今年の大寒も湯かけ祭り

 八ッ場ダムの水没予定地にあった川原湯温泉では、昔から大寒の早朝に湯かけ祭りが行われてきました。
 川原湯温泉がダムサイト右岸側の山を造成して造られた打越代替地へ移転した後も、湯かけ祭りは続けられてきました。代替地で四度目の祭りが大寒の昨日行われたという記事が今朝の紙面に掲載されています。
写真右=代替地の王湯会館に飾られた湯かけ祭りの湯桶

 川原湯温泉の湯かけ祭りは、自然の恵みである温泉への感謝を表す行事で、群馬県内では四万温泉などでも大寒の20日に「湯立祭り」として神事が執り行われています。

 水没予定地の旧温泉街での湯かけ祭りは、昔は温泉の泉源の上に竹を組んで舞台を作り、舞台の上で神事を執り行いました。自然湧出の温泉と生活が結びついていることを如実に示す、川原湯ならではの祭りでした。
 温泉街の住民がダム事業により減少してきてからは、毎年竹を組むのは大変になり、鉄筋コンクリートの舞台が泉源の上に設けられました。住民の高齢化もあり、祭りに参加する選手も、川原湯地区だけでは足りなくなり、近年では町内の他地区の住民も加わっています。(写真右=旧温泉街での湯かけ祭り)

 祭りはあたりが漆黒の闇に包まれている午前5時、泉源の脇にある共同湯・王湯で体を温めた紅白の選手が飛び出してくるところから始まりました。ふんどし一丁の選手らが温泉を入れた湯桶を持って、泉源のすぐ上にある川原湯神社から温泉街の狭い坂道まで勢いよく走り回り、「お湯湧いた~」(=お祝いだ)と互いに湯をかけ合い、背後の険しい山に遮られていた陽の光が温泉街にわずかに届くころ、祭りがクライマックスを迎える・・・観光客を喜ばせるためにショー化されてきたと言われますが、世界各地で行われている祝祭とも共通する、命の蘇りというテーマが根底にあり、何度見ても飽きない行事でした。
(写真右=川原湯温泉の旧源泉の泉源、情報開示資料・中央温泉研究所の報告書より)

川原湯温泉が移転した代替地では、八ッ場ダム事業でボーリングで掘り当てた新源泉がポンプアップされて引湯されています。現在の湯かけ祭りは、代替地の王湯会館の前にある広場で行われています。旧温泉街の湯かけ祭りでは多くの宿泊客が狭い坂道にひしめき合いましたが、2015年から湯かけ祭りが執り行われてきた打越代替地は、八ッ場ダムの本体工事現場に隣接し、業者の宿舎もあることから、聴衆の多くがダム事業や報道の関係者となっています。

  もともとの旧源泉は泉源が標高574メートルと、ダムの満水位583メートルより低い位置にあり、八ッ場ダムに沈む前に、井筒で囲んで保護対策を行うことになっています。川原湯神社も解体され、新しい神社が建設されましたが、川原湯温泉が移転した打越代替地とは尾根と大沢で隔てられており、打越代替地から新神社へ行くには長いトンネルを抜けなければなりません。
(写真右=代替地の薬師堂。川原湯神社は江戸時代までは”お薬師さま”として住民の信仰を集めていたとされる。現在の薬師堂は、打越代替地へ抜ける県道のトンネル入り口にダム事業によって建設された。)

◆2018年1月21日 上毛新聞
https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/culture/28434
ー「お祝いだ」 しぶき熱く 長野原・川原湯温泉で湯かけ祭りー

 温泉の湯をかけ合う奇祭「湯かけ祭り」が大寒の20日早朝、群馬県長野原町川原湯の川原湯温泉共同浴場「王湯」で行われた。下帯姿の男性60人が厳しい寒さの中、豪快に湯をかけ合い、源泉が湧き続けることを願った=写真。

 祭りは午前5時に開始。神事の後、初めて「総大将」となった篠原健さん(41)の掛け声を合図に、紅白に分かれた参加者が「お祝いだ、お祝いだ」と叫びながら湯をかけた。約300人の観衆から歓声が上がった。

 約400年前、温泉が枯渇した際、ニワトリをささげて祈願したところ、再び湯が湧き出し、湯をかけ合って喜んだのが祭りの起源とされる。八ッ場ダム建設に当たり、王湯が代替地に移転してからは4回目。実行委員長の樋田省三さん(53)は「つないでいくことが大切な祭り。今年も開催できたことがうれしい」と話していた。

◆2018年1月21日 朝日新聞群馬版
https://www.asahi.com/articles/ASL1N44QPL1NUHNB001.html
ー威勢よく、伝統の「湯かけまつり」ー

 大寒の20日早朝、八ツ場ダムの工事が進む長野原町の川原湯温泉で、伝統の「湯かけまつり」があった。水没する温泉街から高台の代替地に会場を移して4回目。

 午前5時、共同浴場「王湯会館」前で神事の後、ふんどし姿の小学生を含む男たち計60人が紅白に分かれて登場。「お祝いだ」のかけ声を口々にしながら、温泉が入ったおけの湯をぶつけ合った。この日は零下まで下がらず、「暖かい。不満だ」の声も。

