川上ダムで定礎式

 1967年の計画着手から半世紀余りが過ぎた川上ダム事業で、本体工事の定礎式が行われました。
 川上ダムは水源開発を目的とする独立行政法人・水資源機構の進めるダム事業ですが、当初は事業に参画していた奈良県水道と西宮市水道が水需要の低迷から2011年に撤退しました。このため、水源開発は、「伊賀市の水道用水として最大毎秒0.358立方メートルの取水を可能に」するというだけです。伊賀市も撤退すれば、川上ダム事業は成り立たなくなったのですが、事業を維持するため伊賀市は参画し続けなければならなくなりました。
 ダムが建設される三重県伊賀市では、環境を破壊し、不要な水を高額で押し売りされる川上ダムの建設に反対する市民運動が続いてきました。全国のダム問題に取り組む水源連も、反対運動の技術的な支援を行ってきました。

〈参考ページ〉
◆ダム事業者のページ 独立行政法人 水資源機構「川上ダムホームページへようこそ」

◆反対運動のページ 水源開発問題全国連絡会 川上ダム
          NPO法人「伊賀・水と緑の会」

◆2019年12月16日 毎日新聞三重版
https://mainichi.jp/articles/20191216/ddl/k24/040/148000c
ー川上ダムで定礎式 2023年完成予定 築造本格化へ 関係者ら300人出席 伊賀 /三重ー

 伊賀市川上などで水資源機構が建設を進める川上ダムで15日、築造の本格化を前に、移転者らに感謝し、礎石を据えて工事の安全などを祈念する定礎式があった。伊賀市や国、県の関係者、国会議員ら約300人が出席し、子どもたちが願いを書いたメモリアルストーンも礎石と一緒に埋められた。【大西康裕】

 ダム本体(堤体)のコンクリート流し込み(打設)は9月に始まり、完成すれば高さ84メートルになる本体は高さ9・75メートルまで上がっている。定礎式は本体上にテントを張って行われ、黒御影(みかげ)石で「令和元年十二月」などと刻まれた礎石はテント前にコンクリートで埋められた。

 1967年の計画着手から半世紀が過ぎた。ダム計画により、38世帯と集会所、寺の合わせて40戸が移転した。移転者を代表して川上ダム対策委員会協議会代表の古川喜道さん(92)は「私も随分、年を重ねました。先立たれた多くの先輩方に対しても堂々と胸を張っていけるように立派なダムを完成させてほしい」などと述べた。

 メモリアルストーンは青山小1~5年生の男女6人が礎石の周囲に置いた。3年生の丸山由翔さん(9)はマジックで石に「サッカーがうまくなりますように」などと書いた。

 ダムは2023年3月完成予定。伊賀市の水道の水源にもなるが、水が余り、市民負担が増すと訴えるNPO法人「伊賀・水と緑の会」は13日、「伊賀市には過大であり、利水に異議あり」などとする抗議文を発表している。

◆2019年12月15日 東海テレビ
https://www.tokai-tv.com/tokainews/article_20191215_108799
ー移転住民「50年前には住民対立が…」三重・伊賀市で建設進む『川上ダム』定礎式 2022年度完成予定ー

 三重県伊賀市で建設が進む「川上ダム」の定礎式が行われ、工事の安全が祈願されました。
 定礎式には地元自治体や、建設に伴い移転した住民など関係者およそ300人が出席しました。
 「川上ダム定礎」と書かれた御影石の礎石がダム本体に設置され、工事の安全を祈願しました。
 水資源機構が建設する川上ダムは、総事業費1180億円。伊賀市の利水と流域の治水を目的にした高さ84メートルの重力式コンクリートダムで2022年度に完成予定です。
 建設に伴い移転した古川喜道さん(92)は「50年前に建設が発表され住民同士の対立があった。先立たれた先輩に胸を張れるよう立派なダムにしてほしい」と話しました。