長野原町の旧庁舎、約90年の歴史に別れ

 八ッ場ダム事業に伴い、ダム湖畔の上流端となるJR長野原草津口駅の対岸に住民総合センターが完成し、同じ建物内に長野原町役場が移転することになりました。
 役場新庁舎と住民総合センターの完成式典の今月9日に開かれたことは以下のページでお伝えしましたが、
 ➡https://yamba-net.org/wp/45194/

 20日には、旧庁舎の閉庁式が行われたことが報道されました。(写真=長野原町の旧庁舎。2016年6月18日撮影)

 旧庁舎は1929年に建てられ、同年11月に落成式が挙行されたと町誌は記録しています。この翌年、1930年の夏、長野原町では6月から降り続いた雨で地盤が緩んでいたところに、8月1日の大雨で山津波が発生し、川原湯地区や川原畑地区では大きな被害がありました。土砂災害の後、道路の拡幅工事によって埋められた巨石は、朝日新聞の12/16付けの報道によれば、水没予定地の川原湯温泉跡で今年8月に出土したものの、移動運搬には費用がかかるなどの理由で、埋め戻されたそうです。
「水没する川原湯旧温泉街の巨石、掘り出して埋め戻し」

 町の発展を願う祝賀行事から一年もたたずに襲った災害は、地形を改変し、メインストリートを変えるほどの大きな影響を地域に与えました。いずれも長野原町にとって重要な歴史の一コマですが、八ッ場ダム事業により至る所で工事が進められているダム予定地周辺では、めまぐるしいほどに過去が次々と葬り去られていきます。

 長野原町企画政策課のフェイスブックからは、ほのぼのとした旧庁舎の雰囲気が伝わってくるようです。

        

   
 洋館風のレトロな外観と、紫と白のおしゃれな旧庁舎は、町内外の人々に愛され、建物の保存を望む声がありましたが、旧庁舎のある場所は地続きの雲林寺の所有地で、役場移転後は雲林寺の駐車場になるそうです。建物を移設するとかなりの費用がかかることから、部材の一部をダム事業で整備される地域振興施設で活用することになったようです。

 関連記事を転載します。

◆2018年12月21日 上毛新聞 (紙面記事より転載)
 https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/politics/100699
ー90年の歴史刻んだ長野原町庁舎に別れ 25日から新庁舎で業務ー

 新庁舎移転に伴い約90年の役割を終える群馬県の長野原町役場庁舎で20日、閉庁式が行われた。職員や議員ら約100人が、八ツ場ダム問題で翻弄ほんろうされた町の変遷を見守ってきた庁舎に別れを告げた。部材の一部は、ダム事業に伴い計画されている地域振興施設で活用し、思いを引き継ぐ。

 萩原睦男町長は「庁舎ではさまざまなことが議論され、先人たちの思いが染みこんでいる。心から感謝の意を表したい」とあいさつ。浅沼克行議長は「大勢の人が苦しんだり、悩んだり、楽しんだりした場所。町の歴史がこの中でつくられた」と感慨深そうに話した。

 旧庁舎は1929年に完成。部材の一部は、食堂が入る予定の地域振興施設(同町横壁地区)で活用され、2階のバルコニーなど洋館風のレトロな外観を再現する。

 旧庁舎で21日まで業務を行った後に引っ越し、25日から新庁舎での業務を開始する。

—転載終わり—

写真=横壁地区の丸岩大橋(湖面3号橋)のたもとでは、水陸両用バスの発着所や地域振興施設を整備するため、造成工事が進んでいる。旧庁舎の部材が活用されるという食堂もこのあたりにできるのだろうか。周辺の水没予定地では、樹木の伐採と発掘調査が行われていた。(写真=2018年5月29日撮影)