野村ダムと鹿野川ダムの放流による肱川の水害(その3)

 愛媛県を流れる一級河川、肱川の野村ダムと鹿野川ダムの放流後、ダム下流の堤防が決壊し、8名の方が亡くなりました。
 野村ダムと鹿野川ダムは国直轄のダムですが、肱川流域ではさらに支流の河辺川で国が新たに山鳥坂ダム事業を進めています。山鳥坂ダムの完成予定は2026年度です。肱川の治水対策の予算は、その大半が山鳥坂ダム事業に注がれてきましたが、今回の水害はたとえ山鳥坂ダムが完成していたとしても防ぐことはできませんでした。
 
 下図=国交省四国地方整備局 山鳥坂ダム工事事務所ホームページより「肱川流域図」
 
 
 ダム放流問題についての続報を転載します。

 なお、肱川の野村ダムと鹿野川ダムの放流問題については、放流当時の流入量と放流量のグラフと解説をこちらのページに掲載しています。 
「ダムがあるために避難の時間が失われた(肘川の水害)」

 7月11日付までの関連記事⇒ https://yamba-net.org/42554/
 7月12,13日付けの関連記事⇒ https://yamba-net.org/42655/
 7月19日に国交省が開始したダムの緊急放流問題を検証する委員会についての記事⇒https://yamba-net.org/42728/

◆2018年7月23日 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201807/CK2018072302000117.html
ーダム放流5分前 避難指示 大規模浸水の愛媛・大洲ー

 西日本豪雨で氾濫した愛媛県の肱川(ひじかわ)上流にある野村ダム(西予市)と鹿野川ダム(大洲市)が、安全とされる基準の六倍の量を放流した問題で、大洲市が住民に避難指示を出したのは、鹿野川ダムが大量放流を開始する五分前だったことが二十二日、関係者への取材で分かった。ダム側と行政は放流の二時間半前からホットラインでやりとりしていたが、生かし切れなかった。

 大洲市と西予市では放流後に大規模な浸水被害が起きるなどして、計九人が犠牲になった。国土交通省が情報提供の経緯を検証している。

 国交省四国地方整備局や大洲市によると、七日午前五時十分、鹿野川ダムを管理する同整備局の山鳥坂ダム工事事務所長から二宮隆久市長にホットラインで、ダムがあふれるのを防ぐため流入する水をほぼそのまま流す操作をする可能性があると連絡があった。六時二十分は「午前七時半ごろから操作する見込み。過去最大の放流量になる」、六時五十分は「最大放流量は毎秒六千トンの予測。危険だ」との内容だった。

 だが市が浸水の恐れがあると判断し、市全域に避難指示を出したのは午前七時半。放流は七時三十五分から実施され、最大放流量は安全とされる基準である毎秒約六百トンの六倍に当たる約三千七百トンだった。

 大洲市では肱川の水位を避難指示の基準としていた地域はあるが、ダムの放流量は基準になっていなかった。午前七時半前に国交省大洲河川国道事務所の予測で最大水位八・一五メートルと伝えられ、避難指示を判断した。大洲市では住宅約二千九百棟が浸水被害に遭い、水が流れ込むなどして三人が死亡、土砂災害で一人が亡くなった。西予市では五人が亡くなった。

 国交省は「放流操作はマニュアル通り行い、適切だった」とする一方、情報提供を巡り課題があったとして有識者や行政を交えた検証の会合を設置している。

 大洲市危機管理課は「避難指示に問題があったかは国の検証に任せている」としている。市はダムの放流量に伴った避難指示の基準を設けることも視野に入れ、今後見直しを検討する。

◆2018年7月21日 産経新聞
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180721-00000514-san-soci
ー西日本豪雨 濁流が支流を遡上 被害を拡大 住民が恐怖語る 愛媛・大洲ー

