マニフェスト叩きとしての八ッ場ダム

 総選挙を控え、2009年の民主党マニフェストの象徴とされた八ッ場ダムが各メディアで取り上げられています。
 新聞の論調はおおむね民主党政権の無力さを批判するもので、ダム問題に触れるとしても、現地の住民がこの三年間、民主党政権のせいで翻弄されたことを強調するだけです。メディアに登場する住民は、各紙ほとんど違いがありません。
 現地が民主党政権に翻弄されたのは事実ですが、翻弄は1952年に八ッ場ダム計画が発表されてから60年間続いてきました。翻弄をテーマにこの三年だけをクローズアップすることは、ダム問題そのものを見えにくくしてしまいます。また、八ッ場ダム事業はダム予定地域や住民の生活破壊のほかに、災害誘発の危険性、首都圏の水余り、利根川治水における国交省のデータ捏造、ダム行政の腐敗等々、多くの社会問題を抱えているのですが、マスメディアはこれらの問題には殆ど踏み込むことがありません。かくして多くの国民は、”政争の具”としての八ッ場ダムしか知りません。

 東京新聞(中日新聞)の記事に掲載されている写真のコンクリートの構造物は、建設中の湖面1号橋の橋脚ですが、写真に説明がないため、ダム本体工事がすでに始まっていると勘違いした読者もいるようです。

 八ッ場ダムは今も本体工事未着工です。2009年の総選挙で自公政権が安泰であったら、国交省はとっくに本体工事に着手していたでしょう。民主党政権を誕生させた国民は、この三年間、政権の無力さに失望してきましたが、自公政権の継続を阻んだことが国交省に八ッ場ダム本体着工を止まらせてきたのです。この間、八ッ場ダムに反対する民主党内の良識的な議員らが本体工事阻止のために大きなエネルギーを注いできました。川内博史議員らはダム事業に反対してきただけでなく、ダム中止後の法整備にも力を尽くしてきました。川内議員らの尽力で国会に提出されたダム中止後の特措法案は、自民党の抵抗により国会で審議に入ることなく、このほどの解散で廃案になってしまいました。
 国民の願望を表した09年の民主党マニフェストを現実性がない、と批判する論調が目立ちますが、その意見に従えば、国民は政治に絶望するしかなく、腐敗した権力構造を温存する旧政権へ後戻りするか、強がりを言っているだけの野合集団に期待するという選択肢しか残されなくなってしまいます。

◆2012年11月20日 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/shuin2012/list/CK2012112002000183.html

 ー【衆院選2012】問われるもの<中> 政策作り 国民と共にー
 
パッチワークのような紅葉が映える晩秋の渓谷に、四本もの巨大なコンクリートの柱が威容を見せつけていた。

 群馬県長野原町の八ッ場(やんば)ダム計画地。建設中止を求める市民団体「八ッ場あしたの会」(前橋市)の事務局長・渡辺洋子さん(55)は「多くの国民の願いが詰まっていたはずなのに…」。刻々と削り取られていく渓谷の姿に肩を落とした。

 八ッ場ダム建設中止。民主党が二〇〇九年衆院選マニフェストで掲げた「コンクリートから人へ」の象徴だった。自民党が推進してきた大型公共事業路線からの決別宣言に民意は政権を託した。

 ところが、政権交代直後から、地元自治体や国土交通省の激しい抵抗を受け前田武志国交相(当時)は昨年十二月、建設再開を表明。ダム周辺の橋や道路は次々と造られ、本体も建設の前提となる利根川水系の河川整備計画の策定手続きが進む。

 大型公共事業の中止は、子ども手当など大きな財源問題を抱える政策とは違う。高らかにうたった「政治主導」を貫けば実現はできたはずだ。
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 挫折の理由は何か。

 渡辺さんは「私たちの声を聞かなかったから。『政権交代すれば中止できる』との一点張りだった」と指摘する。

 ダムを中止に追い込むには、計画地の地域振興や住民の生活支援策が欠かせない。あしたの会は、民主党が野党時代に法制化を働き掛け続けた。だが十分な検討や準備を怠ったことで、そのツケが政権交代後に一気に噴き出したといえる。

 政権に就いた際の国民との約束であるマニフェスト。民意とのキャッチボールを欠けば、もろく砕け散るのは当然だ。政権を取るための手段だったといわれても仕方ない。

 もう一つの約束違反は書かれていないことを実現した消費税増税法の成立だ。野田佳彦首相は〇九年の衆院選当時「書いてあることは命がけで実行する。書かれていないことはやらない」と断言したが、一一年、首相に就任するや増税にかじを切った。

 マニフェストの本家を自負した民主党がその基本精神を忘れ、信頼を失墜させた責任は重い。

 民主党は今月、〇九年マニフェストの達成状況を説明する集会を全国十一カ所で開き、有権者の声に耳を傾けようとはしている。ただ、首相らの発言は謝罪ばかり。しかも選挙前の駆け込み集会では、マニフェストづくりへの本気度は心もとない。
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 政党本位でなく、国民との回路を生かした政策をつくるにはどうすればいいのか。奈良市の政策研究ネットワーク「なら・未来」の活動が一つのヒントになる。

