大きな犠牲をもたらした7月の西日本豪雨では、ダムからの放流によって水害被害が拡大した可能性が指摘されています。愛媛県では国交省四国地方整備局が管理する野村ダムと鹿野川ダム、広島県では県営野呂川ダムの緊急放流に関して検証が行われることになりました。
マスコミで「ダムの治水限界」が指摘される中、全国各地の巨大ダム建設を推進してきた建設省・国土交通省の河川局長を務めた竹村公太郎氏の見解がネット上で紹介されています。
下記の記事で、竹村氏は「気象の狂暴化」に対応するために、「ダムの運用変更」と「ダムの嵩上(かさあ)げ」が有効な手法であると説明しています。
前者は気象予測技術が進歩してきたので、大雨が降るときはダムの事前放流でダムの空容量を増やすということです。しかし、気象予測技術が進歩してきたといっても、直前にならないと、正確な予測はむずかしく、下手をすると、事前放流の最中に大雨に見舞われることもあり、そう簡単なことではありません。
竹村氏はダム建設に偏重したこれまでの河川行政は間違っていないとする主張を崩していませんが、今後の防災を考える上で、今回の水害の教訓を踏まえた、抜本的な治水対策の見直しーダムの効果を前提としない治水計画を策定していく必要があるように思います。
◆2018年8月3日 東洋経済オンライン
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ー想定外の暴雨は「賢いダム活用」で対処できる 異常気象に向け強靭で安全な国土構築を急げー
先月の西日本豪雨、台風12号は予想もしなかったような甚大な被害をもたらし、人々を驚かせた。元国土交通省河川局長で日本水フォーラム代表理事を務める竹村公太郎氏によれば、今後も、異常豪雨と異常渇水の頻発が予想されるという。それに対してわが国は、どのような「備え」を構築すればいいのか。
このたび『水力発電が日本を救う ふくしまチャレンジ編』を監修した竹村氏に解説してもらった。
狂暴化する気象
理由は何であれ、温暖化は確実に進んでいます。温暖化により気象は狂暴になり、未来の日本列島に襲いかかってくるでしょう。気象の狂暴化とは、今までに経験したことのない異常豪雨と異常渇水です。降雨量の長期データでみるとその傾向が如実に見えてきます。
長期の降雨量の傾向を見ると、多い年と少ない年の変動の幅が大きくなっていることがわかります。気象の狂暴化とは、豪雨と大渇水が交互に襲ってくることです。さらに、その頻度と時期がまったく予測不可能なところが、この気象狂暴化の特長となります。
洪水や渇水に関する防災計画は、ある定まった予測手法に基づいて行われます。定まった予測手法とは、過去の100年オーダーの長期雨量データを基にして、その降雨量実績が将来も繰り返されるであろう、という前提に立った予測手法です。
わかりやすくいうと、100年に1度の豪雨というのは、過去100年間の観測データを基にして、その中でNo.1の豪雨のことをいいます。気象の狂暴化が進むということは、過去100年に1回発生した規模の豪雨が、10年ごと、いや極端にいうと2~3年で襲ってくることとなるのです。
それは豪雨だけではありません、大渇水も同じことなのです。
つまり、気象の狂暴化が進行していく将来、過去の実績データを基にして計画し整備したインフラでは、発生する水害に対しては対応できなくなってしまうのです。
気象の狂暴化に備えて既存ダムの活用を
戦後、水関連のインフラは過去のデータを使って計画し、70年間かけて整備してきました。しかし、近年の気象の狂暴化に伴い、その水災害のインフラ計画を見直さなければならなくなっているのです。もちろん、計画の見直しをするだけではなく、実際にそれに即して新しい計画を実践していかなければなりません。
しかし、計画を見直すことはできても、それを実践していくことは容易ではないのが実情です。なにしろ、この70年間で日本の都市は大きく発展し、人口と資産が集中しました。この膨張した都市を守るため、都市内部で河川の幅を広げ、洪水対処能力を増強させていく工事は困難を極めます。
