八ッ場ダムの問題を精力的に追及している東京新聞の「こちら特報部」による注目記事をお知らせします。
八ッ場ダム建設の是非を決める検証作業の現状を知るには必読の記事です。
◆2011年1月16日 東京新聞より転載
-八ッ場ダム中止 公約実現怪しく 前大臣が道筋 最大流量検証 再計算の行方に暗雲ー
菅再改造内閣の発足で、八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)をめぐる雲行きが怪しくなってきた。ダム建設の根拠となってきた利根川の最大流量(基本高水)の再計算を主導した馬淵澄夫前国土交通相が交代。大畠章宏・新国交相は、同ダム建設中止を掲げた衆院選マニフェストにこだわらない考えをにじませている。 (篠ケ瀬祐司)
「基本高水の再検討(再計算)は河川計画の方針見直しにつながる、大きな検討の場だ」
馬淵氏は十四日の国交相退任会見で、在任中の成果を問われると「大きな」に力を込めながら、基本高水再計算の意義を強調した。
基本高水再計算が、馬淵氏の「政治主導」で実現したのは事実だ。
きっかけは昨年十月の衆院予算委員会。自民党の河野太郎氏の質問に対し、馬淵氏は近年の利根川上流部の保水力を示す「飽和雨量」データを公開した。
それまで国交省が「見つからない」と言い続けてきた数字。大臣が暴露したことで、利根川の河川整備基本方針策定の際に、国交省が利根川上流部の森林が肥沃になってきていることを知りながら、これを反映させた基本高水の検証を行っていなかったことが明らかになった。
同方針の信頼性が揺らいだことで、八ッ場ダムの治水上の建設根拠にも疑問がついた。
馬淵氏は「(国交省は主張してきた)毎秒二万二千立方㍍の基本高水ありきの検討を行った」と、自らに都合のいい数字に固執した同省の手法を批判。その上で「所管大臣として率直におわびする」と異例の謝罪を行い、再計算に踏み切った。
一連の言動を、予算委で質問した河野氏も高く評価。「日本の治水行政を変える、歴史的なことをやってくれた。他の閣僚が全員代わっても、馬淵氏だけは留任してほしかった」と、国交相交代を惜しんだ。
菅再改造内閣で、基本高水再計算は順調に進むのか。
退任会見で馬淵氏は「(ダム建設)反対派も推進派も、ともに納得してもらえる結論を出す方向を打ち出した。大臣が代われども、組織として取り組むものはしっかりと推進してもらいたい」と厳しい表情で強調。基本高水再計算の透明性、客観性が確保されるよう念を押した。
新国交相の大畠氏は就任直後の会見で、基本高水再計算に取り組む姿勢を問われると「馬淵さんは苦労しながら、そこ(再計算)までもってきた。馬淵さんの考え方を踏襲したい」と明言した。
ただし、大畠氏は八ッ場ダム建設中止などが盛り込まれた、衆院選マニフェストについて「政策の実行には、現実の地域社会、国民の理解を得なければならない」とも。
馬淵氏が「中止の方向性には一切言及しない」と、”マニフェスト棚上げ”を宣言した以上に、八ッ場ダム中止との公約実現が怪しくなりつつある。
結局は国交省の都合? 第三者機関は「評価」するだけ 中間報告では根拠非公開 「不信解くには全面公開」
基本高水再計算の行方にも、暗雲が広がっている。
馬淵氏の退任会見から数時間後の十四日午後に、東京都内で開かれた八ッ場ダム建設の是非を自治体関係者間で話し合う「検討の場・幹事会」。
国土交通省関東地方整備局は、基本高水や新たな計算モデル(計算式)について、科学者の集まりである「日本学術会議」に評価を依頼したことを公表した。
問題は「評価を依頼」した点だ。
基本高水を再計算するのはダム建設を進めてきた国交省。新たな計算式も同省がつくる。
日本学術会議が「第三者で独立性の高い学術的な機関」(関東地方整備局)だとしても、科学者が自ら再計算や計算式の追認に終わるおそれがある。
同省河川局長名で、日本学術会議に評価を依頼したのは一月十三日付。慌しい大臣交代期の駆け込み依頼との疑念も持たれかねない。
「検討の場」を傍聴した市民団体、水源開発問題全国連絡会の嶋津暉之共同代表は「これでは馬淵氏のいう『反対派も推進派も納得できる結論』にはならない。日本学術会議とは別に、市民や在野の研究者による検証が必要だ」と指摘する。
「毎秒二万二千立方㍍ありき」で、基本高水の検証を怠ってきた同省が再計算をする仕組み自体に無理がないか。
その懸念は現実化しつつある。同省側が「検討の場」に出した基本高水再計算に関する「中間報告」は、これまで同様、検証に不可欠な資料を非公開にしての計算結果だった。
同省が基本高水の計算に用いてきた飽和雨量は四八㍉。森林土壌の飽和雨量とされる一〇〇~一五〇㍉と比べ、かなり小さい。保水力を小さく設定し、過大な基本高水を導いているのではないかとの指摘が絶えなかった。
「中間報告」では、飽和雨量を一二五㍉にして計算したところ「流量は飽和雨量四八㍉時での流量から約3%しか減少しなかった」としている。
一見、同省の主張通り、基本高水は毎秒二万二千立方㍍前後であることが証明されたかに見える。
だが、上流をどう分割して計算したかなどを示す「流域分割図」「流出モデル図」は非公開。両者は正しい流量計算に欠かせない。これが非公開のままで「3%減少」と言われても、同省以外は検算できない。
拓殖大学の関良基准教授(森林政策)は昨年、建設反対訴訟の原告団らが入手した同種の「流域分割図」「流出モデル図」を用いて基本高水を計算し「国が主張する毎秒二万二千立方㍍より約15~25%少ない、毎秒一万六千五百~一万八千七百立法㍍と推定される」との結果をまとめた。
関氏は「中間報告」について「国交省は一九四七年のカスリーン台風時の洪水にあてはめて計算しているが、同洪水は激しい降雨がおさまった後、再び降雨が強まる『二山洪水』。同省が使う『貯留関数法』という計算方法では、このタイプの洪水にあてはめて計算すると流量がうまく算出できない」と、同省の作業内容に首をかしげる。
その上で「それでも飽和雨量を一二五㍉にすれば10%は流量が減るはず。3%しか減らないのは不自然だ」と指摘する。
国を相手取り、流域分割図などの全面公開を求める訴えを起している高橋利明弁護士も「住民側の不信を解くには、全面公開が不可欠。なぜ出せないのか理解できない」と国交省の手法を厳しく批判している。
☆利根川の基本高水流量
国土交通省は1980年の「利根川水系工事実施基本計画」で、47年のカスリーン台風並みの雨(3日間で319㍉)が降った場合、利根川の治水基準点である八斗(やった)島(群馬県伊勢崎市)に最大毎秒2万2千立方㍍の水が流れると試算。この基本高水を前提に2008年策定の「利根川須系河川整備基本方針」で、洪水被害を防ぐためには八斗島で毎秒1万6500立法㍍の水を流し、八ッ場ダムを含む上流ダム群などで毎秒5500万立方㍍を調整するとしてきた。
デスクメモ
改造直後から悪評ふんぷんの菅政権だが、政権交代の全てを否定していいものではない。この一年数ヶ月で情報公開は劇的に進んだ。外交文書、検察のねつ造調書、そしてダムの建設根拠・・・。政権浮揚を図るなら、菅首相はこうした”功”をPRし、さらに進めるべきだ。目くらましの”改装”より百倍マシ。(充)