八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

ダムの費用対効果

 先進諸国とくらべ、わが国の公共事業は「見直し」が行われにくく、社会状況に合わせた柔軟さを持ち合わせていないと指摘されてきました。特に長期化したダム事業では、こうした傾向が顕著で、その典型的な事例が八ッ場ダムだと言われています。
 長期化したダム事業の見直しが進まない理由として挙げられるのが、形式的な事業の再評価の仕組みで、いわゆる「やらせ」にも等しい実態です。

 わが国でも長期化したダム事業の再評価をするプロセスはあるます。けれども、ダム事業の再評価をする場合、「費用」(コスト)も「便益」(ベネフィット)もダム事業者(八ッ場ダムの場合は国土交通省関東地方整備局)みずからが計算した数字が使われます。ここで問題となるのは、「便益」の数字の妥当性です。
 また、事業の再評価を行なう委員会の事務局も、国交省自らが務めます。有識者といわれる再評価委員会のメンバーは、事務方が用意した資料をもとに、ダム事業継続にお墨付きを与えるだけで、数字の妥当性、計算のあり方などに異議を唱えることは殆どなく、現地調査も行われません。こうして、多くのダム事業が第三者から客観的に検証される機会もなくダラダラと続けられてきました。
 
 民主党政権は政権交代に当たり、旧政権下で進められてきた全国のダム事業を見直すと発表しましたが、「河川村」が実権を握り続けている状況に変化はありません。
 きたる8月11日に開催される国交省関東地方整備局による八ッ場ダム等の再評価委員会の記者発表資料を見ると、会議を関係住民が直接傍聴できないなど、閉鎖性が際立っており、河川行政が一般国民にとってアンタッチャブルな聖域であることがわかります。→ http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000042632.pdf

 このほど、北海道のダムについて、市民団体が費用便益比を試算したところ、国や北海道の計算が恣意的であることが明らかになりました。
 以下の新聞記事は、このことを大きく取り上げたもので、八ッ場ダムなど全国のダム事業に共通する問題がクローズアップされています。

◆2011年7月31日 毎日新聞北海道版

サンデー・トピックス:3ダムの費用対効果、異なる算出結果 /北海道

◇想定被害額「行政過大に試算」

◇過去の5倍以上 市民団体「見直し形だけ」

 国のダム事業見直しをめぐり、独自の費用対効果を検証した市民団体「北海道脱ダムをめざす会」が、国土交通省や道に検証結果を報告した。

 検証対象にしたサンル(下川町)▽平取(平取町)▽当別(当別町)の3ダムの費用対効果は国や道が算出した数値を大きく下回り、いずれのダム建設も「効果なし」と判断された。国や道は「効果あり」と算出している費用対効果。両者の算出はなぜ大きく異なるのか“検証”した。【片平知宏】

■最大1.32ポイント差

 市民団体が費用対効果を検証したダムは国直轄のサンル、平取と道補助の当別の3ダム。国交省北海道開発局や道の費用対効果の算出は、将来予想される水害被害や水道用水の供給など項目ごとに金額に換算して「効果」とし、建設費用で割った数値を費用便益比と呼んでいる。

 費用便益比が「1」を下回ると、効果の乏しい事業だと判断される。開発局や道はサンル1・63▽平取1・32▽当別2・04といずれも1を上回ると算出し、市民団体はサンル0・69▽平取0・53▽当別0・72と試算。両者には0・79~1・32ポイントの開きがあった。

 費用便益比の算出で、市民団体と行政の試算結果が大きく異なる理由は、想定水害被害額の算出方法が異なっているからだ。

 行政は、100年に1度発生する大規模災害から5年に1度の小規模災害まで、ダムが存続する50年間に想定される被害額を国交省のマニュアルに基づいて積算。例えば、サンルダムでは100年に1度起きる被害の最大額を9579億円と試算したうえで、発生確率論的に50年間に平準化した想定被害額を882億円と算出している。

 しかし、実際に同ダム流域で資料の残る過去38年間に発生した洪水被害の最高額は1975年の約70億円で、現在の物価に換算しても約120億円。市民団体は「行政の試算はあまりにも過大で、実際に発生した最大被害額を50年換算で計算し直しても6分の1強の被害にしかならない」と指摘。仮に将来の予想被害額を2倍程度、多く見積もったとしても行政の算出額の3分の1の294億円にしかならないと主張している。

■検査院「要検討」

 会計検査院は10年10月、国直轄など建設中の39ダムの費用便益比を対象に想定水害被害額と実際の被害額を比較した結果、5年に1回は発生すると想定される規模の水害が28ダムで10年間ゼロだったほか、20ダムで発生した水害も想定被害額の1割にも満たなかった。このため、検査院は「算出方法を合理的にするよう、検討が必要」と指摘した。

 市民団体「水源開発問題全国連絡会」(東京都)で共同代表を務め、3ダムの費用対効果を検証した嶋津暉之さん(67)は「ダムによる洪水被害額は、実際の被害額の5倍以上の値を見積もっており、便益(ダムの建設効果)が過大になっている」と指摘。「問題のある費用対効果に基づいたままでは、形だけの『ダム見直し』になりかねない」と批判する。これに対し、開発局や道は「想定水害被害額は国交省のマニュアルに基づいて算出したものであり、実際の水害被害額とは異なる」と正当性を主張している。

 比較検討が必要
 京都大の今本博健名誉教授(河川工学) 国の水害想定額は通常あり得ないほど大きい。実際の被害額との比較検討が必要だ。洪水の際、堤防が壊れて水が流れ出す「破堤」が1ケ所でも起これば、通常は水量が減少して下流は破堤しない。しかし、国交省のマニュアルでは、通常はあり得ない複数個所の破堤まで想定しており、あくまでダムを造るためのマニュアルになっている。

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■ことば

◇国のダム事業見直し

民主党は政権交代を果たした09年の衆院選で「コンクリートから人へ」などと掲げ、鳩山政権が、国直轄と道府県が国の補助で進める全国143ダムのうち、89ダムを新基準に基づき再検証するダム事業の見直しを打ち出した。道内では国直轄のサンル▽平取▽新桂沢▽三笠ぽんべつの4ダムと道補助の厚幌ダムの計5ダムが対象。道補助の当別ダムは本体工事が着工済みだったため、対象外になった。道が厚幌ダムを「事業継続」と国交省に報告したほか、4ダムについては開発局が地元などと必要性を協議している。

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◆3ダムの費用対効果の比較◆

(上段が行政、下段が市民団体の試算)

総費用 洪水調整 費用便益比

<サンルダム>

629 882(1025) 1.63

294( 437) 0.69

<平取ダム>

634 759( 839) 1.32

253( 333) 0.53

<当別ダム>

399 357( 815) 2.04

119( 288) 0.72

(注)単位は億円、かっこ内は総便益。サンルは08年度、平取は09年度、当別は05年度の評価結果。