東京都中央区虎ノ門~新橋間のたった1.4kmの「マッカーサー道路」でさえ、計画決定から68年もかかってやっと概成(ほぼできあがること)したのを見ればわかるでしょう。
ほかに都市を洪水から守る方法としては、都市郊外で遊水池を作るか、上流の山の中でダムを造って洪水を留める手法があります。しかし、住宅開発が著しい都市郊外で、遊水池を造る候補地を見つけ出すのは困難です。山の中で新しいダムを造るのは、費用と社会的状況からして、これもまた極めて困難です。
しかし、それでも方法はあります。それは、『水力発電が日本を救う ふくしまチャレンジ編』でも詳しく解説した「ダムの運用変更」と「ダムの嵩上(かさあ)げ」です。
方法1:ダム運用の工夫
この半世紀で、台風や豪雨の予測技術は急速に進歩しました。気象衛星や気象データ、スーパーコンピュータの活用で、洪水が襲ってくる以前にその情報は得られます。大規模な降水が予測されれば、ダムの貯水を事前に下げておけばよいのです。ダムの建設を新たにしなくても、水を貯め込む容量を運用で増加させるわけです。
具体的なダム運用の一例を述べましょう。
大雨の初期段階で水を貯める量を少なくして、ダム下流に放流していきます。雨量が次第に大きくなってくる段階で、ダムの貯水量に応じて水を貯め込んでいきます。降水がピークを過ぎて、ダム流入量と放流量が一致した後は流入量と同じ量を放流していくのです。
要は、大雨の初期ではなるべくダムに貯留せず、ダムの空容量を確保する操作を行います。大雨の後期では、次の台風が来ない限り、ダムに水を貯留して、その水を最大限に利用していく操作です。
今は特定多目的ダム法によって「個別ダム基本計画」でダム操作が定められています。60年以上も前に策定された操作規則の原則があり、機動的な運用ができません。でも、法改正でこのような機動的運用ができるようになれば、国交省の後輩たちは既存ダムを容量調節で最大限利用することができます。
なおかつ、『水力発電が日本を救う ふくしまチャレンジ編』で述べたように、貯水量を水力発電などで最大限利用できるわけです。
嵩上げすれば、低コストで貯水量を増やせる
方法2:既存ダムの嵩上げ
しかしながら、以上のようなダム運用は、気象予測の精度に基づくため、その効果の範囲は限定的です。ところが、新しいダムを造るのと同じ効果がある決定的な方法があります。それは既存ダムの嵩上げです。
ダムは上部に行くほど面積的に大きく広がっています。このため、夕張シューパロダムの嵩上げの例では、元々67.5mの高さだったのを43.1m嵩上げして110.6mにしたところ、貯水量は8700万㎥から4億2700万㎥に増えました。新たに3億4000万㎥ものダム容量が生まれたわけです。
この既存ダムの嵩上げの建設費は、新規ダムを建設するのに比べ圧倒的に低くなります。なぜなら、ダム水没にかかわる補償費は支払い済みだからです。ダム建設事業費の約5分の4は、水没補償や、付け替え鉄道、付け替え国道などのダム水没に関連する対策費なのです。既存ダムの嵩上げは、それが免除されるので工事費は圧倒的に安くなるわけです。
なお、既存ダムの嵩上げは、すでに多くの実績があり、嵩上げ技術も確立されています。
既存ダムの嵩上げにより、新たな莫大な貯水容量が生まれます。その貯水容量を利用して、降水を貯め込む治水容量とすることができます。
狂暴な大雨が襲ってきても、この手法を用いれば、日本国土の安全性ははるかに向上していきます。
しかも、そのメリットは治水面だけにとどまりません。利水面でも、運用変更と同様、水力発電のための容量に利用できます。もちろん、異常な渇水への備えにもなります。下流の水道、農業用水などへの補給のための利水容量とすることもできます。
ダムの運用変更、既存ダムの嵩上げは、未来の狂暴化する気象に対して最も素早く対応できる有効な手法といえます。水力発電増強など利水面でも大きな恩恵を日本にもたらします。既存ダムは日本国民の貴重な財産となっていくわけです。