  「下流から逆流してきた水が、あっという間に1階の天井まで押し寄せた」。愛媛大洲市の鹿野川地区に住む金野翌さん(81)はそのときの恐怖を語る。西日本豪雨で7日朝、肱川流域で行われた野村ダム(西予市)と鹿野川ダム(大洲市)の基準量の6倍に達する放流で、支流の河辺川や小田川などでは濁流が遡上して被害が拡大していた。

 同地区は鹿野川ダムから約1キロ。支流の河辺川沿いに位置し、放流による浸水は想定されておらず、同ダムの完成後、放流の影響を受けたこともなかった。だが、今回は河辺川と肱川の合流点から約500メートル上流の市肱川支所(旧肱川町役場)が2階まで水に浸かった。パソコンや電話機、ファクシミリ、書類など一切が水に浸かり、本庁との連絡機能が失われた。

 昭和34年に完成した同ダム建設に伴う立ち退きで鹿野川地区に移転した金野さん。同日8時ごろ、自宅前を流れる河辺川の様子をうかがっていた。「下流から逆流してきた水が、あっという間に1階の天井まで押し寄せた。逃げる時間がなかった」と振り返る。

 同地区に約60年暮らす女性(79)は、濁流を見て急いで2階に逃げたものの危険を感じ、水の中を泳いで裏山(高台)へ避難したという。「初めてでびっくりした。浸水はこれまで一度もなく、これまで大洲の平野部が浸かっても、ここは何ともなかった」と話した。

 同地区には現在約200人が暮らす。肱川に架かる橋が流木で決壊した際に浸水したことはあるが、洪水への警戒意識は低く、事前に避難した住民は少なかった。家屋の窓ガラスが割れるような被害は少なく、逆流した濁水が滞留したようだ。犠牲者は出なかったが、浸水は河辺川合流点より約1キロ離れた地点まで及んだ。

 一方、鹿野川ダムから約7キロ下流で肱川と合流する小田川でも遡上が発生していた。合流点から約1キロ東の成能坊屋敷。胸まで水に浸かりながら妻を救った西山俊雄さん(74)は「小田川の水位はそれほど高くなかったのに、あっという間に下流から水が押し寄せ、湖のようになった。たまげた。冷凍庫や家具は上流へ流された。これまで浸かったことがなかったので、安心していたのに」と話した。

 大洲市は堤防の決壊や堤防からの越流を想定した洪水浸水避難地図(洪水ハザードマップ)を作成しているが、ダム放流水の遡上は想定していなかった。市危機管理課の丸山幸広課長は「今後検証していく」と話した。ハザードマップでは、肱川流域で100年に1回程度とされる総雨量340ミリ(48時間)を想定していたが、今回の総雨量は380ミリ(同)だった。

◆2018年7月20日 NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180720/k10011542011000.html
ーダム放流“知らなかった” 肱川氾濫の真相はー

 愛媛県を流れる肱川。今月7日、西日本豪雨で氾濫、逃げ遅れや土砂崩れなどで流域の住民9人が犠牲になり、3400棟を超える住宅が浸水しました。川の上流にある2つのダムでは、貯水量がいっぱいになり、流れ込んできた水をそのまま放流する緊急の措置がとられ、過去にない量の水が放流されました。しかし、急激な増水を引き起こした“ダム放流”の情報は、住民に十分に伝わっていませんでした。

ダムの放流 急激な増水
 7月7日の早朝、肱川の流域で何が起きていたのか。ネットに、生々しい声が残されていました。
「肱川氾濫 野村やばい 生まれてはじめてめちゃめちゃ怖い どうか誰も怪我しませんように」
「やばいよ 肱川氾濫したら大洲終わるよ どうしようもないじゃんもう」
「肱川氾濫したらうちらんとこ孤立するんじゃね?」
「川が溢れ水没しています」
いずれも7日の午前7時から8時ごろにかけてのツイッターの投稿です。

