八ッ場あしたの会は八ッ場ダムが抱える問題を伝えるNGOです

八ッ場ダムのインフラツ―リズムに関する朝日新聞のインタビュー記事

 国交省がコンクリート打設中の八ッ場ダムや、熊本地震の被災地で今月、本体工事に着工した立野ダムでは、跡見学園女子大の篠原靖准教授が「インフラツーリズム」を提唱しています。篠原ゼミの女子大生も加わったプロジェクトが国を挙げてのPRで大きく取り上げられ、朝日新聞も篠原准教授のインタビュー記事を全国版に掲載しました。
 ダム事業による湯水のごとくの税金の浪費、ダム建設の不要性、ダムによる水没住民や地域社会、自然文化の破壊、ダムによる災害の危険性などの深刻な問題は、まるできれいさっぱり忘れ去られたかのようです。
右=国交省八ッ場ダム工事事務所HPより 「やんばツアーズ2018」

 朝日新聞の記事によれば、篠原准教授はインタビューに答えて、「八ッ場ダムは、民主党政権時代にいったん計画が中止されるなど紆余曲折がありました」と述べたということですが、八ッ場ダム計画は民主党政権時代も中止されることなく事業が継続しました。なぜ、このような事実に反することを朝日新聞はチェックすることなく載せたのでしょう?

 「地元の人たちは、自分たちを翻弄してきたダムを観光に生かすなんて、考えてもみなかったようです。」という言葉もありますが、「ダム湖観光」というコンセプトは、国土交通省が各地のダム予定地で盛んにPRしてきたことです。八ッ場ダム事業においても、地元がダムを受け入れて以来、群馬県とダム予定地域の有力者がダムによる地元の犠牲を覆い隠すために繰り返してきたことで、篠原准教授が初めて持ち出してきたものではありません。

 また、記事によれば篠原准教授は、「八ツ場を訪れる旅行者は、年間約5千人から約5万人に増えました。」と語っています。「約5万人」とは、国交省八ッ場ダム工事事務所が連日開催している無料の本体工事見学会への参加者数を指すのでしょうか。また、「年間5千人」という数字は何を根拠にしているのでしょうか?

 「八ッ場」が文字通り、ダム建設地にある字名を指すのであれば、八ッ場は国指定名勝・吾妻峡の入り口にありますので、八ッ場ダムの本体工事が始まる前、吾妻峡を訪ねたおびただしい数の観光客の人数を挙げなければなりません。
写真右=2018年8月16日 名勝・吾妻峡でコンクリート打設中の八ッ場ダム

 あるいは、「八ッ場」が「八ッ場ダム予定地」を指すのであれば、吾妻峡だけでなくダム湖予定地の名湯・川原湯温泉の観光客数を加えなければなりません。無料で見学できる吾妻峡より少ないとはいえ、川原湯温泉の観光客数も5万人よりはるかに多かったことが過去の記録でわかります。
 かつて、川原湯温泉には20軒近い旅館があり、飲食店や土産屋が軒を連ねていました。
写真右=水没地の源泉湧出口の脇にあった川原湯温泉の共同湯・王湯。2014年解体。

 長野原町誌によれば、昭和40年代、観光客数は年間30万人近くに達していました。ダム事業の進行に伴い、観光客は減少していったとはいえ、2003(平成15)年までは年間入込客数が20万人を上回っていました。2004(平成16)年に高額な代替地分譲地価を設定する協定が調印され、それ以降、住民が大量に地区外に転出した結果、旅館や商店も次々と廃業に追い込まれ、2004年の年間入込数は15万人以下に激減。それでも当時は、旅館と民宿合わせて14軒が営業していました。
 現在、本体工事現場の脇の代替地で営業を続けている川原湯温泉の宿泊施設は5軒(旅館4軒、民宿1軒)、群馬県議会での県特定ダム対策課の答弁によれば、現在の宿泊者数は年間6000人台です。

 篠原准教授が推奨するインフラツーリズムは、ブラックツーリズムとも呼べる類のものです。ダムのイメージアップのために国交省が重用するコンサルは、空疎な誇大広告を繰り広げているようです。これをそのまま垂れ流す記事は、ダム行政の広報と変わりません。

