八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

水増しされた八ッ場ダムの「治水便益」

2011年11月26日

 公共事業ではコストベネフィット(費用便益、B/C)が事業推進の裏づけとされます。多額の税金を投入することにより、関係住民に恩恵がもたらされるかどうかを示すバロメーターですから、その数値がおおよそ正しいのであれば、確かに事業推進の説得力ある材料となります。

 国交省関東地方整備局はさる11月21日、国土交通省本省に対して「八ッ場ダム建設継続」とする検証結果を報告する考えを関係都県に示しました。その根拠として関東地方整備局が掲げたのが、ダム建設が最も有利とする総合評価と、この「費用便益」でした。
 八ッ場ダムの建設目的は主に「治水」と「利水」ですが、「費用便益」においては「治水」が圧倒的に大きな位置を占めます。八ッ場ダムの「治水便益」については、従来から様々な疑問が投げかけられてきました。計算の科学的根拠に疑問符がつく中で、2007年に示された2,9という数値がその2年後の2009年には3,4に上がったからです。会計検査院は2010年、この問題について、「算定方法をより合理的なものとするよう検討する必要がある」と指摘しました。
 ところが、10月6日に公表された同局の八ッ場ダム検証報告の素案では、さらにこの数値が6.3とはね上がりました。

 この問題について、「しんぶん赤旗」は同党の塩川鉄也衆院議員が質問主意書を提出したことを次のように報じています。

◆しんぶん赤旗 2011年11月22日
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-11-22/2011112202_03_1.html

 -八ツ場ダム 費用対効果4年で倍に 塩川氏 過大推計指摘ー

 事業継続の是非が検討されている八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)について国土交通省関東地方整備局が10月に作成した「検討報告書」の内容に「信頼性に疑問」があるとして、日本共産党の塩川鉄也衆院議員が21日までに質問主意書を提出しました。

 質問主意書でただしたのは、八ツ場ダムの「費用対効果」の記述です。同整備局の報告書によると、ダムで得られる治水や利水の利益について、同ダム建設にかかる費用(総事業費)の「6・3倍」もあるとしています。

 同整備局が2007年12月に示した費用対効果は「2・9」。09年2月では「3・4」となっていました。今回の「6・3」は、4年で2倍以上の増加となります。

 この急増について、質問主意書は、洪水調節や観光で得られる便益の水増しを指摘しています。

 さらに塩川議員の調べによると、報告書で国交省は八ツ場ダムがない現状では毎年6788億円の洪水被害を想定していることが分かりました。

 しかし、塩川議員が過去48年間の利根川流域での被害額を調査したところ、年平均179億円の被害にすぎません。38倍となる国交省の想定について「実際の洪水被害発生額とかけ離れた架空の数字」と疑問をつきつけました。