 このころ、上流の野村ダムと鹿野川ダムでは、相次いで貯水量がいっぱいになり、流れ込んできた水をそのまま放流する緊急の措置(異常洪水時防災操作)がとられていました。 
(野村ダム:午前6時20分 鹿野川ダム:午前7時35分)

 下流の肱川は、急激に増水して氾濫、流域の大洲市と西予市では、逃げ遅れや土砂崩れなどで9人が犠牲になり、3400棟を超える住宅に浸水の被害が出ました。

ダム放流「知らなかった」の声相次ぐ
 ダム放流の情報は、住民に適切に伝わっていたのか。「知らなかった」と言う住民の声が相次いでいます。
鹿野川ダムの1キロほど下流、大洲市肱川町の下鹿野川地区に住む和氣武士さん(77)と仁恵さん(73)の夫婦。午前8時半ごろ、2人がいた自宅の1階に水が一気に入り込んで来ました。
「水が入ってくるまで何もわからなかった。放流を知らせるサイレンは鳴っていなかったと思うし、鳴っていたとしても気づかなかった」(武士さん)
自宅は1階部分がほぼ水没。武士さんは、2階から裏山に、間一髪、難を逃れたということです。武士さんは、「もっと早く知っていれば、避難することもできた」と話します。
 同じ地区に住む橋本福矩さん(77)が危険な状況に気づいたのは午前8時すぎ。ダム放流の緊急措置からすでに30分以上たっていました。
「避難した方がいい」、知人から電話を受け、外を見ると、氾濫した川から水が自宅に向かって津波のように押し寄せてきていたため、あわてて2階に逃げました。
「電話をもらっても『うそだろ』と思いました。近所の人でダムを放流するということを聞いた人は誰1人いないと思う。今回は天災ではなく人災だと思っている」

消防団員は泳いで逃げた
 救出活動に当たる消防団員にも、ダムの放流の情報は届いていませんでした。
「これだけの雨が降っていたので放流はあるだろうという認識ではいましたが、ここまでの量の放流をするとは思わなかったし、アナウンスはなかったと思います」
午前6時半に「詰め所」に集合した団員たち。住民に避難を呼びかけたり、土のうを積んだりする作業をしていました。
「あとで振り返れば、土のうでは防ぎようがなかったレベルでした」
当初はそれほどの危機感はなかったといいます。ところが、各地を回ってみると想像を超えた状況を目の当たりにすることになります。その様子が、写真とともにLINEのやり取りに、残っています。

「あと1mくらいで冠水位」
「土砂崩れ!」
「どっこも無理!」
「退避」

 それは、川にかかる橋の付近で状況を確認していた時でした。合流した3人が、川からあふれ出した水に飲み込まれたのです。
足がつかないほどの水の深さ。流れも早く、1人は水中に沈み込んでしまいます。
電柱にしがみつきながら、それぞれ10数メートルを高い場所まで泳ぎ着き、なんとか命を取りとめました。
一度は水中に沈み込んだ団員が知人に送ったLINEのメッセージです。

 「ちょっと死にかけたけど、なんとか大丈夫」
 下鹿野川地区にある大洲市の肱川支所で、夜通しで大雨の対応にあたっていた職員に取材しても「サイレンが鳴っていたか鳴っていなかったかわからない」。ほかの5人ほどに聞いてもらいましたが、サイレンを聞いたと明確に記憶がある人はいませんでした。

なぜ聞こえなかったか ダム管理者の周知は
 なぜ、ダムの放流を知らせる警報の音声やサイレンは聞こえなかったのか。
ダムの管理事務所は、決められた手順で行ったとしています。鹿野川ダムでは、7日の朝の放流警報は2回。
1回目は午前5時半。
「ダムは現在、毎秒約600トンを放流中ですが、さらに放流量を増やします。川の水が増えますので、厳重に警戒してください」
このときは、アナウンスのみ。放流量の増加の程度が規定を超えず、サイレンは鳴らしていません。

