「八ッ場ダム」見えぬ決着(東京新聞連載記事)

 八ッ場ダム問題が置き去りにされたまま、八ッ場ダム事業の形ばかりの検証作業がダム事業者の国交省関東地方整備局によって進められています。問題解決に程遠いこうした状況を伝える連載記事が群馬版の紙面に掲載されていましたので転載します。

◆2011年8月5日 東京新聞群馬版より転載
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20110805/CK2011080502000072.html

 ー「八ツ場ダム」見えぬ決着<上> 政治の無責任 中身ない「是非論」応酬ー

 「治水や利水の面で完全な必然性がなければ、八ッ場(やんば)ダムを造るべきではない」。二〇〇八年八月、八ッ場ダム建設予定地の長野原町を訪れた鳩山由紀夫前首相。当時民主党幹事長だった鳩山氏が発したこの言葉が、同ダムをめぐる一連の政治問題の端緒となった。

 鳩山氏が八ッ場ダム事業の存在を問題視した時点で、ダム計画はすでに提示から半世紀以上が経過していた。この間、地元住民は地域の将来図を描けないまま放置され、ダム予定地の集落は加速度的に衰退。ダム問題は、単純な是非論では片付けられないほどに複雑化していた。

 住民らの苦しみをよそに、民主党は「国の公共事業のあり方を見直す」として八ッ場ダムの建設中止をマニフェストに盛り込み、〇九年の衆院選で大勝。国土交通相となった前原誠司氏が就任直後に「マニフェスト通りに中止する」と宣言したことで、八ッ場ダムは政権交代の象徴的話題として急浮上した。

 だが、その後の民主党政権の政策や関係者の発言は、ダム問題を解決に導くものとは程遠かった。前原氏は「(住民の生活再建に関する)新たな補償を新規立法で行う」としながらも、在任中に実行することはなかった。前原氏から国交相を引き継いだ馬淵澄夫氏は「中止の方向性に今後一切言及しない」と政権の基本方針を“封印”。大畠章宏国交相に至っては、ダム問題に関する言及が極端に少なくなった。

 一方、自民党の県関係国会議員や大沢正明知事の言葉も重みを欠いた。あくまで民主党批判を目的とした「ダム推進」の主張を繰り返すにとどまり、ダム予定地の住民が置かれた苦境を打開しようという明確な意思は感じられない。

 民主党政権が八ッ場ダム建設中止を宣言してからもうすぐ二年。政治の世界では、中身のない是非論のみが交わされ、ダム予定地の住民に“光”を与える提案は一切出てこなかった。八ッ場ダム問題は、結果的には政治家の「無責任」のみを如実にあぶり出した。
◇    ◇
 民主党政権の誕生とともに、建設の是非をめぐって全国的な騒動となった八ッ場ダム。問題の打開や決着への道のりは現在も見通せないままだ。今秋をめどに国のダム再検証の結論が出される前に、ここまでの政策的な取り組みや、ダム予定地の状況を振り返った。
                        (この企画は、中根政人が担当します)

◆2011年8月6日 東京新聞群馬版より転載
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20110806/CK2011080602000072.html

 -「八ツ場ダム」見えぬ決着<中> 不透明な再検証 「予断なき議論」に疑問-

  「中止ありきではなく、八ッ場(やんば)ダムの必要性を予断なく再検証する」。二〇〇九年十月二十七日、前橋市内で同ダム事業に参画する六都県知事と会談した当時の前原誠司国土交通相。政権交代直後の「ダム中止宣言」が地元住民の猛反発を受け、わずか一カ月余りで“騒動”の沈静化に動かざるを得なくなった。

 無駄な公共事業の削減、「政官業癒着」の根絶…。本来、民主党が八ッ場ダム中止の理由に掲げたこれらのテーマは、政権と地元関係者との感情的なやりとりばかりがクローズアップされる中で次第に見失われていった。

 ダム建設の是非に関する議論は現在、河川工学の観点による検証の枠組みに委ねられている。後任の国交相となった馬淵澄夫氏は、ダム建設の根拠となった利根川の基本高水の計算方法にも疑問を示し、前原氏の政策を補強した。だが、再検証作業は、政権交代で市民が期待した「開かれた議論」とかけ離れた展開を見せている。

 ダム本体の再検証は、国交省関東地方整備局の「検討の場」で昨年十月から議論が進められている。だが、七月までに計七回開催されたのはいずれも流域都県の知事らは出席しない事務レベルの幹事会で、同整備局が示した利水の代替案を関係都県が「絵空事」と切り捨てるなど、かえってダム建設の妥当性が強調される現場となっている。

 一方、基本高水の再検証では、利根川の治水基準点となる伊勢崎市八斗(やった)島の最大流量について、国交省が「再計算値は、(ダム建設を妥当とした)従来の値とほとんど同じ」とする結果を発表。検証作業を担当した日本学術会議の分科会も、国交省の作業を“追認”するにとどまった。

 大畠章宏国交相が「今秋をめどに、なるべく早期に結論を導く」としているダム再検証。作業の過程を見る限り、国が言う「予断のない」ものとなっているか疑問だ。議論は難解な専門用語の中に閉じ込められ、ダム問題自体が市民から遠い存在になりつつある。

◆2011年8月8日 東京新聞群馬版より転載
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20110808/CK2011080802000071.html

 -「八ツ場ダム」見えぬ決着<下> 建設予定地は今 住民の心覆う「むなしさ」-

 「八ッ場(やんば)ダム建設中止を前提とした生活再建の議論は絶対にできない」。昨年一月二十四日、当時の前原誠司国土交通相との意見交換会に臨んだ長野原町の住民代表らは、声をそろえてダム建設を主張。見通しの立たない地域復興の実情を訴えた。

 ダム中止が宣言されてからの約二年間、建設予定地の長野原町では、半世紀以上も翻弄(ほんろう)されたダム計画が止まったことへのむなしさと、将来の青写真が描けないことへの苦しみが住民の心を覆っている。

 ダム問題に関わった前原氏、馬淵澄夫氏、大畠章宏氏の三人の国交相は、いずれもダム建設予定地を訪問したものの、地元首長との会談の場でダムを中止した場合の生活再建案を示すことは一切なかった。「国は重要なことに何も取り組もうとしない」。ダム建設の賛否を超えた次元で、住民らはダム問題への国の“本気度”を疑うようになっている。

 八ッ場ダムを造らない場合の地域の将来がはっきりしないままでは、ダム計画に依存してきた長野原町を翻意させることは到底不可能だ。同町の高山欣也町長は「国は、住民を納得させるだけの説明をしていない」と、民主党政権を突き放した態度をとり続ける。

 長野原町では、ダム建設を前提とした生活再建事業の一環として、新たな道路や街区の工事が着々と進む。大半の区間が完成した国道145号バイパスは、草津温泉など周辺の観光地へ向かうバスや乗用車がひっきりなしに行き交うが、そのルートは、ダム建設予定地にある川原湯温泉などを迂回(うかい)する。温泉街に近い国道の旧道は交通量がめっきり減り、ダム予定地の集落の衰退に拍車を掛けているように映る。

 「八ッ場ダムをめぐる騒動に振り回されるのはもうごめんだ。落ち着いた暮らしを早く取り戻したい」。地元住民の願いとは裏腹に、民主党政権の混迷の中で八ッ場ダム問題は存在自体が世間から忘れられつつある。そして、住民にとってのダム問題の「決着点」は今も闇の中だ。