11/4有識者会議の議事録

2011年11月25日

 さる11月4日、国交省関東地方整備局は「八ッ場ダムがベスト」とする同局の案について、学識経験者の意見を聞くとして、「学識経験を有する者の意見聴取の場」が開かれました。

 この時の議事録が11月22日、関東地方整備局のHPに掲載されました。
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000049797.pdf

 この会議に参加した「学識経験を有する者」は2006年に設置された利根川・江戸川有識者会議の委員らで、同局のホームページに名前と肩書きが掲載されています。
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000046079.pdf

 会議を伝えた翌日の報道は、タイトルを「指摘や注文相次ぐ」とした東京新聞から、「八ッ場ダム13人中12人「建設」了承」とした読売新聞まで、紙面によってかなり異なりました。
 https://yamba-net.org/modules/news/index.php?page=article&storyid=1413

 このほど公表された議事録を見ると、どのような議論が行われたのかがよくわかります。
 
 一般に行政が設置する有識者会議は、座長が役所の意見に沿って結論をまとめるのが通例といわれます。その結論が自然に導き出されるものであれば、座長の采配は常識的に行われますが、今回の宮村忠座長の司会は強引さが目立ちます。批判的な意見を押さえ込まなければならないという重責を担っているからでしょう。
 議事録の前半は、関東地方整備局による無味乾燥な報告です。「討議」は議事録の11ページ目から始まります。
 八ッ場ダムの検証結果に問題があるという姿勢で報道している中日新聞の野呂法夫委員は、この会議でも活発に問題点を指摘し、批判的な意見を述べていますが、これに対して宮村座長は、次のように釘を刺しています。

 「野呂さんの意見は、そのまま意見として。あまり極端なアジ的なあれも、今ここではやらないように。」
                                             (議事録24ページ)

 また、「討議」の最後では、次のように述べています。

 「もっと早くからというお話がありましたけれども、これについてはさんざん議論されてきて、大変申しわけないですが私もコメントだけしますと、先ほど地元の人たちの話が清水さんから出ましたけれども、これからやるときに地元がどう苦労するかというより、今までさんざん苦労して、ふと全然地元とは関係なくとまって、さあ客観的に検証しろと言われても、地元の人は非常につらいと思います。苦労してきた地元に対して思うと、もうほじくり返すような議論はいい加減にしてくれというのが私の個人的な意見で、そんなことを含めて、今日いただいた意見をこの委員会の意見として予定どおり報告書として、しかもそれは委員名を書くんですか。どうするんですか。」(議事録30ページ)

 座長が「議論はいい加減にしてくれ」というのでは、議論が成り立ちません。これまで地元民に犠牲を強いてきた八ッ場ダム事業の中で、御用学者として宮村氏が果たしてきた責任は、決して小さなものではありません。こうした経緯をほじくりかえされるのは「いい加減にしてくれ」という思いがあるのでしょうが、地元民のことを思いやっているという発言趣旨は、関係と県知事らの常套手段ともなっている稚拙な議論のすり替えです。本当に地元民のことを考え、責任を感じているのなら、こんなことは口が裂けてもいえない立場のはずです。

 こうした座長の下で行われた「討議」ですが、中には委員の見識が注目される発言も見られます。
 以下は、小林忍氏(上毛新聞論説委員
の発言です。

 「上毛新聞社の小林です。今回の検証は、先の大臣だったと思うんですけれども、予断を持たずに検証をやるということで始まったわけだと思うんですが、予断を持たずに検証というので一番大事なのは、言うまでもないと思うんですけれども、科学的なデータに基づいて下す、それについて説明責任を果たすということに尽きるんじゃないかと思います。今回のダム案有利という結果につきましては、群馬県当局からすると歓迎すべき方向だろうし、地元の住民にとっても望むべき方向だろと思うんですけれども、検証に携わった方々が科学的なデータに基づいて出した結論について、異を唱える人が少なからずいるわけです。
 これについては、一方で科学的なデータをもとにして出した結論、また、別なデータをもとにして出した結論が対立するというのは、ダムが建設される場に住む人間にとってはちょっと不幸な状態であると思っています。ですから、検証をした側の方たちからすれば、当然説明責任があるわけですから、異論についてどういう説明をされるのか。是非してほしいところであると私は思っています。そういう場があるのかどうかというのも、一つお聞きしたいところであります。それをやらないと、地元の人間、あるいは下流域の人にとっても、将来禍根を残すような結果になるんじゃないかというのが一つ危惧されるからであります。」