大井川の水枯れを心配する静岡県とJR東海の対立が決定的となり、リニア新幹線の2027年開業が無理であることが明らかになったと報道されています。
9兆円プロジェクトと言われるリニア新幹線は、財政負担、環境破壊が指摘されながら、東日本大震災が発生しても止まりませんでしたが、コロナ禍でJRの経営が厳しくなる中、ますます負の遺産の様相を呈してきています。
JR東海の金子慎社長は、静岡県からリニア新幹線の準備工事に着手する了解を得るため、さる6月26日、静岡県の川勝平太知事と会談しましたが、川勝知事はゴーサインを出しませんでした。
リニアの問題を継続的に取材してきたジャーナリストの樫田秀樹さんは、ブログでリニアの開業の遅れは静岡県の反対だけが原因ではないことを解説しています。
http://shuzaikoara.blog39.fc2.com/blog-entry-698.html
(一部引用)
「名古屋駅周辺では用地買収が終わっていない。2021年3月まで延期される予定だ。岐阜県では非常口のトンネル崩落があり工事が中断した。長野県大鹿村の除き山非常口工事も2年遅れだ。それを言わないで、静岡県だけが工事を遅らせているように言われている」(川勝知事が今回の対談のなかで金子社長に投げている説明)
なお、静岡県が問題視する大井川の水問題について、静岡新聞のわかり易い解説記事はこちらです。
(一部引用)
「(リニア新幹線の)南アルプストンネルは山梨県内の富士川水系、静岡県内の大井川水系、長野県内の天竜川水系という三つの異なる大きな水系を貫きます。建設中にトンネル内から湧き出た大井川水系の水が、トンネルの両端から外に出てしまうと大井川流域に戻ってきません。
リニアは富士川や天竜川については橋の上を通過しますが、大井川は直下のトンネルを通ります。大規模な河川の水源の下を鉄道トンネルが横切るのは珍しいのです。大井川の水が直下にある断層を伝ってトンネル内に漏れ出す恐れがあるとされています。」
◆2020年6月26日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASN6V5W9VN69OIPE014.html?iref=pc_ss_date
ー暗礁乗り上げたリニア 静岡県とJR、水めぐる相互不信ー
品川(東京)―名古屋間を最速40分でつなぐJR東海のリニア中央新幹線の開業が、目標としてきた2027年から遅れる公算が大きくなった。総事業費9兆円の巨大プロジェクトにブレーキをかけたのは、環境への悪影響を懸念する沿線自治体だ。具体的な開業時期はなお見通せず、JR東海は開業が遅れるほどリスクは増すことになる。
静岡県の川勝平太知事は26日、静岡県庁の玄関でJR東海の金子慎社長を出迎え、午後1時半から2人きりで約1時間20分会談した。やりとりはインターネットで生中継された。会談後、報道陣に答えた川勝知事は、県内の工事の6月中の開始を認めない考えを強調した。これがリニア新幹線の「27年開業」を掲げてきたJRへ、事実上の「延期通告」となった。
リニア新幹線は静岡県内では北部の山中を8.9キロ横切る。この「静岡工区」を含む南アルプストンネル(約25キロ)は屈指の難工事とされるが、静岡工区では同意が得られず、計画から3年近く遅れている。金子社長はトンネル掘削に向けた準備工事に6月中に着手できなければ、「27年の開業は難しくなる」と、5月末以降、期限を切った形で開業延期の可能性に言及。トップ会談で一部でも同意を取り付けようと、打開の糸口を探ってきた。
工事現場、水源と重なる
静岡県が懸念するのは、トンネルの工事現場が水源と重なる大井川への影響だ。下流域で農業などに広く使われ、県人口の約6分の1の暮らしに関わるとされるだけに、水量が減らないか、減った場合の補償をどうするか、両者で協議が続いてきた。
転機となったのは17年秋。JRと利水者や静岡県幹部の間で進めていた協定調印を目前に、川勝知事が会見でJRの姿勢を「不誠実そのもの」「猛省を促す」と痛烈に批判した。JR幹部は「突然のことで本当に驚いた。ちゃぶ台返しされた」と振り返る。
JRは18年秋、トンネル工事に伴って流出する水の「全量」を川へ戻す県の求めに応じたものの、県側はさらに水の戻し方に注文をつけるなど交渉は難航した。
大井川をめぐっては、1980年代にダムの影響で水量が減った地元住民が「水返せ運動」を展開した歴史がある。「水」に敏感にならざるをえない県民感情も川勝知事の姿勢を支える。川勝知事は「水」の問題を解決する手段としてJRに金銭的な地域振興策を求めたこともある。ところが地元支持者の反発を受けて方向修正。JR内部には「発言が二転三転する。真意がわからない」(幹部)と川勝氏への不満が渦巻く。
