八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場は地滑り多発  ダム建設に不向き

◆2011年11月27日 東京新聞「こちら特報部」より転載

 -八ッ場は地滑り多発 ダム建設に「不向き」 追加工事150億円のナゼ 極めてもろい火山性の地盤  失敗例の奈良・大滝ダム 水ためて移転ー

 八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)の建設継続の是非について、年内にも前田武志国土交通相が最終判断を下す。ゴーサインが出れば、本体工事の入札が始まることになるが、一方で水没予定地の地滑り対策など約百五十億円の新たな追加工事も計画されている。これまでも複数の研究者が「ダム建設には不向き」と指摘してきたが、一体どのような土地なのか。成り立ちからあらためて考えてみた。 (小倉貞俊)

 「ひと言でいえば、ダムに適さない地質。災害のリスクが少なくない」。群馬県の火山や河川の地形を三十年にわたって研究している竹本弘幸・拓殖大非常勤講師(五三)は、こう話す。
 竹本氏が示したのは、米ワシントン州のセントへレンズ山が一九八〇年五月に噴火した際の写真だ。噴火では、山の不安定な部分がなだれのように高速で崩れ落ちる「岩屑なだれ」という現象が発生。谷は約三十㌔もの距離にわたって堆積物に埋め尽くされたという。
 「八ッ場ダム建設予定地である深い吾妻渓谷のV字の地形は、この噴火をイメージすると分かりやすい。実は、同様の成り立ちなんです」
 建設予定地から約二十㌔はなれた長野県境の浅間山(二、五六八㍍)では二万四千年前、大規模な噴火が発生。この際、山の一部が崩壊し、大量の岩屑なだれが吾妻渓谷に流れ下った。渓谷内で最も狭い八ッ場地区から上流は、通過できなかった土砂で埋め尽くされた。これが「応桑岩屑なだれ堆積物」と呼ばれる地層だ。
 その後、長い歳月をかけて侵食され、吾妻川が元通りに流れるようになった後も、吾妻渓谷上流の両岸には、数十㍍もの厚さの堆積物が残される形となった。
 「なだれ堆積物は、山の表面が火山噴出物とともにそのままの状態で流れて、固まったもの。土、溶岩、火砕流などさまざまな部分のブロックがくっついている状態で、非常にもろい」
 実際、現地を調査したところ、堆積物の地層のある高さや厚さが場所によってばらついており、地滑りが頻発していたことが判明。「地滑りと土砂崩れを繰り返して形成されてきた土地だ」
 国交省関東地方整備局も応桑岩屑なだれ堆積物について「土質は締まっているが凝縮力が小さく、水に漬かれば崩れ易くなる」との認識だ。
 実は、さらに問題視されるのが、なだれ堆積物が乗っかっている火山性の地盤だ。「この地盤は熱水変質帯といい、マグマによる地中内の熱水などで粘土化したり、風化が進んだりして弱くなっている」。名湯・川原湯温泉の”源泉”にも通じる。
 八ッ場ダムが建設されれば、ここに水を最大で標高五百八十三㍍地点までためることになるが、安心していいのか。
 竹本氏は「堆積物の重みも加わり、地滑りが起こりやすくなる、崩落を誘発する恐れがある」と警鐘を鳴らす。

 こうした地滑りなどの可能性に対し、どんな対策が取られてきたのか。
 国交省関東地方整備局は当初、地滑りの可能性があるとされてきた二十二カ所を調査し、「対策が必要なのは三ケ所のみ」と結論づけた。
 だが二〇〇九年に新たな技術指針をまとめ、対策工事が必要な箇所を検証。八月末にまとめた検討報告書では、新たに川原畑など八カ所の対策工事をするとし、百九億七千万円を見積もった。

 対策工事効果 十分ではない

 対策は主に二種類。想定される地滑り面の下部に土を盛り、地滑りを食い止める「押さえ盛土工」と、地滑り面の上部の土を取り除き、重みを減らすことで対処する「排土工」だ=右の図。
 しかし「部分的には一定の効果はあるが、十分ではない」と指摘するのは、元京大防災研究所教官で砂防工学を専門とする中川鮮氏(七四)だ。「ダムの水位が上下する点に注目してほしい」
 水位が高い状態では、水が斜面を押しつける力が発生。水位が下がると、引きずり落とす力が起きる。ダムの斜面の土壌には水が浸透しているため、「何度も水位を上下させることで、地滑りを誘発してしまう」
 また、崩壊でダム湖に土砂が堆積し、貯水量が低下する恐れもある。「押さえ盛土も排土もコストが安く済む方法だが、本来、地滑り地形にはなじまない。皮肉なことだが、抜本的な安全対策は『水をためないこと』だと言わざるを得ない」
 中川氏がさらに疑問を持つのは、宅地や付け替え道路などを造る「代替地地区」の安全対策だ。八月末の検討報告書で、地滑り対策と別に三十九億五千万円をかけて川原湯代替地など計四カ所で地滑りを防ぐ工事を新たに実施するとした。
 この工事は、想定される地滑り面を固定させるため、鋼管の杭やアンカーボルトを打ち込むが「火山性の地盤は酸性のため、鉄を劣化させる性質がある。既に工事の終わった代替地のアンカーボルトにさびが出ている所も。時間とともに緩むものでもあり、長期にわたって安全と言えるものではない」とみる。
 地質学の研究者らでつくる「応用地質研究会」元会長の中山俊雄氏(六八)も「八ッ場ダム内の斜面には、地滑りの危険性があるさまざまな地層がある。工事を追加したとはいえ、優先順位をつけたにすぎず、残る箇所が安全かどうかは別だ」と語る。
 近年にも複数の地点で小規模の地滑りが繰り返し起きており、「現地調査をすれば、もっと増加する可能性がある」。
 失敗例として挙げるのが大滝ダム(奈良県川上村)だ。国交省はダム本体完成後の〇三年八月に試験的に水をためたところ、地滑りが発生。湖岸の三十八戸が移転を強いられた。その後も別の地点で地滑りの危険性が判明し、押さえ盛り土やアンカーボルトなどの対策工事を追加した。 工事費は移転補償費と合わせて三百八億円も増え、総事業費は三千六百四十億円に膨らみ、ダムは運用できていない。

 移転した住民 損賠請求勝訴

 移転住民は損害賠償訴訟を起こし、今年七月に大阪高裁が「地滑りの危険は予見できた」と国の安全対策の不備を認め、住民が逆転勝訴した。
 八ッ場ダムも、総事業費は〇三年に四千六百億円に倍増し、今後も関連する出費を含めて膨らんでいく見通しだ。中山氏は「もちろん大滝と八ッ場では地質が異なるが、小規模な対策工事を繰り返して費用が拡大していく点など、共通する部分がある。八ッ場の将来を暗示していないだろうか」と懸念する。