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徳山ダムに沈んだ古里 増山たづ子写真展、被災地でも反響

 徳山ダムに沈んだふるさと(岐阜県旧徳山村)を撮り続けた故・増山たづ子さんの写真展について、朝日新聞が社会面で取り上げています。
 この写真展は、増山さんの友人によって22回も続けられているということです。徳山ダムをめぐっては、不朽の名作として名高い映画『ふるさと』(神山征一郎監督)や『水になった村』(大西暢夫監督)もあり、今も各地で上映会が開かれています。

◆2018年11月1日 朝日新聞社会面
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181101-00000055-asahi-soci
ーダム湖に沈んだ古里 増山たづ子写真展、被災地でも反響ー

  ダムに沈んだ岐阜県旧徳山村を撮り続けた故・増山たづ子さんの写真展を、友人だった滋賀大非常勤講師の野部博子さん(73)=岐阜県神戸町=が続けている。88歳で亡くなった翌年の2007年から始め、すでに22回。失われた古里への思いが多くの共感を集め、地元だけでなく東京や北海道、震災被災地でも開かれた。

【写真】カメラを手に旧徳山村を歩く増山たづ子さん=1997年2月、岐阜県揖斐川町の旧徳山村

 増山さんは旧徳山村出身。夫は太平洋戦争に召集されて行方不明になり、戦後は農業と民宿を営み、2人の子どもを育てた。全村水没の徳山ダム計画が本格化した1977年、「村のすべてを残したい」と、発売されたばかりのコンパクトカメラで村の風景を撮りまくった。満開の桜を引き倒す重機など廃村の悲しみを写して評判になり、エイボン功績賞などを受けた。

 野部さんは伝承文化の研究者。78年、調査に行った旧徳山村で増山さんと出会って共感し、85年に増山さんが岐阜市に移り住んでからも頻繁に通い、将来の写真管理を託された。没後、「増山たづ子の遺志を継ぐ館」をひとりで立ち上げ、2007年、揖斐川町での「没後1年展」を皮切りに、写真展を続けてきた。