「ニッポンの宿題 巨大事業、見直すには」(朝日新聞)

 朝日新聞に「ニッポンの宿題 巨大事業、見直すには」の題で、二人の識者の意見が紹介されました。
 2009~2011年の八ッ場ダムの見直し失敗を取り上げています。
 民主党政権下の八ッ場ダムの見直しは、事業主体である国交省関東地方整備局がみずから行い、ダム事業は妥当であるという結論を出しました。名ばかりの「検証」が八ッ場ダムだけでなく、全国のダム事業を後押しすることとなり、時代に合わないダム事業の見直しがそれまでにも増して困難になる大きな契機となってしまいました。

 紙面より転載します。

◆2018年1月26日 朝日新聞
 https://www.asahi.com/articles/DA3S13330486.html
ーニッポンの宿題 巨大事業、見直すには 上野泰也さん、中林美恵子さんー

 時代環境が変わっても、見込み通り進まずに費用が膨らんでも、「走り出したら止まらない」と言われてきた巨大事業。なぜ、止まりにくくなるのでしょう。巨費を投じ続ける必要性を吟味し、見直すべき時に立ち止まる仕組みは作れるのでしょうか。

■《なぜ》「縦割り省益」守る予算編成 上野泰也さん(みずほ証券チーフマーケットエコノミスト) 
 かつて共産党の独裁体制の下で鎖国状態にあったアルバニア。3年半前に旅して印象に残ったのが、鉄筋コンクリート製のトーチカ(防御陣地)でした。
 現地ガイドに聞くと、独裁政権時代に防衛の目的で各地に数十万のトーチカが建設されたそうですが、実際には使われませんでした。撤去費用がかかるため、その多くは放置されたままだと言います。浪費された巨大事業ともいえるトーチカを見て、「もっと、国民生活に役立つ別のお金の使い方があったのではないか……」。そんな思いを抱きました。
 財政の視点からいえば、日本にはコストに合わない公共事業を推進する余裕はありません。高齢化が進み、年金、医療などの社会保障費が伸び続け、財政赤字は拡大。政府の借金は膨らんでいます。労働と消費で社会を支える生産年齢人口(15~64歳)は減り続けています。
 しかし、公共事業は一度始めてしまうと、なかなか止まりません。建設中の「八ツ場ダム」は、民主党政権時代にいったん無駄な公共事業として凍結されましたが、その後一転して再開が決まりました。工期の延長を繰り返して、総事業費は当初計画の2・5倍に膨らんでいます。
     *
 一般的に公共事業が止まりにくい要因は、省庁ごとに縦割りになっている硬直的な予算編成のシステムにあると思います。それぞれの省庁は「省益」を守るために予算を拡大する方向で積み上げようとします。事業の重要度が薄れても存続させようと粘る傾向にある。政治家は地元に雇用をもたらす公共事業を増やそうとします。予算を減らしにくい構造です。
 省庁では「縮小」や「廃止」といった意見は評価されにくい。背景には、前例を重視する官僚の風土もあると思います。20代の頃、会計検査院で働きました。文書の作成時は過去の仕事を否定するのは難しいことです。
 さらに、巨大事業であればあるほど、多額の事業費を投入しているために途中で必要性が薄れても、「もったいないから続けるべきだ」という心理が働き、引くに引けなくなる側面もあると思います。中止すれば投資したお金はあきらめなくてはいけませんが、メリットが少なくなった事業を完成させて、維持管理の費用を投入し続けるよりも、無駄なお金が少なくてすむこともあるはずです。
 民間企業では、時代の変化を早くから見抜いて将来性のない事業から撤退する「柔軟性のある経営者」は高く評価されます。上場企業は事業の見直しを通して収益性が良くなれば、株価に反映されるので一目瞭然です。逆に業績悪化が続けば、市場から退場を命じられますから、経営側も必死です。
     *
 日本のインフラは老朽化しています。国土交通省によれば、2033年度に維持管理や更新費で最大5・5兆円かかるとの試算があります。公共事業費の約6兆円に匹敵する数字です。
 しかし、生産性の低い公共事業への反省や批判は、以前よりも弱まっている気がします。景気が上向き、就職内定率や有効求人倍率は高い水準が続いています。たとえ財政規律が緩んでも、「何とかなるのでは」という漠然とした安心感が漂うようになってきたと感じます。中長期の課題に視線がいかなくなってしまっている。
 人口が減っていく社会で必要な事業は何か。冷静に優先順位を考え、取捨選択を行うべきだと思います。巨大事業の行方は、最終的には有権者である国民が予算の動きを厳しく監視できるかにかかっています。