一方で静岡県側から見たJR東海への不信も根強い。リニア新幹線が通過する5県で駅がないのは静岡だけ。地元に「メリットがない」(川勝知事)工事を頼む立場なのに丁寧さに欠けるとして、県関係者は「JR東海には『迷惑をかける』という意識がない」とこぼす。政府内でも「上から目線だ」と、JRの姿勢に交渉難航の一因があるとの見方もある。
開業の遅れ、政府にも誤算に
開業が遅れれば、影響は多方面にわたる。起点となる品川や名古屋をはじめ、駅ができる地域では27年をターゲットとして大規模な再開発の計画が相次ぐが、修正を迫られる可能性がある。
延期後の具体的な開業時期は、少なくとも静岡工区に着工するまでは不透明だ。遅れれば遅れるだけ、JRは経営体力をそがれることになる。建設にかかる事業費は全額をJR東海が負担する計画だ。品川―名古屋間で約5.5兆円、大阪延伸まで含めると9兆円にのぼるが、工期が長引けば増える可能性は高い。
さらに気がかりなのが、新型コロナウイルスによる旅客への影響だ。JR東海にとっての「ドル箱」の東海道新幹線の収益にも直撃した。6月1~17日の利用者は前年同期比77%減で、緊急事態宣言が解除されても戻りは鈍い。9割減だった4、5月はそれぞれ1千億円強の減収になったという。
利用者の多くは出張などのビジネス客とされ、オンライン会議などが増えることで利用者数が「コロナ前」に戻る保証もない。人口減少も含め、7年以上後に開業するリニア新幹線にどこまでの需要があるのか。3兆円の財政投融資をつぎ込む「国家的」なプロジェクトだけに、開業の遅れは政府にとっても誤算となる。(初見翔、矢吹孝文)
◆2020年6月27日 朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/ASN6V7J0GN6SOIPE01Y.html?iref=comtop_8_01
ー難航するリニア「JRのツケ」 3兆円融資の政権に誤算ー
JR東海のリニア中央新幹線の開業が、目標の2027年から遅れる見通しが強まった。総事業費は大阪まで含め9兆円。巨大事業に待ったをかけたのは、環境への悪影響を心配する静岡県や大井川流域の自治体だ。開業を待ち望む沿線や、後押しする政権にも誤算となりかねない。
リニア新幹線の「静岡工区」をめぐって初めて実現したJR東海と静岡県のトップ会談。2人きりで約1時間20分にわたってインターネットで生中継される異例の会談は、なごやかな雰囲気で始まった。
「大井川の水でつくられたお茶です」。途中、川勝平太・静岡県知事は金子慎・JR東海社長に県名産の茶を勧め、そう説明した。県は工事で大井川の水量が減ることに懸念が強いことを伝える演出だ。JR側の説明を一通り聞くと「水の問題をおろそかにしないと聞いて安心した」と述べたが、最後まで溝は埋まらなかった。金子社長は準備工事の着工を繰り返し求めたが、川勝知事は話題をそらすような場面も目立った。
終盤になってようやく、県の条例に基づく協定を結ぶことが着工の条件と説明。これをJR側は前向きな発言と受け止めた。金子社長は会談後、「大変有意義だった」。協定締結に向けた手続きについて「スムーズに進むようなら今日の目的はかなえられた」と歓迎した。
ところが会談後、報道陣の取材に対し、川勝知事は工事着手について「とんでもない」と認めない考えを明確にした。県の事務方も協定について「現時点で結べる状況ではない」として月内の着工は不可能と説明。「27年開業」を掲げてきたJR東海へ、事実上の「延期通告」となった。
「JRは上から目線」と指摘も
静岡県の懸念は工事現場が水源と重なる大井川への影響だ。工事でわき出す水がトンネルを通じ県外に流出するのではと心配する。JR東海はトンネル貫通後は別に掘る導水路を使ってわき水を川へ戻すが、工事中は一部が県外へ流出してしまう期間がある。
下流域で飲料水や農業用水などに広く使われ、県人口の約6分の1の暮らしに関わる。流域では1980年代にダムの影響で水量が減った地元住民が「水返せ運動」を展開した歴史がある。「水」に敏感にならざるをえない県民感情も川勝知事の姿勢を支える。
さらに、リニアが通過する1都6県で駅がないのは静岡だけ。地元に「何のメリットもない」(川勝知事)。その工事を頼む立場なのに丁寧さに欠けるとして、県関係者は「JR東海には『迷惑をかける』という意識がない」とこぼす。
