地元をがんじがらめにする交付金

 先の統一地方選において、原発の地元で反対の姿勢を明確にしている候補者の選挙結果が注目されました。福島原発事故により、原発を抱えるどこの地元でも不安は高まっていると言われますが、選挙結果には明確な反対の意思は示されませんでした。その原因と言われているのが、電源立地対策交付金です。
 手厚い交付金措置により、地元では不安はあるものの、原発なしの財政運営は考えにくくなっている、というのです。

 原発と同様、ダムにも地元自治体への交付金があります。八ッ場ダムが完成すると、地元の長野原町には国有財産等所在市町村交付金が支払われることになっています。原発の場合は、地元が計画を受け入れれば、原子力発電所は時間をおかずに完成し、地元自治体は交付金を受け取ることができますが、長野原町ではいつになってもダム湖が完成しないため、地元がダム計画を容認してから25年も経つのに、いまだに交付金を受け取ることができません。この間、水没予定地から多くの町民が去り、その分、税収が減り、長野原町は交付金がいずれは支払われることを予定して町財政を運営してきました。ダム計画を受け入れた地元がダムに反対できない大きな理由の一つが、交付金の仕組みだと言われいます。

 以下は、三月の大震災前に新聞に掲載された詳しい関連記事です。
 過疎の村に原発やダムがやってくるといわれます。推進、反対に関わらず、巨大公共事業に翻弄され、苦悩する地元の痛みに思いをいたす必要があるのではないでしょうか。

◆2011年3月4日 朝日新聞「週刊首都圏」より転載

 -八ッ場ダム 揺れる町財政―

 首都圏の水がめと洪水への備えとして計画が進められながら、民主党政権の迷走で中止か建設か方向が見えない八ッ場ダム。予定地の群馬県長野原町は人口約6300人、過疎が進む山あいの小さな自治体だ。建設受け入れから25年、町の財政は流入する巨額のダム事業費に翻弄されてきた。ダムの陰に隠れた町づくりの課題を考える。  (伊藤景子、菅野雄介)

 巨額の金流入、感覚マヒ

 「長野原(の財政)は、いいと言うじゃないか」。公民館に集まった住民は皆けげんな顔をして声をあげた。
 2004年10月、町職員が町内を回り、「町の財政は実は非常に悪い。行政改革が必要です。」と説明したときのことだ。近隣町村との合併協議が破綻、町はやむなく自立の道を選んだ。住民説明会はその直後だった。
 町財政の実態は1年余りの合併協議の過程で明らかになっていった。町に寄れば、一部の財政担当者はその前から、まずいと薄々気づいていた。だが多くの職員と住民は「町に金はある」と思いこんでいたという。
 ダム関連工事が始まる90年代まで、町の歳入・歳出は35億円ほどだった。人口7千人程度の自治体としてはごく標準的な規模だ。それが次第に増加。ダムによって水没する世帯などへの補償基準に住民と国土交通省が01年に合意し、用地交渉や工事が本格化すると70億~85億円と2倍以上に膨らんだ=グラフ(省略)
 膨らませているのは東京、群馬、埼玉、千葉、茨城の1都4県の負担金だ。ダムによる利水の受益者が町の「振興」のために支払う金で、道路や公共下水道、保育所などに使われる。多い年で約30億円、総額で500億円を超える見込みだ。町は95年度から受けとり始め、04年度以降は地方税や地方交付税を上回る歳入の柱になっている。
 負担金が入り始めると、町の財政運営は強気になった。黙っていても入る巨額の金。使途が決まっており自由に使えるわけではないのに「裕福になったような錯覚が生じ、ダム以外の公共事業も積極的にやろうという気分になった」(町総務課)。03年度に完成した中央小学校の温水プールつき体育館に約10億円、町営住宅の建設や町道の改修にも数億円の事業費を出した。
 一方、出費もかさむ。総工費約45億円で近隣3町村と01年に開設した西吾妻福祉病院。その借金返済のために毎年約2億5千万円を一般会計から繰り出す。03年度は町営の観光施設「浅間園」が出した9億円の赤字を補填した。
 財政を立て直すため、町は05年3月に「行政改革推進計画」、同8月に「財政健全化5カ年計画」を作った。様々な名目で町に流れ込むダム関連の費用を一つひとつ剥ぎ取り、「町本来の財政」をあぶり出す作業だった。「ダムという巨大なベールに包まれて本質が見えにくい。日本の自治体の中でも、最も運営が難しい財政だと痛感した」(町総務課)。
 二つの計画は「09年に収支は9億円近い赤字になり、財政は破綻。だが徹底した行革と基金の取り崩しで数年乗り切れば、いずれダムが完成して『国有資産等所在市町村交付金』が入るようになり、財政的な改善が期待される」と指摘した。
 町は行革を断行した。町長ら特別職の給与の20%削減と職員20人減で約1億6300万円。議員の報酬と定数削減で約2100万円。さらに400余りの事務事業や補助金を「仕分け」し、町民旅行や祭りを廃止して計1億円余を捻出した。昨年、町が議会に説明した資料によれば、計画に掲げた行革目標の達成率は100%に近い。国の三位一体改革が頓挫し、地方交付税が増額される方向に転じたこともあり、町財政は「一息ついた状態」(町総務課)だ。

