思川開発事業(南摩ダム)の抱える矛盾

2012年7月27日

 水資源機構による栃木県の思川開発事業は、群馬県の八ッ場ダム事業と共に問題の多い首都圏の巨大公共事業であるとして、「八ッ場ダムをストップさせる市民連絡会」に所属する「ムダなダムをストップさせる栃木の会」が栃木地裁に住民訴訟を提訴しています。
 思川とは利根川支流の渡良瀬川の支流で、思川開発事業の中核となっている南摩ダムは、この思川のさらに支流の南摩川に計画されています。
思川開発事業の歴史は、東京が「オリンピック渇水」に見舞われた昭和40年代に遡ります。実施計画調査に着手したのが昭和44年度。八ッ場ダムの実施計画調査が昭和42年に始まっていますから、八ッ場ダムと同様、長期化しているダム事業の典型といえます。

 http://www.water.go.jp/kanto/omoigawa/jigyou/nenpyou.html
 思川開発事業年表(水資源機構 思川開発建設所ホームページ) 

 八ッ場ダム事業の場合は、国交省関東地方整備局による検証作業が滞りなく進められ、昨年10月に関東地方整備局が「継続妥当」との結論を出したのを受けて、12月に前田国交大臣が「継続」を決定しました。
 一方、思川開発事業は、昨年6月に検証作業の一貫として関東地方整備局により「関係地方公共団体からなる検討の場」幹事会が開かれた後、一年間、会議がストップし、検証作業も停滞してきました。「検討の場」幹事会は、この事業に参画している茨城県、栃木県、千葉県、埼玉県、東京都の部長らによって構成されています。↓
http://www.water.go.jp/honsya/honsya/verification/pdf/omoigawa/01_meibo.pdf

 さる6月29日、一年ぶりに第三回目の「思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場」幹事会が開かれ、このたび議事録が関東地方整備局のホームページに掲載されました。
http://www.water.go.jp/honsya/honsya/verification/omoigawa.html
 「思川開発事業の関係地方公共団体からなる検討の場」の経過

http://www.water.go.jp/honsya/honsya/verification/pdf/omoigawa/03_giji.pdf
 第三回幹事会議事録

 この議事録を見ると、思川開発事業は難問にぶつかり、このため「検討の場」が一年も開かれなかったのだと推測されます。
 難問とは、この事業の利水負担金を支払っている栃木県が思川開発に関わる水道事業の認可を受けておらず、そのための水需要予測が存在していないーつまり事業に税金を投入しているにもかかわらず、それによって得られる水(0,403?/秒)を使う当てがないということです。
 栃木県が「利水負担金」を支払ってきたのは、かつてはあった栃木県南部水道用水供給事業という構想によって県南部の各市町村に水道用水を供給する計画であったためです。しかしその後、地盤沈下が沈静化し、水需要の増加がストップしたことにより、事業参画の前提となっていた構想そのものが消えてしまいました。
 全国のダム等の水源開発事業では、高度成長期に需要増加を見込んで「利水」を前面に打ち出したものの、その後の社会状況の変化によって、「利水」に参画した自治体の撤退が相次ぎ、事業の中止や計画変更に至りました。ところが栃木県は、水を使う当てが無いまま、事業から撤退せずにきました。
 この問題は、2004年に始まった「ムダなダムをストップさせる栃木の会」による住民訴訟で原告が指摘したことですが、一審判決では「将来必要になるかもしれない」という根拠のない理由で裁判所が問題を取り上げませんでした。6月29日の関東地方整備局の「検討の場」では、国交省のダム検証の手順に「水道事業認可の状況」という項目があったため、行政が遅ればせながら、「水道事業の不存在」に問題があるという認識を公表することになりました。

 水需要予測は形だけのものならば作れるかもしれませんが、水道事業の認可は今さら得られるものではありません。栃木県は南摩ダムに関する水需給のデータの提出を関東地方整備局に求められていますが、栃木県、関東地方整備局、水資源機構はどうするつもりなのでしょう。

 議事録の中から関連箇所を転載します。

○広域水管理官(関東地方整備局)
 すみません。検討主体のほうからなんですけど、1点お願いがございまして、栃木県さんに対してなんですけれども、今回別添資料で整理させていただいたように、利根川の水系全体の水需要予測と、それに基づいた必要な開発施設としての思川開発事業の位置づけというものについては、一応確認させてはいただいているのですけれども、資料-1で説
明させていただいたとおり、水道事業認可の状況というところにございますように、栃木県さんの思川開発事業に係る水道事業認可について確認させていただいた結果、関係機関と協議し調整するというお答えをいただいているということでございます。
 申しわけないのですけれども、我々、今、思川開発事業についての検証というものをやっているところでございますので、全体のお話に加えまして、思川開発事業に関する部分についての資料について、追加して提出いただきたいと考えているところでございますので、ぜひご協力をよろしくお願いしたいと思っております。

