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八ッ場ダムの代替地安全対策等が 後退したことに関する公開質問書

 本日、当会では国土交通省関東地方整備局の局長宛てに、八ッ場ダム事業における安全対策についての以下の公開質問書を送付しましたので、お知らせします。

公開質問書の全文(PDF)
 
2019年3月15日
国土交通省関東地方整備局
 局長 石原 康弘 様
 
八ッ場あしたの会
 代表世話人 大熊 孝(新潟大学名誉教授)ほか

 八ッ場ダムの代替地安全対策および地すべり対策が大きく後退したことに関する公開質問書

 八ッ場ダム事業では現在、ダム貯水池周辺で、代替地安全対策と地すべり対策の工事を行っています。これはダムの試験湛水および本格運用に備え、ダム貯水池を取り囲む住宅や施設等の安全を確保するためのものです。
 当会では、国土交通省による地質の調査報告書と対策工事の検討報告書を情報公開請求で入手し、専門家の協力を得て、国土交通省が実施しつつある対策工事で、ダム湛水に備えた安全性を確保できるかどうかについて検討を進めてきました。
 その結果、現在の対策工事では、ダム貯水池周辺の安全が確保できるとは言い難いことが明らかになりました。
 専門家の検討結果を踏まえた八ッ場ダム事業の代替地安全対策と地すべり対策に関する主な疑問点は下記の通りです。
 代替地安全対策および地すべり対策の是非は地元住民の生活の安全性に関わることですので、下記の疑問点について真摯にお答えくださるよう、お願いいたします。
 回答は文書にて4月20日までにお送りください。
 なお、専門家が整理した「八ッ場ダム建設事業における代替地安全対策及び地すべり対策の問題点」は別紙の通りですので、それも合わせてお読みいただき、回答をお願いいたします。

                  記

1 代替地安全対策の疑問点
1-1 代替地安全対策を大幅に後退させた理由
 八ッ場ダム事業では、水没住民の生活再建に“現地再建ずり上がり方式”が採用され、切土と盛土による大規模な住民の移転代替地が整備されました。谷埋め盛土はところにより、盛土の高さが30メートル以上もある高盛土で、対策工事を実施しなければ宅地造成等規制法等の安全基準を満たしません。
 そこで、2011年の八ッ場ダム建設事業の検証において、国交省は代替地安全対策を5箇所で実施する方針を示しました。5箇所の対策工法と概算事業費は表1に示す通りで、約40億円の事業費を必要とするものでした。
 しかし、その後、対策箇所と対策工法が変わり、現在は表1、図1の通り、3箇所となり、対策工法も簡易な工法に変わりました。
 2011年の検証時に示した代替地安全対策の方針を大きく変え、安全対策の中身を大幅に後退させた理由を明らかにしてください。

1-2 現在の代替地対策の事業費
 国交省の「H26八ッ場ダム貯水池周辺地盤性状検討業務報告書(2017年3月発行)」(以下、「2014報告書」と記す)によれば、安全対策を実施する川原湯地区①、②、③の対策工法は表1の通りです。
 川原湯地区①、②、③それぞれの対策工法の事業費を明らかにしてください。

1-3 現在の代替地対策工法の規模
 川原湯地区①、②、③の対策工法を現地で見ると、対策を行う範囲がかなり限られています。川原湯地区①、②、③それぞれについて実施した対策工法の規模(幅、長さ、ソイルセメント等の土量)を明らかにしてください。

1-4 川原湯地区①、②、③の鋼管杭・深礎杭工法を不採用とした根拠への疑問
 川原湯地区①、②、③は鋼管杭・深礎杭工法を採用することになっていましたが、最終的にソイルセメント置換盛土工等に変わりました。
 この工法変更に当たって、国交省は代替地の斜面の安定計算を行っています。しかし、この安定計算に使用した盛土の土質パラメータc(粘着力)とφ(内部摩擦角)は、盛土の土質強度を大きくする恣意的な数字が採用された疑いが濃厚です。最終的に採用されたcとφの値は、土質試験以前に使用されていたc=10(KN/㎡)、φ=35°となっています。2014報告書の土質試験検討データを見ると、安全側の設計を行うのであれば、c=2~5(KN/㎡)、φ=30°を使うべきであり、そうすれば、鋼管杭工などとの併用工法を採用することになると考えられます。
 盛土の土質パラメータc(粘着力)とφ(内部摩擦角)としてc=10(KN/㎡)、φ=35°という安全側ではない土質強度(大きい値)を採用した理由を明らかにしてください。

