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【熊本豪雨と川辺川ダム問題】球磨川の人吉における危機管理型水位計の異常な観測値

 球磨川では、流域住民が既存の市房ダム、荒瀬ダムなどによる河川環境の破壊、水害増大などに苦しんできたことから、球磨川支流の川辺川に国が計画した巨大ダム建設に反対し、ダムによらない治水対策を求めてきました。しかし、7月4日の球磨川水害発生後、菅義偉官房長官が記者会見で川辺川ダムの必要性に言及するなど、ダム推進論が再び浮上しています。
(参考⇒「川辺川ダムめぐり、菅義偉官房長官の発言を伝える報道」

 川辺川ダム計画は2008年に流域自治体の反対を受けて熊本県知事が白紙撤回を表明しましたが、国土交通省九州地方整備局はダム事業の中止手続きを取っておらず、毎年度、4億円程度の予算がついています。

 球磨川の治水対策を考える上で、まず重要なのは今回の洪水の実態を知ることです。
 2000年代に熊本県がコーディネートした川辺川ダムを考える住民討論集会において、川辺川ダム反対の立場で国土交通省と対峙した嶋津暉之さん(元・東京都環境科学研究所研究員)は、今回の球磨川の洪水規模を把握する上で重要な危機管理型水位計の観測値に異常があったことを指摘しています。
 嶋津さんの考察を紹介します。

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 球磨川の人吉における危機管理型水位計の異常な観測値(熊本豪雨)
                                 嶋津暉之

 7月上旬の熊本豪雨で、球磨川が大氾濫し、凄まじい被害をもたらしました。
 今後の球磨川の治水計画を考える上で最も重要なことは、今回の球磨川洪水がどの程度の規模の洪水であったかです。未曽有の洪水でしたが、問題はその洪水規模です。
 本洪水では、人吉地点の常時水位観測所の観測は7月4日の午前7時30分までで、その後は洪水のために欠測になってしまいました。球磨川の観測所で水位をずっと測れたのは下流部の萩原、横石、支川・川辺川の四浦、柳瀬だけです。

人吉地点については数年前から危機管理型水位計が取り付けられていますが、その観測値の精度に問題があります。
 右の図1は人吉の危機管理型水位計と常時水位観測所の観測値の時間変化を図示したものです。前者は国会議員事務所を通じて国交省から入手したデータで、後者は国交省の水文水質データベースからダウンロードしたものです。

 7月4日の0時における危機管理型水位計の観測値を常時水位観測所の観測値に合わせて表示すると、その後は前者と後者の差が次第に大きくなり、7時半時点で、前者が後者を0.7~0.8m上回っています。その後、危機管理型水位計の観測値が急上昇し、常時水位観測所は観測を停止しています。危機管理型水位計のピーク時の9時50分に両者の差がどれくらいに拡大していたかはわかりませんが、この図の傾向から見て1.5m以上の差になっていたと考えられます。

 この危機管理型水位計の観測値が過大になっていることについて、国土交通省九州地方整備局に電話で問い合わせたところ(河川部河川計画課)、担当官はこれは疑問のある数字であって見直す必要があり、1m以上下がる可能性があることを認めました。危機管理型水位計の観測値の精度に問題があったようなので、今後検討するということでした。

 球磨川水系の水位観測所で7月4日7時30分より後の観測ができたのは、球磨川下流の横石と萩原、川辺川の四浦と柳瀬ですが、下記の図2のとおり、横石と萩原は7時30分以降はほとんど横ばいで、水位の上昇があっても小さいです。川辺川の四浦と柳瀬は8時を過ぎると、横這い又は低下の傾向になっています。
 人吉の危機管理型水位計の観測水位のみが図1の通り、8時以降、急上昇しており、この観測値は明らかにおかしいと思います。

 7月4日朝の状況については矢上雅義衆議院議員(熊本4区)がツィートで人吉市の水の手橋(人吉観測所の近く)を撮った録画を流されています。7月4日8時40分の映像を見ると、洪水位が水の手橋の路面を少し超える状態になっています。

 しかし、図1を見ると、8時40分時点の危機管理型水位計の観測水位は堤防高を大きく超えており、1.5m以上高くなっています。水の出橋の路面と堤防高は次の写真の通り、ほぼ同じ高さです。
右画像=【水の出橋(人吉市の資料)】

 本洪水は堤防を超える未曽有の洪水でしたが、この映像を見ると、図1の危機管理型水位計の観測水位が示すレベルまで、洪水位は上昇していません。人吉の危機管理型水位計の観測水位がかなり過大であることは明らかです。
 危機管理型水位計の観測値を使うと、本洪水は人吉で8000㎥/秒以上の規模の洪水になりますが、この規模の洪水になると、1/80の球磨川水系河川整備基本方針で2600㎥/秒の削減ができるとされている川辺川ダムが治水計画で必要なものになってしまいます。川辺川ダムだけでは対応できない洪水規模であったとしても、少なくとも川辺川ダムは必要だという話になりかねません。
 もっとも、人吉で8000㎥/秒以上もの規模の洪水が発生した場合は、川辺川ダムがあったとしても、ダムが満杯になって緊急放流を行わなければならない可能性が高く、川辺川ダムによって球磨川が救われるという話には必ずしもなりません。

 なお、各観測所の流域面積は次の通りです。