 依存体質脱却が課題

 懸念はむしろ「ダム後」だ。
 「水源の町」になるため、町は96年度から高度処理の公共下水道と農業集落排水の敷設を始めた。それぞれ約72億円と約58億円の総工費の大半は、下流都県の負担金でまかなう。だが完成後の維持管理費は全額、町が負担することになる。
 町には「財政を圧迫する要因になる」と懸念する声もある。公共下水道は管路の総延長が約41㌔もの長さとなる。山あいに民家が点在する町には本来、適さない。「ダムがなければ合併浄化槽で十分だった」と指摘する声も多い。
 財政改善の決め手となるはずの「国有財産等所在市町村交付金」は下流都県が固定資産税の代わりに支払う金で、年10億円程度と見込まれている。町にとっては貴重な自主財源となる。しかし現状ではダム完成のめどは立たず、あてにできなくなってしまった。
 さらに人口が02年度から急減している。水没地区の住民が移転する土地の造成が遅れ、町外への転出が止まらないためだ。
 自治体財政にくわしいNPO法人多摩住民自治研究所の大和田一紘理事長は「これまで町は、財政運営も町づくりのビジョンもダム最優先で、医療や産業振興など地域の切実な課題は後回しにされてきた。ダムに頼って水ぶくれした体質を早く脱却し、農業や酪農、観光を柱にした地域づくりで、地方税を増やす財政体質に転換していくべきだ」と話す。

 自治体、潤った後に試練

 ダムは自治体の財政を潤してくれるのだろうか。
 関東地方で最大級の宮ケ瀬ダムを抱える神奈川県清川村。ダム完成前年の99年度から、村には最高で12億円近い「国有財産等所在市町村交付金」が毎年は言っている。財政規模が20億円程度の村にとって財源の柱だ。
 03年、村の財政力指数は1を超えた。指数は、必要経費に対して税金がどれくらい納められているかを示す数字のことで、1以上の自治体は国から地方交付税をもらわなくても自前の財源でやりくりができる。「富裕団体」と呼ばれることもある。
 90年代まで村の財政力指数は0.2~0.4だった。人口3500人、県でただ一つの村。隣の厚木市に吸収合併されてもおかしくなかったが、「ダムのおかげで村は自立できた」と大矢明夫村長。観光施設や村道、小中学校など町づくりのインフラも国が185億円かけて整備してくれた。ダム見学に200~300万人の観光客が訪れる村を、長野原町は「モデルケース」とあおいで視察を繰り返した。
 ただ、交付金は減価償却で11年度の約11億7千万円をピークに約2%ずつ減っていく。「富裕団体」でいられるのも、あと二〇年。ダムの水質を守るため敷設した公共下水道を維持するのに3500万円程度の料金収入ではまったく足りず、毎年1億5千万円前後を一般会計から繰り入れる。大矢村長は「甘くはない。堅実にやっていかねば」と気を引き締める。
 群馬県上野村にある東京電力のダムと水力発電所は05年に稼動。村税収入は2億円しかなく、村は約11~13億円の地方交付税と借金でやりくりしてきたが、06年度には27億円余の固定資産税が入り、富裕団体に。だが、固定資産税は減価償却で毎年約6%ずつ減っていく。現在1.3mp時勢力指数は10年以内に1を割る見通しだという。
 ダムを受け入れたのは税収で雇用の場を作り、過疎に歯止めをかけようとの狙いだった。しかし、財政が豊かになった今も人口は減り続けており、神田強平村長は危機感を強めている。