2回目は午前6時18分。
「ダムの流入量は今後も一層増加することが予想されるため、異常洪水時の操作に移行する予定です。川の水が急激に増えますので、厳重に警戒してください」
このときは放流量の増加の程度が規定を超えたためサイレンも鳴らされました。

管理事務所は、同じ内容をアナウンスする警報車を、鹿野川ダムの流域で2台走らせたとしています。
それでも、聞こえなかったことについて、管理事務所は「かなり強い雨が降っていたからではないか」と説明しています。
地区から最も近い場所で、サイレンが鳴らされたスピーカ-は、鹿野川ダムの事務所に設置されているもので、地区の中心部からおよそ600メートルあり、サイレンの音が確実に届くと想定されているぎりぎりの範囲でした。
ダムの放流の音や激しい雨の音で、警報放送はおろか、比較的遠くまで届くはずのサイレンの音さえも届いていなかった可能性があります。

“毎秒6000トン放流の見込み”情報生かせず
 

 ダム放流の情報を受け取った自治体も、その情報を直接住民に、伝えていなかったこともわかりました。
鹿野川ダムで放流の緊急措置が始まった7日の午前7時35分。実は、その2時間以上前から、大洲市にはダムの管理事務所からのホットラインでダムの放流情報が逐一伝えられていました。
午前5時10分。最初のホットラインが入ります。
ダム「洪水調節中。最大で毎秒1800トンの流入が予測され、放流を850トンまで増量予定」
この段階で市は、放流量の増加で川の水位にどの程度影響が出るのか調べるよう、担当課に指示を出したといいます。

次のホットラインは午前6時20分。
ダム「過去最大の放流量になる見込み」
しかし、市はこの時点でも住民に放流の情報を伝えることはありませんでした。

そして、その30分後の午前6時50分。最後のホットラインが入ります。
ダム「鹿野川ダムで6000トンの放流見込み。現在、通行可能となっている道路も、追って冠水が想定される」
鹿野川ダムでは、安全だとする放流の基準は毎秒600トン。その10倍の放流を見込むとする、かつてない異常を知らせる連絡でした。

このときの市長の答えです。
市「尋常ではないのですね。とにかく普通でないことはよくわかった」
大洲市は、肱川の水位の情報をもとに、午前7時半に避難指示を出しましたが、最後まで、ダムの放流情報を住民に直接伝えることはありませんでした。
市は「ダム放流の具体的な数字を伝えることで混乱を招くことを懸念した。今後、ダムの放流情報についても住民に周知することを含め、検討していきたい」としています。

ダムの放流情報 住民への周知義務は
 愛媛県によりますと、ダムの放流に関する情報について河川流域の住民に周知・伝達する義務は、国や県などダムの管理者にあるとしています。

ダムの管理者は、法律によって定められた規則によって、流域の自治体や警察、消防などの関係機関にダムの放流に関する情報を周知することになっていますが、各自治体がこうした情報を防災行政無線などを通じて住民に直接、周知するかどうかは、それぞれの自治体の判断に任されていると言うことです。

ダム放流に関しての自治体による住民への情報周知の在り方について、徳島大学環境防災研究センターの中野晋教授は、「住民に対して直接避難を呼びかける立場の自治体が、ダムの放流量と被害想定の関係性をどの程度理解していたのか今後、検証し、住民への情報周知の在り方を考えていくことが重要だ」と話しています。

先進的な自治体も
一方で、ダムの放流に関する情報を、独自のシステムで住民に伝達している自治体もあります。

今回の豪雨でも被害を受けた愛媛県宇和島市では、市の「安心安全情報メール」に登録している住民に対して、ダムの管理事務所から市に連絡が入った時点で、放流量や放流時刻の情報に加え、河川の水量の変化に注意するよう呼びかけています。

また、和歌山県日高川町では、ダムの放流の情報を受け取った時点で、町の防災行政無線と各世帯に設置されている受信機を通じて、放流開始と、放流の量を知らせます。

徳島県阿南市では、2000トン以上の放流の場合、放流時刻や放流量を、防災行政無線での放送に加え、市内のおよそ半数の世帯が加入しているケーブルテレビで住民に周知しています。