川勝知事は水問題に関連し、JR東海に工事の「代償」として金銭的な地域振興策を求めたこともあるが、地元支持者の反発を受けて方向修正。JR内部には「発言が二転三転する。真意がわからない」(幹部)と川勝知事への不満が渦巻く。
JR東海にとっては、東京―大阪の都市間輸送を2重化することは悲願でもあるが、沿線の地元対応をおろそかにしてきたとの見方もある。国土交通省幹部は「JR東海には新しい線路を引いた経験が組織になく、用地確保の苦労もわかっていない」。官邸からも「JR東海は上から目線」との指摘があがる。金子社長も「建設を早期に実現させたい気持ちが前に出て、(地元から)水の問題をきちんと考えているのかという気持ちを招いてしまった」と認める。
延期後の具体的な開業時期は、少なくとも静岡工区着工まで不透明。国に出す工事計画の変更など、必要な手続きがとられるのは当分先になりそうだ。遅れれば遅れるだけ、JR東海の経営リスクになる。(矢吹孝文、初見翔)
延期ならコロナとダブルパンチ
リニアがくる沿線の街では「27年」に照準を合わせた再開発が目白押しだ。開業が遅れれば、各地の計画にも影響が生じてくる。
始発駅となる品川駅。国際化が進む羽田空港にも近く、首都の新たな「玄関口」になるとの期待から複数の大規模計画が進む。
JR東日本は3月、品川駅と北の田町駅の間に、「高輪ゲートウェイ駅」を開いた。約5500億円をかけ、24年度のまち開きをめざして、オフィスや商業施設などをつくる。
今年4月には京浜急行電鉄が品川駅の西口で高層ビルをつくる再開発を発表。タッグを組むのは名古屋駅前にもオフィスを構えるトヨタ自動車だ。1千億円超を投じて27年度の完成をめざすとしている。
名古屋駅周辺でも高層ビルの建設ラッシュが続き、まちは変貌(へんぼう)する。名古屋鉄道はターミナルの駅ビル周辺を南北400メートルの1棟の高層ビルに建て替える計画で、27年完成が目標だ。
最速で37年とされる大阪延伸も名古屋開業が遅れると、玉突きで遅れそうだ。
3大都市圏を結ぶ大動脈のプロジェクトは、東京五輪後の景気浮揚の目玉になると期待されてきた。ただ、新型コロナウイルスの感染拡大で、訪日外国人客や出張需要が急減。経済が停滞するなか、リニアの延期はダブルパンチとなるおそれがあり、関係者がかたずをのんでみている。
名古屋商工会議所の山本亜土会頭(名古屋鉄道会長)はこの日、「議論は平行線に終わったようで、率直に言って失望が大きい。お互いのメンツにこだわることなく、現実的な解決策を両者で考えてもらうことが一番大事だ」とのコメントを出した。(竹山栄太郎)
官邸幹部「ここまでこじれるとは」
東海道新幹線の利用者は新型コロナウイルスの影響で一時、前年比で1割ほどに激減した。出張や旅行の手控えは今後も続く可能性がある。巨費を投じるリニアの開業が遅れれば、JR東海の経営にとって「二重苦」になりかねない。
旧国鉄から引き継いだ約5兆円の債務は2兆円を切るところまでいったん減らしたが、再び5兆円まで膨れている。
リニアを後押ししてきた政権にも誤算だ。
安倍政権は2016年の経済対策で、3兆円の財政投融資をJR東海に貸し付けた。大阪までの全線開業を当初の45年から最速で37年に前倒しさせることを狙った。
JR東海は名古屋までの開業後は、8年ほどは経営体力の回復に専念してから大阪延伸の工事を始める予定だったが、関西の政財界を中心に前倒しを求める声が高まっていた。
安倍晋三首相は「全線が開業されれば、(東京、名古屋、大阪の)3大都市圏が1時間で結ばれて人口7千万人の巨大な都市圏が形成される」「前倒しによる経済効果によって、税収が上がっていく」などと早期開業の利点を訴えていた。
後押しの是非が改めて問われかねない今回の事態に官邸幹部は「正直、ここまでこじれるとは思っていなかった」と頭を抱える。
JR東海については「これまで地元に丁寧な説明をしてこなかったツケが出ている」と指摘。静岡県の今後の出方については「知事の要求は厳しい。態度を軟化させるのは難しい」とみている。
菅義偉官房長官は26日の記者会見で、両者が議論を続けると報告を受けたとした上で、「JR東海に最大限の努力をして頂く必要があり、静岡県とも引き続きしっかり話し合いをしていただく必要がある」と述べた。(相原亮)
◆会談の会議録【リニア・トップ会談】 テレビ静岡
(1)会談始まる まずは金子社長の謝罪から
(2)「私たちはトンネルは掘りません」
(3)環境保全について「責任問われている」
(4)静岡県が足を引っ張っているのか?
(5)「私たちは運命共同体」