○栃木県総合政策部長
 よろしいですか。今、お話しいただいたんですけれども、栃木県といたしましては、当初から県南の市、町からそれぞれの人口とか水需要の動向等を踏まえた要望水量をお聞きしまして、それをもとに事業に参画しているということでございますので、お話ですけれども、今回提出しております資料で、必要開発量の根拠と言いますか、その辺につきましては十分おわかりいただけるのではないかと思っているのですけれども。

○広域水管理官(関東地方整備局)
 よろしいですか。ちょっと今日は配付してございませんけれども、ダム事業の検証に係る検討に関する再評価実施要領細目というものがございまして、その中の利水等の観点からの検討という部分の中に、我々検討主体は利水参画者に対し、ダム事業参画、継続の意思があるか、開発量として何トン必要か、また、必要に応じ利水参画者において水需要の点検、確認を行うよう要請する。その上で検討主体において、例えば上水であれば人口動態の推計など、必要量の算出が妥当に行われているかどうかを確認するというふうに示されておりまして、これを我々としては予断なくやっていく上では、やはり思川開発の部分について追加して、その部分に関する資料というのをいただきたいなと考えているところでございます。
 これは八ッ場のときにも同じようなやり方でやらせていただいているところなので、ご理解いただければと思っております。

○事業課長(水資源機構)
 栃木県さんはいかがでしょうか。

○栃木県総合政策部長
 あくまでも検証のために必要というお話であれば、できるかどうかですけれども、思川開発事業単独の水需要予測が確認できる資料につきまして、提出できるかどうかも含めて検討させていただきたいと思います。
ただ、いずれの場合にいたしましても、ちょっと時間をいただくことにはなりますので、その辺ご理解いただければと思うのですが。

○広域水管理官(関東地方整備局)
 すみません、申しわけないのですけれども、ぜひよろしくお願いしたいと思います。

○栃木県総合政策部長
 検討させていただきます。
—– 転載終わり——

 南摩ダムは集水面積がわずか12,4平方キロメートルしかありません。このため、ダム上流の南摩川だけでは総貯水量5,100万立方メートルの南摩ダムを満たすことができず、これを補うために、思川の支流の黒川、大芦川の水を導水する二つの導水路とセットで計画されています。これら全部をひっくるめて思川開発事業といいます。

http://www.water.go.jp/kanto/omoigawa/jigyou/jigyou.html
 思川開発事業について(思川開発建設所ホームページ)

 思川開発事業は多くの矛盾を抱える公共事業ですが、事業の実態は八ッ場ダム同様、一般国民には殆ど知らされていません。上記の事業主体のホームページを見ても、事業費はいくらなのか、関係自治体が何のためにいくらの負担金を支払うのか、という基本情報が載っていません。
 以下のブログに、三回連載で思川開発事業についての詳しい解説が掲載されています。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/spmpy497/6161807.html?type=folderlist
「どうする? 利根川 どうなる? 利根川 どうする、私たち?!」―「使わない水に64億円?」

 また、7月15日に東京新聞が思川開発事業の問題を取り上げており、新聞記事がこちらに掲載されています。↓
 http://yambasaitama.blog38.fc2.com/blog-entry-1876.html
 八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会ブログ
 

◆2012年7月15日 東京新聞特報部より転載

 -見直し中の栃木・南摩ダム 需要試算なし 検証会議停滞ー

 栃木県鹿沼市の思川開発(南摩ダム)事業が本当に必要かを検証する作業が進んでいない。先月末、1年ぶりに検証会議が開かれたが、同県が水需要の試算さえ持っていないことが判明。建設に反対する専門家は「無駄なダムであり、一刻も早く中止すrべきだ」と訴える。(小倉貞俊)