1-5 川原湯地区①、③で採用したソイルセメント置換盛土工への疑問
 川原湯地区①、③で採用したソイルセメント置換盛土工については主に次の疑問点があります。

(1)ソイルセメントは酸性水に弱いことへの考慮がされていません。吾妻川は中和対策がされているものの、弱酸性であり、また、ダム貯水池周辺に分布する熱水変質層から酸性地下水が浸出することも考えると、酸性水により,セメント成分が溶け出して,ソイルセメント置換盛土の強度が低下していくのではないでしょうか。

(2)ソイルセメント置換盛土後の安全率(Fs)をみると、川原湯地区A断面の複合すべりおよび円弧すべりでの安全率はわずかに1を超えるFs=1.040で、基準ぎりぎりです。この程度の安全率で確実に安全といえるのでしょうか。
この二つの疑問点にお答えください。

1-6 川原湯地区②で採用した置換コンクリート+プレキャスト擁壁工への疑問
 川原湯地区②の採用工法は、最終的にソイルセメント置換盛土工から置換コンクリート+プレキャスト擁壁工に変わっていますが、置換コンクリート+L型擁壁に加わる盛土の地震時土圧および置換コンクリート+擁壁背面にある盛土の地震時の地すべりに対する安定度の検討がされていません。この検討を行えば、地震時の盛土地すべりに対する安全率Fsは1.0を切ると推定されます。なぜ、地震時の地すべりに対する安定度の検討を行わなかったのか、その理由を明らかにしてください。

1-7 川原湯地区④(上湯原)の除外は不適切ではないのか?
 川原湯地区④は、JR線路の北側(湖岸側)が河川管理用地と地域振興施設のための用地となり、宅地として利用されなくなったことを受けて、宅地造成等規制法の安全基準ではなく、河川砂防技術基準のみの適用となりました。その結果、水平設計震度の想定が0.25から0.15に軽減され、安全対策が不要とされました。
 しかし、地域振興施設であるからといって、安全度を低くしてよいのでしょうか。地元住民と観光客が頻繁に利用する地域振興施設の安全度が低くてもよいとする理由を明らかにしてください。

1-8 信頼できるデータに基づかない長野原地区③の除外への疑問
 長野原地区③はすでに盛土が完了しているにも関わらず,現状の盛土から採取した試料ではなく,工事中の発生土などを使用した盛土材の試験結果を利用し、盛土の土質パラメータをc=2.2KN/m2,φ=37°とした計算結果から安全対策を不要としています。しかし、長野原地区③の盛土の土質パラメータではないのですから、これでは長野原地区③の安全度を検討したことにはなりません。このようなデータでどうして長野原地区③は対策不要と判断できるのか、その理由を明らかにしてください。

2 地すべり対策への疑問点
2-1 地すべり対策を大幅に後退させた理由
八ッ場ダム貯水池周辺は地質が脆弱なところが多く、八ッ場ダム事業では当初から地すべり対策が必要であるとされていましたが、2004年のダム計画変更(第二回)における地すべり対策費はわずか5.82億円にとどまっていました。その後、地すべりの危険性が指摘されことにより、国交省は2011年の八ッ場ダム事業検証で、地すべり対策を10箇所で行う方針を示しました(対策済みの小倉を除く)。10箇所の対策工法と概算事業費は表2に示す通りで、約110億円の事業費を必要とするものでした。
 しかし、その後、対策箇所が大幅に減らされ、現在は表2、図2の通り、5箇所となっています。
 2011年の検証時に示した地すべり対策の方針を大きく変え、対策箇所を10箇所から5箇所へ半減させた理由を明らかにしてください。

2-2 現在の地すべり対策の事業費
 現在の地すべり対策箇所、二社平、勝沼、白岩沢、久々戸、横壁それぞれの地すべり対策の事業費を明らかにしてください。

2-3 現在の地すべり対策の工法とその規模
 現在の地すべり対策箇所、二社平、勝沼、白岩沢、久々戸、横壁それぞれについて地すべり対策の工法と規模(幅、長さ、土量)を明らかにしてください。2016年のダム計画変更(第五回)の資料では対策工法はいずれも押さえ盛土工法となっていましたが、代替地における安全対策工法の変遷を見ると、その後、地すべり対策も工法が変更された可能性がありますので、実際に採用された工法を示してください。

2-4 川原湯(上湯原)、川原畑①、②、林の未固結堆積物層4地区を対策不要とした理由への疑問(1):「応桑岩屑流堆積物を原因とする地すべりは認められない」は誤り
 川原湯等の未固結堆積物層4地区を対策なしとした理由の一つは、4地区の地層を構成する応桑岩屑流堆積物を原因とする地すべりは認められないというものですが、その判断は正しいのでしょうか。
 応桑岩屑流堆積物は約2.4万年前の浅間山の大規模山体崩壊による堆積物であって、この時、吾妻川がこの堆積物に埋め尽くされました。その後の河川侵食により、現在見る応桑岩屑流堆積物の分布域が残されたのであって、応桑岩屑(土石)流堆積物は、侵食崩壊(地すべりも含む)を繰り返してきました。応桑岩屑流堆積物は水侵食に弱い堆積物です。現地形だけで、地すべりが認められないとするのは間違いです。この疑問にお答えください。

