、洪水時の下流域での被害を防ぐため、上流にダムを建設してきた。有識者会議は、水没する犠牲への合意を得るため事業の長期化と建設費の増大を招いたと指摘。人口減少や厳しい財政状況をふまえた新たな治水理念として「流域全体での分担」を挙げた。

 ダム以外の治水対策として有識者会議は25の具体例を提示した。下流域の住宅地の道路を堤防並みにかさ上げする「二線堤(にせんてい)」▽集落を堤で輪のように取り囲む「輪中堤(わじゅうてい)」▽完成したダムのかさ上げ――など。25の手法の効果には差があり、川沿いの土地の利用規制など住民の反発を招きそうな対策もある。

 国と道府県はまず、これらを組み合わせた「ダムによらない治水対策」を9月から立案する。作業は必ず公開され、流域住民や学者、市町村長らの意見を聴く。その上でコストや安全度、環境や地域社会への影響など八つの評価軸をもとに分析。ダム継続か中止かの方針を決める。

 今回のダム見直しの発端が国の財政難にあることを踏まえ、コストを最重視する。一方で、ダムの代案は、それぞれの川でここ20~30年内に達成を目指していた治水安全度と同レベルの安全性を確保するのが条件。補助ダムを抱える道府県の多くは事業継続を求めていることから、検証が十分かどうかを国交相が判断する。検証作業の結果、ダムの方が有効との結論ならばダム建設を認める。

 政権交代の象徴となった八ツ場(やんば)ダム(群馬県)のある利根川水系は、霞ケ浦導水(茨城県)や南摩ダム(栃木県)など全国最多の6事業が対象になるため、水系全体での代案づくりは長期化が予想される。(歌野清一郎)

◆2010年7月15日 東京新聞 「こちら特報部」より一部転載
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2010071502000081.html

ー「コスト安」で推進に? 事業者自ら必要判断 ダム有識者会議 中間提言を検証 市民の意見は聞き置くだけ 「河川官僚、巻き返した」 「建設の大合唱起きる」
 
 「脱ダム」に向けた検証手続きが「建設推進のお墨付き」に!? 国土交通省の有識者会議が十三日まとめた提言の判断基準案は、そんな懸念を抱かせる内容だ。全国八十四事業を見直し対象に今後、ダム以外の治水対策を立案し、安全度やコスト面で比較検討する。だが、第三者機関であるべき検証主体は地方整備局や道府県とダムの推進母体で、「市民排除」もみえる。これで本当に不要なダムは止まるのか。 (篠ケ瀬祐司、加藤裕治、秦淳哉)

 さいたま地裁で十四日、八ッ場ダム(群馬県長野原町)事業への負担金差し止め訴訟の判決公判があり、原告住民の敗訴後に市民集会が開かれた。
 「事業者が自ら必要性を判断するなんて、どうみてもおかしい」
 「八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会」代表の藤永知子さん(五七)が、有識者会議の提言に怒りの声を上げると、多くの参加者がうなづいた。
 会場にいた茨城県取手市の神原礼二さん(六九)も「これではお手盛りの判断がなされてしまう。(提言を出した)専門家は、行政に取り込まれてしまったのか」と憤った。
 前日の十三日、有識者会議(座長・中川博次京都大名誉教授)は前原誠司国交相に提言を手渡した。「できるだけダムに頼らない治水」の在り方を検討し、その判断基準を基に今秋にも個別ダム事業の検証を始める。
 ところが、肝心の「検証を検討する主体」が事業の推進者なのだ。国直轄ダムが国交省の地方整備局、水資源機構のダムは機構と整備局、補助ダムは各都道府県。しかも、関係自治体で構成する「検討の場」を設けるという。
 「事業者自らの検証は大問題。推進派は高笑いしているのでは」。水源開発問題全国連絡会の嶋津暉之共同代表はあきれながら、八ッ場ダムを引き合いに説明する。
 「前原大臣が建設中止を表明した後も、現地で関東地方整備局は必要性をPRする。そんな所が検証して中止の結論を出すと思いますか? 検討の場に参加するのは関東地方の六都県。各知事はダムの賛成派。建設推進の大合唱が起きる」
 一方、関係住民や学識経験者の声は「パブリックコメントを行う」「意見を聞く」とあるだけ。「市民」という言葉すらなく、住民の意見が尊重される”担保”もない。
 嶋津氏は「反対派住民は検討作業自体には参加できない。「聞き置くだけ」という姿勢で結局、排除される」とみる。
 国交省河川局で長らくダム建設にあたった宮本博司氏は、有識者会議の進め方がそんな結論を導いたと指摘する。
 宮本氏は退職後、淀川水系のダムを再検証する近畿地方整備局の「淀川水系流域委員会」に参加。委員会は二〇〇五年、余野川ダム(大阪府)、大戸川ダム(滋賀県)の建設中止を提言した。画期的な結論は「住民参加」と「公開」によって生まれたという。
 「多くの住民情報を共有でき、発想が変わった」
 だが有識者会議は「非公開」。宮本氏は意見を求められたが断ったという。「そんな所で従来の方針から抜け出せるはずがないから。治水を考えるには、国の姿や住民の命をどう考えるのかということ。それが密室で話し合われたことが残念だ」  以下略