始まった検証会議
 ダムの放流に関して住民への周知が適切だったかなどについては、国土交通省も、専門家を加えた検証会議を立ち上げました。
19日開かれた初会合では、防災の専門家の委員から、「ダムが伝えた放流の情報を受け手の住民がどう捉えたかも検証する必要がある」と意見が出されました。

今回、ダムが、大量の水の放流についてスピーカーから流した放送。「異常洪水時の操作に移行します」と言う言葉を使って、伝えていました。
“異常洪水時の操作”とは、ダムに入ってきた水をそのまま下流に流す操作のことで、このあと、鹿野川ダムでは午前8時43分に、安全だとする基準の6倍にあたる毎秒3700トンが放流されました。
一般の人にとって耳慣れない、この言葉の意味と重大性をどれだけの住民が理解していたのか。実際に、警報放送を聞いていたにもかかわらず、重く受け止められず、避難の判断が遅れてしまったケースも耳にしました。

委員の一人、愛媛大学の森脇亮教授は「住民が早めに避難の判断ができるよう、より住民が危機を察知できる呼びかけの方法を検討することが必要だ」と話しています。
命に関わる情報をどう伝えるのか。その方法を根本的に見直す必要がありそうです。
(愛媛・大洲取材班:松山放送局 高橋歩唯 室達人 河崎眞子/札幌放送局 小林紀博 北井元気/徳島放送局 橘井陸/ネットワーク報道部 佐藤滋)

◆2018年7月19日 愛媛新聞
https://www.ehime-np.co.jp/article/news201807190083?sns=2
ー愛媛豪雨災害 4人犠牲 大洲市避難指示基準 ダム放流量含まずー

【異常把握 水位より先】
 西日本豪雨などによる肱川水系氾濫で、大洲市が7日午前7時半に市内全域に出した避難指示は、肱川本流の水位が市の基準を満たすのを待たず発令されたが、市内では4人の死者が出た。同6時20分には、国土交通省から鹿野川ダムの流入・放流量が「過去最大になる見込み」との情報を受けていたが、流入・放流量は発令基準に含まれていなかった。

 市危機管理課によると、市が避難指示の発令を決めたきっかけは、同7時7分に市治水課員が受信した同省大洲河川国道事務所からのメール。「大洲第二観測所の水位が同10時半に8・15メートルに達する」との同6時半時点の予測で、「雨量が尋常ではない」と判断、発令を即決したとする。

 同課は「最大放流量毎秒6千トンの見込みとの情報も受けたが、非現実的な数字と受け止めていた。発令基準を見直さないといけない」としている。

 同課によると、避難指示は市を九つのエリアに分けて発令。大洲第二(肱川橋地点)と大川(旧大成橋上流700メートル)の両水位観測所の水位を基準としているほか、長浜地域など海に近いエリアは潮位も発令基準としている。

 甚大な浸水被害が出た肱川地域と、河辺地域については、水位に関して他地域のように具体的な発令基準を定めていなかった。同課は、肱川支流の河辺川の増水状況を参考にしているとするが「今回の規模の浸水は想定していなかった」と話す。

 水位情報は同省大洲河川国道事務所からメールなどで入る。一方、鹿野川ダム情報は同省山鳥坂ダム工事事務所長と市長のホットライン(HL)などで入る。

 同省によると、7日午前のHLでは、5時10分「最大1800トンの流入が予測される」▽6時20分「2004、05年を上回る過去最大の流入・放流量になる見込み」▽6時50分「野村ダム2千トン、鹿野川6千トンの放流見込み」―などの情報が市に入っていた。鹿野川ダムの安全とされる放流量は600トン。6時50分のHLでは、ダム事務所側には二宮隆久市長が「普通でないことはよく分かった」と応じたとの記録があるという。