2-5 川原湯(上湯原)等4地区を対策不要とした理由への疑問(2):「応桑岩屑流堆積物は固結度が高く、軟岩以上の強度を有している」は問題があります。
 応桑岩屑流堆積物の針貫入試験の結果、1294~9665(KN/㎡)の値が得られたことから、軟岩以上の強度を有していると判断していますが、地盤工学会基準では,最も一軸圧縮強度の大きい軟岩Dは10,000~25,000(KN/㎡)の岩としています。2014年報告書では応桑岩屑雪崩堆積物のok(r)が軟岩Dの最低値に近いEランク、その他はすべて最も弱い軟岩Fランクなので、すべて地盤工学会基準の軟岩Dランク以下であり、報告書に書かれている軟岩以上ではありません。
 さらに専門家が数年前に現地で採取した現地調査で採取した応桑岩屑流堆積物のサンプルについて水浸実験を行ったところ、一部のサンプルは短時間での劣化(土砂状態)が確認されています。このような水浸での劣化があることを踏まえれば、多数の応桑岩屑流堆積物のサンプル(露頭およびコア)を用いた乾湿繰り返し試験を実施した上で,岩盤劣化状態の確認と針貫入試験を実施する必要があるのではないでしょうか。
 以上の疑問についてお答えください。

2-6 川原湯(上湯原)等4地区を対策不要とした理由への疑問(3):「応桑岩屑流堆積物には、弱層の連続性が認められない」は誤り
 応桑岩屑流堆積物は岩相の変化が著しいのが特徴です。単に露頭で応桑岩屑流堆積物は弱層の連続が確認できないことで、岩体内の不連続性を語ることはできません。弱層は、風化ゾーンや岩盤のゆるみゾーンもあり、これがすべり面になる可能性があります。
 この疑問にお答えください。

2-7 久森沢地区(地すべり地形地区)を対策不要としたことへの疑問
 2013年報告書での安定解析結果、ダム湛水後の最小安全率が1.024で、1を超えていることから、安定と判定し、「対策不要」としていますが、これは地すべり面を下部斜面のみに限定した計算結果によるものです。しかし、地すべり面を下部斜面に限定してよいのでしょうか。
 この疑問にお答えください。

                             以上

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 上記の公開質問書は、さる2月26日に群馬県庁記者クラブにおいて行った記者会見の内容を基にしたものです。記者会見の際、配布した資料を修正して、別紙資料として公開質問書と共に送りました。以下の文字列をクリックすると、別紙資料が表示されます。

「八ッ場ダム建設事業における代替地安全対策及び地すべり対策の問題点 H26八ッ場ダム貯水池周辺地盤性状検討業務報告書(平成29年(2017年)3月発行)を検証する」

 別紙資料の目次は以下の通りです。
 ➡「別紙資料の目次」(PDF)

「八ッ場ダム建設事業における代替地安全対策及び地すべり対策の問題点」
                        千葉大学名誉教授 伊 藤 谷 生

           目 次
                                № はスライド番号を示す。
1 代替地安全対策の問題点 №2~28
〇 代替地安全対策とその変遷 №2~6
〇 川原湯地区①、②、③のソイルセメント置換押え盛土への変更の問題点 №7~19
〇 川原湯地区①、②、③のソイルセメント置換盛土施工後の安定度に関する問題点 №20
〇 川原湯地区②の置換コンクリート+プレキャストL擁壁工の問題点 №21~22
〇 川原湯地区④(上湯原)の除外は不適切 №23~25
〇 信頼できるデータに基づかない長野原地区③の除外 №26~28

2 地すべり対策の問題点 №29~40  
〇 地すべり対策とその変遷 №30~31
〇 川原湯(上湯原)等の未固結堆積物地区を対策不要とした理由とその誤り №32~37
〇 久森沢(地すべり地形地区)の除外 №38~39
〇 横壁東の除外 №40

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写真下=川原湯温泉の移転代替地では、代替地の安全対策工事が行われている(川原湯地区③)。2019年3月12日、湖面橋・八ッ場大橋より撮影。

写真下=川原湯温泉の移転代替地の最下流部(川原湯地区①)。写真の左手で八ッ場ダムの堤体を建設中。写真に写っている場所は、八ッ場ダム本体工事現場に続く名勝・吾妻峡の上流端。吾妻渓谷十勝の一つ、白糸の滝が今も崖づたいに吾妻川に流れ落ちている。2019年3月12日、展望台やんば見放台より撮影。