 「いらないダムであることが、また一つ証明された」。ダム問題に詳しい水源開発問題全国連絡会の嶋津暉之共同代表はこう指摘した。
 南摩ダムは一九九四年、洪水調節や水道用水の確保などを目的に事業計画が認可された。二〇一五年度の完成を予定していたが、ダムなど大型公共事業の見直しを主張した民主党政権の発足を受けて〇九年十月に事業計画は一時凍結になった。その後、全国八十二ヶ所のダム事業と共に見直し検証の対象になった。現在、国土交通省関東地方整備局と事業主体の水資源機構、関係自治体とでつくる「検討の場・幹事会」で検討の是非を協議している。
 嶋津氏が問題視するのは、六月二十九日の第三回幹事会だ。ダムの水を使いたい流域自治体はこれまでに、必要水量や水需要予測の試算を提出していたが、栃木県が出したのは県内全体の水需要予測だけで、同ダムに関する水需要のデータを用意していなかった。同県は事務局の提出要請に対し「出せるかどうかも含めて検討する」と答えるにとどまった。
 「データ提出は不可欠」(水資源機構)であるにもかかわらず、こんな基本的なデータをつくっていない背景は、もともと同県が南摩ダムに合わせて県南部の市町に水道用水を供給する水道事業の認可さえも得ていないことと関係がある。水道事業をつくる際には水需給予測などが必要となり、その時点で用意されるが、水道事業そのものがなく、こうした基本的なデータがないまま、来てしまった。
 同県の担当者は取材に「今から市町に試算してもらうのは相当な時間がかかり難しい」というが、データがなければ、検証作業の進捗に影響が出るのは避けられない。嶋津氏は「水源を扱う水道事業が存在しない上、使う当てもない。県民の税金を使ってまで参画するダムなのか」とあきれる。
 建設反対運動の先頭に立ち、五月には著作「ダムとの闘い」(緑風出版)を出した藤原信・宇都宮大学名誉教授は「構想が浮上した一九六四年以降、規模の縮小や目的の変更を繰り返しなgら、しぶとく生き延びてきたダム。必要だから造るのではなく『建設ありき』だった」と批判する。
 同事業は、思川の支流・南摩川に造る南摩ダムに、地下の導水管でつないだ黒川と大芦川から取水し、水をためる仕組み。すでに総事業費(約千八百十八億円)の四割強が投じられ、用地取得や住民の家屋移転は済んでいるが、ダム本体と導水路は未着工だ。
 「導水路の掘削で地下水系が破壊され、生活用水に影響が出る恐れは大きい。黒川、大芦川周辺の住民は反発しており、同意しないだろう」
 水資源機構の試算では、工事の再開から完成までは六年九ヶ月かがかかる上、再開が一年遅れるごとに人件費などで約六億三千万円ずつ必要になる。藤原氏は「引き返す決断が必要だ」と力を込めた。

◆2012年7月27日 下野新聞
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/politics/news/20120727/838065

 -南摩ダム、水需要の検証「保留」のまま 県、必要資料提出できずー

 民主党政権が打ち出したダム見直しで、鹿沼市の思川開発(南摩ダム)事業の水需要に関する検証の一部が「保留」になっている。

 国土交通省関東地方整備局(関東地整)と水資源機構が本県に対し、「思川開発の水をどのように使うのか、具体的に確認できない」と資料の追加提出を求めているためだ。

 背景には、本県が県南の2市3町に水を供給する「水道用水供給事業」の計画を立てていないことに問題があるようだ。

 「われわれは今、思川開発の検証をしている。思川開発に関する資料を提出してもらいたい」。6月29日、さいたま市で開かれた「検討の場・第3回幹事会」。関東地整の担当者は繰り返し、本県の担当者に必要資料の提出を迫った。

 本県は思川開発に水道水の卸事業者として参画。栃木、下野の2市と壬生、岩舟、野木の3町に水を供給する。が、検証に必要な水需要予測に関しては県内の利根川水系全体の資料を提出しただけで、思川開発に関するデータを出さなかった。

 本県の担当者は幹事会で「市町から要望水量を聞いて、それを基に事業に参画している。提出した資料で分かるはず」と訴えたが、関東地整の担当者は首を縦に振らなかった。

 思川開発に参画する事業者のうち、本県だけ水道事業または水道用水供給事業の認可を受けず、計画もない。

 県生活衛生課の担当者は「県が川から水をくみ、浄水して水道事業体(市町)に売る。しかしどこでどうやって水をくみ、どこにどう水を送るかなどは分からない。責任を持って話せる具体的なものはない」と説明する。

 ダム事業に反対する水源開発問題全国連絡会の嶋津暉之共同代表は「今回の検証は改めて、思川開発で得た水を使うあてがないことを浮き彫りにした。

 栃木県は水を得るために約60億円負担する。県民の税金を使って事業に参加しているだけというのは許されない。撤退すべきだ」と批判する。

 検証開始から既に1年半余り。水資源機構は「目的は必要量の算出が妥当かを調べること。栃木県には水をどう使うかが分かる明確な資料をお願いしたい」と話している。