 市は避難指示について、用意していた「ただちに避難してください」との文言を、素早く行動に移してもらうため「ただちに避難せよ」と命令形に変更した。

 流入・放流量の情報を避難指示の基準に含めていない理由について、市危機管理課は「水位の方がイメージしやすい」と説明。「小田川上流で雨が大量に降ると、放流量が大きくなくても肱川の水位は上がる。単純に放流量だけでは判断できない」と話している。

◆具体的情報 行動促せる◆
 【16日に大洲市内を視察した徳島大環境防災研究センター長の中野晋教授(地域防災学)の話】ダムのある河川の場合、水位は一義的には放流量で決まる。徳島県の那賀川流域の那賀町などは放流量を基準に避難指示を出している。視察では、放流量と浸水の関係を理解している住民が多かった。放流量や浸水の開始予測時刻など具体的な情報を伝えれば避難行動を促せるのではないか。

◆2018年7月19日 TBSニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20180719-00000064-jnn-soci
ー【現場から、】西日本豪雨災害、ダム放流情報伝達は適切だったかー

  愛媛県大洲市東大洲地区です。肱川の氾濫で被害を受けたこの地域に、19日午前、学識者と国や自治体の担当者が入り、現地調査が行われるということです。豪雨当時、上流で行ったダムの放流に疑問の声が高まっていることを受け、国交省が実施している調査で、午後には近くの会場で検証会合も行われます。

 ダムの放流をめぐっては、その情報伝達が適切だったのか、国と自治体、そして住民の間でも認識が大きく食い違っていて、その溝は今も埋まっていません。証言を集め、独自に検証しました。

Q.避難指示が遅れたという指摘もあるが?
 「それはないと思います」(愛媛・西予市 管家一夫市長)

 18日、このように述べた愛媛県西予市の市長。市内を流れる肱川が氾濫したあの日、何が起きていたのでしょうか。

 これは7日午前6時過ぎの映像です。水かさが増していくことがわかります。そして数十分後・・・

 「怖いよー」

 この事態を引き起こしたのが、川の上流にある野村ダムの「緊急放流」。想定以上の雨が降ったことから、ダムに入る水量とほぼ同じ量の水を放流することに踏み切ったのです。これに先立って、国側は西予市に対し、「緊急放流」を伝えています。

 この時刻をめぐって、両者に食い違いがあるのです。国交省の説明では、伝達時刻は遅くとも午前3時40分。ところが、西予市はこれから50分遅れた午前4時半すぎに伝えられたとしています。西予市が避難を指示したのは、午前5時10分のこと。当日、救助活動に関わった消防団員は・・・

 「西予市でも5名の方が亡くなりまして、もう少し時間があれば、もう一度、見にいく時間は間違いなくあった」(消防団員)

 さらに、市から住民への避難指示が適切に伝わっていたのかという疑問も浮上しています。

 「寝る時は戸も閉めている。だから(町内)放送自体のアナウンスは全く何言っているのか分からない」(住民)

 避難指示から1時間10分後の午前6時20分、緊急放流は始まり、悲劇は起きました。

 「消防団の方がしばらくして来られてから(ガレキを)のけたら、もう亡くなっていた状態」(小玉由紀さん)

 西予市野村町の小玉由紀さん(59)。近くに住む81歳の母親が濁流に飲み込まれ、亡くなりました。次男の和矢さんも避難指示に疑問を抱いています。

 「流入量通りに出す、いつもの何倍出すと、そのまま言ってくれたら体ひとつで避難できていたら、間違いなく祖母も助かったし」(小玉さんの次男 和矢さん)

 国は適切な判断だったと強調しています。

 「操作規則どおり、通知のとおりやらせていただいて、適切にやらせていただいたと思う」(国交省 四国地方整備局担当者)

 国と自治体、そして自治体と住民。認識のズレは埋まるのか、検証作業が始まりました。