 こうした過大な想定額の根拠と野田内閣の認識を質問主意書はただしています。

~~~転載終わり~~~

 「八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会」では、「治水便益」の根拠資料を情報公開請求し、八ッ場ダム検証報告の素案に関する公聴会において、開示資料の分析をもとに、深澤洋子さん(八ッ場ダムをストップさせる東京の会代表・八ッ場あしたの会会員)が意見陳述を行いました。以下、深澤さんの意見陳述から、「治水便益」に関わる部分を転載します。

◆2011年11月6日 
 「八ッ場ダム建設事業の検証に係る検討報告書(素案)」公聴会(さいたま会場)における発表意見(深澤洋子さん)より抜粋

 八ッ場ダムの費用便益計算、つまりコスト・ベネフィットのカラクリについてお話しします。
 私たちはこの資料を、パブコメを書くのに必要だから見せてほしいと関東地方整備局に頼んだのですが断られました。それで情報公開請求して、やっと先週入手し分析したところです。

 この資料をもとに計算すると、八ッ場ダムがないケースで、毎年の洪水から50年に1回の洪水までの氾濫被害額を累計した時、利根川流域の氾濫被害額は年平均で6,788億円、八ッ場ダムがあるケースで5,693億円と想定されており、差し引き1000億円余りが(確率処理を経て)年平均被害軽減期待額という八ッ場ダムの便益になります。
 しかし現実には、「水害統計」によれば、利根川全体の1961~2007年の47年間における年平均被害額の実績値は181億円(現在価値への換算額)であり、(ダムなし)想定被害の2,7%にすぎません。

 ダムの過大な便益を生み出すこうした過大な被害想定について、国交省は会計検査院から2010年10月に次のように改善するよう指摘されています。

「年平均被害軽減期待額の算定の基礎となる生起確率が高い降雨に伴う想定被害額については、過去における実際の水害の被害額を上回っているものが多く見受けられた。(中略)上記の状況を踏まえ、年平均被害軽減期待額の便益の算定方法をより合理的なものとするよう検討する必要があると認められる」

 という指摘です。
 しかし今回の費用便益計算も、八ッ場ダムのB/Cを膨らますため、不遜にもこのまっとうな指摘を完全に無視しました。費用対効果を出すたびに、2,9→3,4→6,3と膨れ上がってきた八ッ場ダムのB/Cは、このようにデタラメなものなのです。

 ではどうしてこんなに過大な被害想定になるのか。
 一つには、現実の洪水ではあり得ない、何カ所でも同時に破堤するという想定をしているからです。実際には上流ブロックで氾濫すれば、河川内の洪水の一部が外に逃げて水位が下がるため、下流ブロックでの氾濫は起きにくくなります。ところが、国交省は上流ブロックで氾濫しても、それとは無関係に下流ブロックでも氾濫するという前提で計算しているのです。しかもそれは、5年に1回の洪水でも2、3カ所、10年に1回の洪水では3、4カ所破堤するという計算です。もちろん現実には、利根川本川では1949年のキティ台風以来60年間、氾濫らしい氾濫が起きたことはありません。このように、現実と遊離した頻繁な同時多発的な氾濫を想定することで、氾濫被害額が大幅に水増しされているわけです。

 この報告書の5章「費用対効果の検討」では、洪水の他に「流水の正常な機能の維持」が取り上げられています。そもそも、川を分断するダムによって「流水の正常な機能の維持」をはかるというのはブラックユーモアです。ダムを造って川の自然な流れを断ち切っておきながら、これだけの水はチョロチョロ流しますよ、ありがたいでしょう? と、ダムの便益に計上するペテンのような手法です。今、吾妻渓谷の流量が少ないのは、水力発電所に水を取られているからで、来年春の水利権更新にあたり「発電ガイドライン」で流量が増加すれば、本来の吾妻渓谷の姿が復活します。八ッ場ダムで「流水の正常な機能の維持」をはかるなどという口実は消し飛んでしまうのです。
 (中略)
 「費用対効果の検討」の一環として「流水の正常な機能の維持」のために、あなたならいくら払いますか、というアンケートが行われています。その際、八ッ場ダムができることで吾妻渓谷上流部の川原湯岩脈などの貴重な自然景観が水没すること、ダム下流で岩を洗う自然な増水がなくなることにより、下久保ダム下流の三波石峡のように草茫々の無惨な姿となることには全く触れていません。発電ガイドラインで、八ッ場ダムとは関係なく流量が増えることも説明していません。それらの八ッ場ダムのマイナス面を伝えていたら、回答者の支払い希望額は全然違っていたでしょう。偏向した作為的なアンケートと言えます。

 情報公開請求で入手したアンケート内容と集計結果によれば、郵送で1500票送って648票回収、そのうち抵抗・無効回答が322票と約半数です。抵抗回答というのは、ダム事業に反対、アンケートに反対といった回答だそうですが、その場合は当然、支払い希望額はゼロでしょう。ところが集計では、有効回答280票のみを分析し、その平均に調査対象の52万世帯を掛け合わせ、8億5千万円という途方もない便益をたたき出しています。抵抗回答を書いた人も、ばかばかしいからアンケートを返送しなかった人も、全世帯が年間1632円払ってもよいことにされています。利根川流域の吾妻渓谷周辺50キロに住む全世帯が、八ッ場ダムの「流水の正常な機能の維持」のために、毎年8億5千万円払ってもよいことにされたのです。そしてこのアンケートは、発電ガイドラインによって自然な流量が「ただで」回復することから、全く無意味な税金の無駄遣いであったということになるのです。

 この「流水の正常な機能の維持」の総便益はダム完成後の50年間で139億円とされ、洪水調節の総便益、つまり八ッ場ダムによって防止できるとされる洪水被害額2兆1925億円と比べればちっぽけなものです。でも私は知っていただきたいのです。ダムのベネフィット、効果としてこんなブラックユーモアのような「機能」が計上されていること、そのばかばかしい代替案を考え、あやしいアンケートを実施するために、国民の税金が無駄遣いされていることを。

 河川行政ではいつまで、このような不合理なことが続けられるのでしょうか。ダムを造り続け、河川改修を怠る河川行政の現状は、原発推進に巨費を投じ、自然エネルギーへの投資を阻んできた原子力行政と同じ構図です。ついに起こってしまった原発事故により、原子力ムラにはひびが入ったかもしれませんが、河川ムラは八ッ場ダムを造ってしまえば百年安泰と喜んでいるように見えます。
 ですが、造ってしまった後で、徳山ダムのようにやっぱり水は要らなかった、大滝ダムのようにやっぱり地滑りが起こってしまった、ということにならないでしょうか? 今引き返せなかったら、3.11の時のように、私たちは無念の自責の涙を流すことになるでしょう。議論を闘わせてこそ、真実が見えてきます。八ッ場ダムの反対派も加えた、議論する検証の場がどうしても必要です。この検証の一からの出直しを、あらためて求めます。
(資料の分析、原稿作成にあたっては、嶋津暉之氏、梶原健嗣氏のご協力を頂きました。)

~~~転載終わり~~~

 水増しされた八ッ場ダムの治水効果に関しては、こちらに詳しい論考を掲載していますので、ご参考になさって下さい。
 https://yamba-net.org/wp/doc/20111128karakuri.pdf
 「費用対効果6.26のからくりを解く ~水増しされた八ッ場ダムの治水便益~」
                      八ッ場ダムをストップさせる東京の会
                      文責:梶原 健嗣(東京大学大学院新領域創成科学研究科・博士課程修了)
                            博士論文「戦後ダム開発の論理と構造~利根川水系を中心に~」