     ◇
うえのやすなり 63年生まれ。86年会計検査院入庁。88年に富士銀行(現みずほ銀行)に入り、2000年から現職。

■《解く》国会に必要性精査の体制を 中林美恵子さん(早稲田大学教授)
 「無駄な事業」とは、なんでしょうか。人はみな意見が違いますから、自分が無駄だと思っても、無駄ではないと思う人も、やめたら悲鳴を上げる人も必ずいる。だからこそ民主主義は意思決定のプロセスこそが重要で、そこに正統性がないと理解が得られず、見直しも立ちゆかなくなります。その象徴が、民主党政権下での八ツ場ダムの対応や事業仕分けでした。
 八ツ場ダムは、政権公約だったからと頭から建設中止を宣言して地元などから猛反発を受け、右往左往して再検証したあげく、結局は継続になりました。複雑な問題である以上、もっと時間をかけて国民のニーズを確かめたり、利害関係者と折衝したりする丁寧なプロセスが必要でした。
 事業仕分けも、やってみたら意外に一刀両断にできない事業が多かった面もありましたが、最大の問題は判定を尊重するか否かを行政に委ねたことです。仕分け人も政権与党の裁量で選んだので、「どこまで決める権利があるのか」という正統性の問題もあり、「廃止」という結論を出しても行政にひっくり返されました。     *
 予算執行を最大の権限とする行政府に、自らを律するように求めてうまくいくなら、三権分立など必要ありません。巨大事業を含めた政策をきちんと見直すには、行政をチェックする正統な立場を与えられている立法府が、役割を果たすことが不可欠です。一定の体制を整えてきたのが米国です。
 米国では、大統領が作った予算案を、個別事業も含めて連邦議会がどんどん修正します。その際に大きな役割を果たすのが、議会の付属機関である政府監査院(GAO)や議会予算局(CBO)。多くの専門スタッフを抱え、議員の求めに応じて個別事業の費用対効果や財政への影響など、様々なデータを中立的な立場から調査・報告します。議員は、そうしたデータを共通の前提として、事業継続の適否も含めて議論します。予算年度は10月からですが、議論は年初から。きちんと議論する体制と時間、重い責任があります。
 かたや日本の国会は、1月に出される政府予算案を3月末までに通す必要があり、与党は事前審査していて修正する気がない。野党は丸のみするか、スキャンダル追及などで政局に走りがちです。政治家として生き延びるには、各党による水面下の折衝や、採決時の党議拘束ものみ込まないといけないため、議員が問題意識を発揮する場がないのです。これでは、いったん始まった事業予算は精査されようもありません。
     *
 日本も、立法府が責任をもって個別事業の是非まで見極め、必要に応じて予算を修正する統治機構改革が必要です。特に大切なのは行政に質問するだけではなく、自ら調査できる体制をつくること。今も国会に調査組織はありますが権限も体制も小さい。会計検査院を国会の機関にするなど、もっと予算も人も割く必要があります。国民やメディアも含め、政局や責任論ありきではなく、データに基づいて論理的に政策論議する科学的態度を育てることも大切です。
 また、もっと審議時間を確保するために国会を通年化し、予算編成日程や首相の解散権も見直すべきです。修正案の出しにくさや、採決時の賛否を縛る党議拘束の是非も再考の余地があります。与党議員も立法府の人間として行政をチェックする責任を負う以上、議院内閣制だからといって政府の方針に反対できないのは、統治のあり方としておかしいからです。
 過去に学び、同じ失敗を繰り返さないためには、少しずつ前に進むことが大切です。こうした改革もまた、政権交代などで、一気に実現するわけもないのですから。 
     ◇
なかばやしみえこ 1960年生まれ。米上院予算委員会補佐官を経て民主党衆院議員も経験。近著に「トランプ大統領とアメリカ議会」

聞き手・吉川啓一郎