◆2018年8月24日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13648361.html?iref=pc_ss_date
ー(リレーおぴにおん)旅のチカラ:17 ダムも観光資源、魅力探る 篠原靖さんー

 大手旅行会社で約30年間、添乗員やツアーの企画などで各地を飛び回っていましたが、8年前、大学教員に転身しました。いまゼミの学生たちと取り組んでいる活動の一つが、群馬県の八ツ場ダムや熊本県の立野ダム、埼玉県の首都圏外郭放水路など、ダムや公共施設といったインフラを観光資源として、地域活性化のお手伝いをする「インフラツーリズム」です。

 インフラ観光というと、一部のダムマニアや夜景工場マニアらに限られた世界と思われがちですが、発想を変えれば、裾野は広がります。同じ観光地でも、旅行者のニーズはそれぞれ異なり、その土地の楽しみ方は一つのパターンには収まらないからです。

 八ツ場ダムは、民主党政権時代にいったん計画が中止されるなど紆余(うよ)曲折がありましたが、来年度に完成予定です。小中学生が建設現場のセメントをこねて治水・防災について体験学習するツアー、外国人に日本の高い建設技術を見てもらうツアー、24時間態勢のダム建設の現場を夜景として楽しむツアーなど、さまざまな団体・個人のツアーを提案し、実現しました。

 八ツ場を訪れる旅行者は、年間約5千人から約5万人に増えました。地元自治体の長野原町と相互協力協定も結び、学生と地元の若手らで、観光客を案内するガイドを務めたり、特産品開発をしたりといったことにも取り組んでいます。

 地元の人たちは、自分たちを翻弄(ほんろう)してきたダムを観光に生かすなんて、考えてもみなかったようです。ですが、あまり知られてはいない土地でも、地元住民も気付かない魅力が眠っているものです。その魅力が何かを探る嗅覚(きゅうかく)は、旅行会社の社員だった昔も今も、変わっていません。

 旅行業界で売れるツアーといえば、以前なら「いつでも」「どこでも」「どなたでも」の三拍子がそろっている、つまり出かけるのが簡単なツアーでした。しかし、多くの日本人にとって、旅が成熟した趣味となった今、昔の三拍子は変わり、「いまだけ」「ここだけ」「あなただけ」になった、と私は考えています。たとえば「1年のうち秋だけ、ここでしか楽しめない」などと限定するツアーです。

 私にとって旅はドラマです。かつて企画したツアーも、旅程に「山」と「谷」を作り、クライマックスは……などと想定して企画を練っていました。TVドラマを見ていても、その主人公にはなれません。でも旅なら、あなた自身が主人公で、あなただけのドラマを作ることができる。それが旅の最大の魅力ではないでしょうか。(聞き手・稲垣直人)
    *
 しのはらやすし 跡見学園女子大学准教授 1959年生まれ。東武トラベルをへて跡見学園女子大へ。観光による地域活性化論が専門で、内閣府、総務省、国土交通省、観光庁などの審議委員なども歴任。

—転載終わり—

〈参照〉
◆篠原靖オフィシャルサイト
http://www.dendoushi.net/

◆2018年7月23日 国土交通省関東地方整備局 八ッ場ダム工事事務所HPより
 http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000706900.pdf

◆2017年7月19日 トラベルウオッチ
 跡見女子大生の八ッ場ダムのコンシェルジュが解説に。インフラ観光「やんばツアーズ」を体験
 インフラツーリズム“日本一”を目指す長野原町と跡見学園女子大学の取り組み
 https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1071157.html

◆2018年7月18日 国土交通省九州地方整備局 立野ダム工事事務所HPより
 http://www.qsr.mlit.go.jp/tateno/topics/data_file/1531887135_0.pdf
 
◆2018年6月22日 トラベルウオッチ
 跡見女子大とジャルパック、立野ダムインフラツアー造成のため熊本県南阿蘇村を視察
 平成28年熊本地震の爪痕も残る南阿蘇地域を巡る
 https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1128925.html