 湯しぶきがかかると縁起がよいとされる。200人を超す見学者もしぶきが飛んでくるたびに笑顔に。実行委員長の樋田省三さん(53)は「まつりを途切れさせずにどうつないでいくか。外に出た人も戻ってこられるまつりになれば」。総大将を務めた会社員篠原健さん(41)は「地区は若い人が少なくなっているが、今年はお客さんも多く盛り上がってよかった」と話した。

◆2018年1月21日 毎日新聞群馬版
https://mainichi.jp/articles/20180121/ddm/041/040/158000c
ー雑記帳 「大寒」の20日早朝、群馬県長野原町の川原湯温泉で…

  「大寒」の20日早朝、群馬県長野原町の川原湯温泉で、奇祭「湯かけ祭り」があった。下帯姿の男たち60人が「お祝いだ」と叫びながら激しく湯をかけ合い、辺り一帯に湯けむりが立ちこめた。

 氷点下3度の中、総大将を務める篠原健さん(41)のかけ声を合図に、赤と白の下帯姿に分かれて一斉に湯をかけ合った。最後に紅白のくす玉に湯をかけ、中から出てきた鶏を奪い合った。

 迫力満点のかけ合いに約300人の見物客らは寒さを忘れて大喜び。「盛り上げることができてよかった」と篠原さん。400年余の伝統を受け継ぐ熱気の源泉は、枯れることを知らない。【吉田勝】

◆2018年1月21日 産経新聞
http://www.sankei.com/region/news/180121/rgn1801210016-n1.html
ー「お客の多さに圧倒され」 川原湯温泉・湯かけ祭りー

 氷点下3度。まだ暗い大寒の20日早朝、男衆60人が豪快に湯をかけ合った。400年の歴史を持つ川原湯温泉(長野原町)の奇祭「湯かけ祭り」。湯気が舞う中、熱気がほとばしった。

 日の出前の午前5時、太鼓とともに始まった神事に続き、小学2年から60代までの60人が鉢巻、下帯、足袋、真新しい手おけを手に登場。紅白2組に分かれて気勢をあげ「お祝いだ」と湯のかけ合いが始まった。

 約400年前、止まった温泉の湯が祈祷(きとう)により再び湧き出し「お湯湧いた」「お祝いだ」と祝いの湯をかけ合ったのが由来。現代も同じかけあいが続き、辺りは湯気と熱気であふれた。

 見物客は昨年より多い約300人。総大将役の長野原町の会社員、篠原健さん(41)は「お客さんの多さに圧倒された。来年も盛り上げる」と話していた。

 大寒の20日、群馬県長野原町の川原湯温泉でふんどし姿の男たちが無病息災を願って湯をかけ合う奇祭「湯かけ祭り」が行われた。
 氷点下の寒さのなか、夜明け前に集まった60人の男たちがふんどし一丁で「お祝いだ」と叫びながら湯をかけ合った。約400年前、突然温泉が出なくなり、村人がニワトリをいけにえに祈ったころ再び湧き始めたため「お湯湧いた」(お祝いだ)と湯をかけ合ったのが起源とされている。
 八ッ場ダムの建設に伴い、会場の共同浴場が移転してから4回目。川原湯温泉協会の樋田省三会長(53)は「歴史ある祭りを今年も繋いでいけたことがうれしい。お客さんも多くて盛り上がった」と話した。

http://www.sankei.com/photo/photojournal/news/180121/jnl1801210001-n1.html
ー川原湯温泉で奇祭「湯かけ祭り」 群馬県長野原町ー

 大寒の20日、群馬県長野原町の川原湯温泉でふんどし姿の男たちが無病息災を願って湯をかけ合う奇祭「湯かけ祭り」が行われた。
 氷点下の寒さのなか、夜明け前に集まった60人の男たちがふんどし一丁で「お祝いだ」と叫びながら湯をかけ合った。約400年前、突然温泉が出なくなり、村人がニワトリをいけにえに祈ったころ再び湧き始めたため「お湯湧いた」(お祝いだ)と湯をかけ合ったのが起源とされている。
 八ッ場ダムの建設に伴い、会場の共同浴場が移転してから4回目。川原湯温泉協会の樋田省三会長(53)は「歴史ある祭りを今年も繋いでいけたことがうれしい。お客さんも多くて盛り上がった」と話した。

◆2018年1月21日 読売新聞群馬版
http://www.yomiuri.co.jp/local/gunma/news/20180122-OYTNT50231.html
ー湯かけ祭り豪快に…川原湯温泉 伝統の奇祭ー

  大寒の20日未明、長野原町の川原湯温泉で伝統の奇祭「湯かけ祭り」が行われた。八ッ場ダムの建設に伴って近くの高台に移転した温泉街で行われるのは4回目。

 祭りは約400年前、枯れた温泉が再び湧き出したことを住民が祝い、湯をかけ合ったのが始まりとされる。気温0度前後の寒さの中、紅白のふんどし姿の男衆60人が湯をおけでくみ、「お湯湧いた」から転じたという「お祝いだ」の掛け声で豪快にかけ合った。周囲は湯気が立ちこめ、湯が数百人の見物客にかけられると歓声が上がった。

 八ッ場ダムは昨年12月、堤高116メートルの5割の高さまでコンクリートの打設が進んだ。男衆をまとめた総大将の会社員篠原健さん(41)は「新しくなる町で、伝統をしっかりと受け継いでいきたい」と力を込めた。