 グループは〇四年以降、市長・市議選の立候補予定者に市政への要望項目をまとめた「市民マニフェスト」を提案。ホームページで市民から意見を募った声は、市民参加のまちづくり条例の制定など成果を挙げている。

 木原勝彬代表幹事(67)は奈良で培った経験を通じ、各政党に「国民・市民ぐるみでマニフェストを作成しようという認識が希薄。生の声から確かな民意を把握する方策を検討してほしい」と呼び掛けている。 (関口克己)

◆2012年11月18日 産経新聞政治面

 衆院選連載「熱狂の爪痕」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121118/plc12111813410010-n1.htm

 -破られた公約 八ツ場、翻弄された町ー

 民主党は前回選挙のマニフェスト(政権公約)のトップに税金の無駄遣いを掲げた。道路やダムといった公共事業の利益誘導で票を集めた自民党との違いを鮮明にし、政権交代を果たした。風穴をあけたのは、有権者個人に向けた公約を掲げる手法だった。「コンクリートから人へ」。その象徴が群馬県長野原町の八ツ場(やんば)ダムの建設中止だった。

 政権交代の高揚感が残る平成21年9月、国土交通相に就いた前原誠司氏(50)は就任会見で「八ツ場ダムの建設は中止する」と高らかに宣言した。

 「大勢の人生を左右することを、地元への説明もなしに、宣言するとは思わなかった」

 ダム建設予定地の川原湯(かわらゆ)温泉で、旅館「山木館」を営む樋田洋二さん(65)は、こう振り返る。

 地元は、民主党の政権公約に八ツ場ダム建設中止がうたわれていることを知っていた。それでも、突然の“ちゃぶ台返し”に温泉街は揺れた。昭和27年のダム構想発表以来、建設の是非をめぐり親兄弟の間でさえ対立し、長い歳月を費やして建設を受け入れた経緯があるからだ。

 地元や関係者の猛反発に加え、国交省内でも異論が噴出した。強引な手法への批判も強まった。それでも前原氏の意向は変わらなかった。

 だが、後任の馬淵澄夫氏(52)は事実上、建設中止を撤回。事業計画の再検証を経て昨年12月には建設再開が決まった。

 温泉街の土産物店を切り盛りする樋田ふさ子さん(83)は「結局元に戻っただけ。この3年は何だったのか」とつぶやく。

 蓄え切り崩す日々

 建設再開が決まって1年になるが、公約違反の“後遺症”は残る。川原湯温泉の老舗旅館「柏屋」の社長、豊田幹雄さん(46)は今月8日、国交省と旅館の移転先の補償契約を交わした。

 旅館の休業から2年8カ月。ようやく再開業への一歩を踏み出したが、まだ先は見えない。今後は移転先に決まった土地を国交省に整備してもらい、新たな旅館を建てる手はずだが、土地の整備にめどが立っていないのだ。

 先週も、豊田さんと国交省担当者の間でこんなやり取りがあった。

 「いつ造成(整備)できるのか」

 「なかなか予算がつかない…」

 事業は遅延している。「少しの骨休みのつもりで旅館を閉めたが、いまだ将来を見通せない」。ぶっきらぼうに話す豊田さんの口調には政治への不信がにじむ。江戸末期創業の旅館は、年2億円近い売り上げがあった時期もあった。今は蓄えを切り崩す生活が続く。「時間が過ぎるだけの毎日だ」

 財源の裏付けなし

 子ども手当、脱官僚、脱公共事業…。民主党は先の衆院選でこうした公約を掲げたが、完全に実現できたものは少ない。

 「財源の裏付けもないまま、有権者への耳当たりのよい言葉を並べただけ。あまりにも無責任だ」。政治評論家の浅川博忠氏(70)はそう話し続けた。

 「公共事業などへのバラマキを批判した民主党も、結局は個人へのバラマキで有権者を引きつけただけ。有権者も安易に流された。次期衆院選では政党は公約で財源まで示し、有権者も厳しい目を向けるべきだ。そうしないと、また生活を壊される」

 樋田洋二さんは言う。「今となっては政治は信用できない。くしくも政権交代で改めてそれを痛感した。言葉だけではない、生活を守ってくれる政治であってほしい」(森本充)

■八ツ場ダム 群馬県長野原町の利根川水系吾妻川に計画されている多目的ダム。総貯水量1億750万トン。洪水対策や首都圏430万人分の水道用水供給を図る。

 昭和27年に建設計画の調査に着手。激しい反対運動の末に地元地権者らが補償案を受け入れ、道路などの付け替え工事が進んできた。総事業費は約4600億円。完成予定は平成27年度とされていたが、見通しが立っていない。